アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT II~

松本ダリア

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第7話 変わったキャッチボール

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ハレーが打った球が綺麗に放物線を描き、ホームランのゾーンへ入った。

「っしゃあ!かかってきやがれ!」

次に打った球もホームラン。その次の球もホームラン。ハレーは最速エリアの全20球を全てホームランで返した。

「ハレー、絶好調ね」

打ち終わり、エリアから出て来たハレーをベネラは笑顔で出迎えた。

「あったり前だろ!好きな女が見てんだ。良いとこ見せねえでどうする?」

ハレーはベネラの腰に腕を回しながら得意気な顔で言った。

「ふふっ、ありがと」

ベネラはそう言うとハレーの唇に軽くキスをした。

ベネラとハレーはスポーツウエアに着替え、センター内にあるスポーツエリアで運動をしていた。二人の身体能力はずば抜けているが、スポーツに関しても例外ではない。ハレーはバッティグセンターがお気に入りで訓練やトレーニングの後にリフレッシュも兼ねて必ず打つ程だった。

「じゃあ、今日も好きにさせてくれるよな?」

「ん~それはどうかしら」

「んだよ、いつも結果出したら触らせてくれんじゃねぇか……」

ハレーはベネラの腰に両手を回し、彼女の唇や首筋に顔を寄せると駄々だだをこねた。

「もう、ハレーったら……」

二人がそんなやり取りをしているその時だった。

「ねーねー!ふたりとも何してるの?もしかしていちゃいちゃ?」

ハレーとベネラは酷く驚き、声のする方を振り返った。そこにはシリウスが一人で立っていた。ニヤニヤとやんちゃな笑顔を浮かべて二人の様子を伺っている。

「こ、小僧!何見てんだ!」

ハレーは真っ赤な顔をして咄嗟にベネラから体を離した。

「えーいいじゃん。だって、ユウヒとイオもたまにやってるよ?いちゃいちゃ」

「あ、あいつら……小僧に見せつけてんのか?」

ベネラは笑いをこらえるのに必死だった。

(ハレーったら、焦っちゃって……)

彼女はふう、と大きく息を吐くと、シリウスに歩み寄った。そして、目線をシリウスに合わせると言った。

「私達はね、今、野球をしてたのよ」

「やきゅう?」

「そう。飛んできた球をあの棒で思い切り打つのよ」

ベネラは近くにあるバッドを指差して言った。

「へぇー!なんかおもしろそう!ボクもやりたいな!」

シリウスが目を輝かせて言った。興味深そうに犬耳がピンと立った。すると、ハレーが呟いた。

「小僧とはベネラと三人で色んなスポーツをしたが……そうか。野球はまだだったな」

そして、少し考えながら言った。

「けど、いきなりバッティグはちっと危ねぇな……よし!小僧、こっちに来い。ベネラ、お前もだ」

シリウスとベネラは顔を見合わせ、とりあえずハレーの後についていくことにした。

彼はグローブ3つと球を持ってスポーツエリアを出て、渡り廊下を抜けると中庭に出た。ここはセンターの中央に位置しており、最近完成した場所だった。一年前に比べるとセンターで働く職員の数は明らかに増えていた。水端流がプロジェクトを成功させる為に国から高額な支援金を得て大幅に職員を増員したのだ。

人々はチームに分かれて仕事をした。アンドロイドの身体を製造する者、細胞からコアを作って管理する者、臓器を移植、管理する医者など人々の職業は多岐たきに渡った。

ここ中庭は、そんな働く人々やアンドロイド達のいこいの場になっていた。面積は広大でベンチがあったり、軽い運動ができるようになっていた。太陽は薄雲に覆われ、少し肌寒い。が、人々は上着を羽織ってタブレットで読書をしたり、絵を描いたり、ランニングをしたりと思い思いに過ごしていた。ハレーはそのど真ん中に陣取るとベネラとシリウスにグローブを渡した。

