アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT II~

松本ダリア

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第9話 その男の素顔

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翌日、道円人志どうえんひとしが研究センターにやって来た。会議室にはプロジェクトメンバーとアンドロイドの全員が集まり、彼を出迎えた。プロジェクト総出での出迎えに道円は上機嫌で葉巻をふかし、ニコニコと人懐こい笑顔を浮かべた。

「よう、水端。直接会うのは地球以来やないか?お互い、無事に移住できて何よりやんな」

「ああ、そうだな。道円、今日は遠いところわざわざ済まない」

水端流はそう言うと道円に手を差し出した。彼はその手を取り、ニコリと笑った。

「なんも。スーパーカーでひとっ飛びや。大したことあらへん」

道円の研究所はこのアンドロイド研究センターから北へ約20キロ離れた山奥にある。地球の日本でいうと、東京から隣県に行くようなものだ。人里を避けているのは周りに動物がいる環境を望んでいるからである。

「それよか、そのワンコはどこにおるん?」

「ああ、ここにいる。シリウス、犬に変身してみろ」

水端流の言葉に雄飛とイオの間に立っていたシリウスが白いもやに包まれた。ほどなくしてハスキー犬が現れた。

「ワン!」

すると、道円は目を輝かせてしゃがみ込むとシリウスの頭を撫で回した。

「めっちゃかわええやん!ハスキー犬なん?!うわ~テンション上がるわ~!」

シリウスは一通り撫で回されると再び子供の姿に戻って言った。

「こんにちは!えーっと……どうぶつはかせ?!」

道円は嬉しそうに微笑むとシリウスに手を差し出しながら言った。

「せや、ワイが道円や。よろしゅうな!」

シリウスはその大きな手を取ると、ぶんぶんと勢いよく上下に振った。そして、道円の口癖くちぐせを真似ながら声を上げた。

「よろしゅう!」

道円はシリウスとのやり取りが終わると立ち上がり、両脇にいる雄飛とイオに尋ねた。

「お前さん達が坊ちゃんの両親か?」

「はい、太宙雄飛です」

「イオです」

二人は精一杯の笑顔を作り、名乗った。道円は無難な笑みを浮かべて軽く言った。

「ほな、よろしゅうな」

すると、雄飛がすかさず口を開いた。

「道円博士、シリウスは定期的な充電とコアへの栄養剤注入が必要です。なので一週間以上かかる場合には一旦、帰してください」

「ああ、わかっとる。妙なことはせえへん。解明でき次第すぐにお返しするわ。せやから、心配いらんよ」

道円は葉巻をふかすと、優しく微笑んだ。イオが遠慮がちな笑みを浮かべながら頭を下げた。

「道円博士、シリウスをよろしくお願いします」

「ああ、任せとき」

その時、メンバーの一番端で黙って見ていたベネラが静かに道円の様子をうかがっていた。集中力を上げ、そっと彼の心に入り込む。

(ふん、こうも簡単に大切な息子を預けるやなんて……さすがは疑似親子、ちょろいやん。なんや、拍子抜けしたわ)

頭の中で響いた声には雄飛とイオの二人を心底馬鹿にするような感情が込められていた。ベネラは悔しそうに口元をキュッと結んだ。

(こいつやっぱり……裏の顔があるんだわ)

心の声を読み取られていることなどつゆ知らず、道円は人懐こい笑顔を浮かべると一同に向かって声を上げた。

「ほな、またな。よっしゃ、行くで!坊ちゃん」

そして、シリウスの手を取った。シリウスは嬉しそうに笑って手を振りながら言った。

「よっしゃー!じゃあね、みんな、バイバーイ!」

雄飛とイオの心配をよそにシリウスは意気揚々いきようようとセンターを後にしたのだった。そして、数時間後。道円の運転するスーパーカーが動物研究所に到着した。人里離れた山奥に広がる一階建ての施設だ。あまりに広大な施設にシリウスは目を丸くした。

「すごい!ボクたちがいるセンターよりデカい!」

「今日からここが坊ちゃんのウチや」

そう言うと道円は雄飛から預かった大きなブルーのスーツケースを持ってシリウスの手を引き、エントランスの扉を開けた。

「博士、お疲れ様です」

男性の研究員が数人、出迎えた。皆、白衣の下にヒョウ柄のシャツを着て、愛想の良い笑顔を浮かべている。道円は一人の研究員にスーツケースを引き渡すと言った。

「例のとこに突っ込んどき」

「承知しました」

研究員はスーツケースを引き、エントランスから姿を消した。

「ねーねー、ボクの服は?どこに持っていったの?」

「荷物置き場や。必要な時に出したるからな」

道円はニコニコしながら言った。シリウスは道円に連れられ、施設の中へ入った。しかし、鼻と耳の効くシリウスは異変に気付いた。動物の糞尿ふんにょうの匂い、異常な鳴き声。鼻をクンクン、耳をピクピクとさせながらシリウスは思い切り眉をひそめて言った。

「……なんか変なにおいするよ。なき声もきこえる」

「そうか?ワイは毎度おるからよう分からんけどな」

道円は気にも留めていない様子で長い廊下を進んで行った。廊下の脇には部屋が沢山あり、雑な貼り紙がしてあった。それにはそれぞれ動物の名前が書いてあった。

「この両脇の部屋には種類ごとに動物がおる。坊ちゃんはワンコ達と同じ部屋や」

「ボクと同じ、犬がたくさいるへや?」

「せや。あの部屋やで」

道円は白衣のポケットからカードキーを取り出すとドアノブにかざした。ピッという音がして扉が開いた。その瞬間、シリウスの鼻が酷い異臭いしゅうを嗅ぎつけた。

「ゲホッ!な、なにこのにおい?!」

シリウスは大きく咳き込んだ。そして、直感した。

(……ここ、ボクが来ちゃいけないとこだ)

そっと回れ右をした次の瞬間。

「坊ちゃん、どこ行く気いや?」

グイっとパーカーを持ち上げられかと思うと、首根っこを掴まれてしまった。驚いて道円の顔を見たシリウスは、その顔にこれまで見たこともない恐ろしい笑顔が浮かんでいることに気づき、戦慄せんりつした。

「ひゃあ!」

「お前はこの部屋んなかで仲間とおとなしゅうしとくんや!」

道円はそう叫び、部屋の中にシリウスを放った。その瞬間、一斉に犬が吠えた。

「?!」

シリウスは部屋の中の異様な光景に我が目を疑った。小さな部屋に所狭ところせましと並べられた汚くて小さなケージの中に様々な種類の犬が押し込められていた。その数は30匹ほど。シリウスと道円に向かって吠える犬達はみな、悲しそうな目をしていた。掃除が行き届いておらず、部屋中にゴミや糞尿が散乱している。

(な、なに、これ……)

すると、道円が部屋の一角を指差して冷たい声で言った。

「お前のスペースはそこや。隅っこのちぃさいカーペットの上。他のヤツと違ってケージじゃないのはお前が半分人間だからや。良かったな」

「はかせ……どういうこと……?なんで、みんなかなしい目をしてるの……?」

「ふん。そないなこと、ワイには分からん。こいつらの気持ちなんか読めんしな」

道円は鼻で笑いながらそう言った。ここにいる犬達――動物達を見下すような態度だった。

「とにかく、ワイが来るまでお前はここから出られん。内側からは鍵は開けへんようになっとるからな。ええな?」

道円はそう言うと、シリウスの返事も待たずに部屋を出て行った。扉が閉まり、自動でロックがかかる音がした。

シリウスはショックを隠せなかった。汚ない床にへたり込んだまま、身動きひとつ取れなかった。と、その時だった。

「また新入りが来たな」

「可哀想に……」

「でもこいつ、人間の姿してるよ?」

頭の中に様々な声が響き、シリウスは酷く驚いた。咄嗟に見渡すと、ケージに入れられた犬達が自分を真っ直ぐに見つめていることに気づいた。

「も、もしかして……この声はここにいるみんなの……?」

すると、自分のスペースのすぐ隣にある大きなケージから鋭い視線を感じ、シリウスはそちらに目を向けた。漆黒しっこくの色をした大きなドーベルマンだった。

「坊主、悪いことは言わん。早くここから出た方がいい」

「で、でも、こっちからはドアは開かないんだよね?なんで、はかせはそんなことするの?」

ドーベルマンの目が更に鋭くなった。

「それはお前を監禁するためじゃ」

「かんきん?かんきんってなに?」

「閉じ込められることじゃよ」

「とじこめられて、どうなるの?」

シリウスの言葉に、犬達の間から悲しい鳴き声が漏れた。漆黒のドーベルマンは低く静かな声でこう言った。

「……実験じゃよ。動物兵器に改造させられるんじゃ。わしらも、お前もな」



シリウスが道円に連れられて行った翌日、ベネラは暁子の研究室にハレーと彗を呼んだ。

「私、動物研究所に行くわ」

決意し切った顔でそう言うベネラに暁子が心配そうに尋ねる。

「やっぱり行くのかい?」

「ええ。あの男、絶対に裏があるわ」

「ベネラさん、一人で行く気ですか?」

彗が目を丸くして言った。ベネラは腕を組むと眉をひそめた。

「当たり前でしょ」

「おい、お前が行くならオレも行くぜ」

「私一人で平気よ。ただ忍び込むだけだから。あなたと行ったら目立っちゃうでしょ」

ベネラの馬鹿にしたような態度にハレーは少しムッとした顔で口を開いた。

「どういう意味だよ」

「……とにかく、私は一人で行く。何か分かったらハレー、あなたに連絡するわ。場合によっては助っ人を頼むかもしれない。いいわね?」

「当たり前だ。何のために今まで訓練してきたと思ってんだ」

ハレーはそう言うと、腕のたくましい筋肉をベネラに見せつけた。

「ベネラ、くれぐれも無理するんじゃないよ」

「そうですよ!何かあったらすぐにハレーを呼んでくださいね!」

「大丈夫よ。暁子、彗、ありがとう」

その後、ベネラは雄飛とイオの共同研究室を訪れた。イオは学者になったが、自分の研究室を持とうとしなかった。これまで通り、雄飛の研究室を二人で使うことにしたのだ。二人はいつも通りにそれぞれの仕事をしていたが、不安な表情は隠し切れていなかった。来訪者がベネラだと分かると、少し安心した表情を見せた。

「……ベネラ、どうしたんだ?」

「私はこれから動物研究所に行くわ」

「えっ?!」

イオが驚いて椅子から立ち上がった。

「ベネラ、君もしかしてシリウスのことを……?」

「そうよ。他に理由なんてある?私だってあの子が心配なのよ。あの男、絶対に裏があるわ」

「やっぱりそうなの……?」

「ええ。詳しいことは分からないけどね。シリウスはきっと良くないことに巻き込まれてる。そんな気がしてならないの」

「ベネラ姉さんがそう言うならきっとそうなんだわ。だって、姉さんの勘はいつも当たるから」

すると、雄飛が椅子から立ち上がって口を開いた。

「今すぐ助けに行かないと……!」

今にも部屋を飛び出して行きそうな雄飛を、ベネラは制止した。

「待ちなさい。あなたには無理よ」

「そんなの行かないと分からないじゃないか!こう見えて俺だってきたえてるんだ!」

雄飛は負けずにベネラに言い返した。自分より背の高いベネラをキッと睨みつけている。

「雄飛、あなた自分がどんなに無謀むぼうなことを言ってるのか分かってる?ただ体を鍛えるのと訓練をするのとは違うの。拳銃は使えるの?自分に向かって来た相手をどうやって倒すの?まずは私にやってみなさいよ。知っているならね」

ベネラの強い言葉に雄飛は悔しそうに口を結んだまま黙ってしまった。ベネラは更に畳み掛けた。

「普通の相手だったら正面から堂々と『シリウスを返してください』そう言えばいいわ。でもね、あの男は絶対に一筋縄ひとすじなわではいかないわよ。恐らくとんでもない秘密を抱えてる。あなたはそれに立ち向かう覚悟があるの?」

「くっ……」

雄飛は歯を食い縛った。そして、大きく息を吐くと観念したように言った。

「……分かったよ。全く君には敵わないな」

ベネラは微笑むと、強い口調で言った。

「シリウスは私が守る。必ず連れて帰るわ。だから、二人とも私を信じて」

「ベネラ……すまない。よろしく頼む」

「ベネラ姉さん、シリウスをお願いします」

雄飛とイオはベネラに向かって深々と頭を下げたのだった。
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