「小僧、まずはキャッチボールだ」

「きゃっちぼーる?」

「そうだ。バットを振る前にまず球に慣れねぇとな」

「ハレー、私もやるの?」

ベネラは手渡されたグローブを見ながら言った。

「当たり前だろ」

「でも、キャッチボールは二人でやるものよね?」

「基本はな。だから最初は二人でやる。慣れて来たらベネラ、お前も入れ。三人でも出来る。常識にとらわれる必要はねぇ」

「ふふっ、ハレーらしいわね」

「じゃあ、小僧、やるぞ」

ハレーはそう言ってシリウスにグローブを手渡し、使い方を軽く教えるとシリウスと充分な距離を取った。

「オレが投げるから小僧はそのグローブでキャッチしろ!」

「わかった!」

ハレーが下から軽く投げた球が目の前に来た瞬間、シリウスは瞬時に動き、グローブでキャッチした。

「やった!とれた!」

「いいぞ、その調子だ。次はお前が投げてみろ!」

シリウスは球を興味深そうに眺めると、ハレーめがけて上手で勢いよく投げた。

「えいっ!」

意外にも鋭い球が自分に向かって来たのでハレーは少し驚いて声を上げた。

「うおっ!小僧、お前やるじゃねぇか!」

そして、グローブでキャッチするとシリウスに投げた。そうして二人はしばらくの間、キャッチボールを楽しんでいた。ベネラはかたわらで二人の様子を眺めていた。

(ハレー、楽しそうね。彼があんな素直で無邪気な顔をするなんて……。それにシリウスも。大半の子供はハレーを怖がるものだけど、あの子は初対面からハレーに懐いてた。無邪気で好奇心旺盛なのはハスキー犬のコアの影響なのかしら)

ベネラは心が温かくなるのを感じ、微笑んだ。ふと脳裏にハレーと自分が、自分達の子供と一緒に遊んでいる姿が思い浮かんだ。ベネラは首を横に振ってその想像を打ち消した。

(……ううん、ないわ。あり得ない)

すると、キャッチボールに慣れて来たシリウスが突然、動きを止めてハレーに向かって声を上げた。

「ねーねーハレー!」

「なんだ?!」

「ボク、犬にへんしんする!だから、ハレーはたまをとおくに投げて!ボクが走ってキャッチするから!」

「おおっ!小僧、チャレンジャーじゃねぇか!よし!いいぜ、やってみろ!」

早速シリウスは犬に変身した。舌を出してまだかまだかとハレーが球を投げるのを待っている。

「いくぞ!」

ハレーは大きく振りかぶって球を投げた。シリウスがすぐに走り出す。球は先程とは比べ物にならないぐらい飛距離を伸ばした。シリウスは全力で前足を動かし、球に追い付いた。そして、軽くジャンプすると口で球をキャッチした。

「おおっ!いいぞ、小僧!」

「ワン!」

ハレーはシリウスの頭を撫でた。そして、球を受け取るとひらめいたような顔をして傍らで様子を見ているベネラに向かって言った。

「ベネラ、お前も投げてやれ」

「……私が?」

「ずっと待ってんのも退屈だろ?」

「そうね……じゃあ、やるわ」

ベネラは微笑むとハレーから球を受け取った。

「シリウス!次は私が投げるわよ!」

「ワン!」

シリウスが返事の代わりに嬉しそうに尻尾を振った。ベネラはグローブを持って構えると下手で勢いよく投げた。ハレーが思わずツッコミを入れる。

「ソフトボールの投げ方じゃねぇか!」

「これでいいの。さぁ、シリウス!取れるかしら?!私の球は早いわよ!」

「ウ~ワン!」

少し戸惑っているような鳴き声が返って来た。シリウスは必死に球を追いかけた。そして、落下寸前でキャッチした。

「やるわね、シリウス!」

「ワン!」

球を受け取り、ベネラはシリウスの頭を撫でた。そうして二人はしばらくの間、キャッチボールをした。犬とアンドロイドの変わったキャッチボールが注目を浴び、いつの間にか中庭にはギャラリーがたくさん集まっていた。

「おいおい、お前ら、見せモンじゃねーぞ……」

困惑しながらハレーが言った。

「いいじゃない。注目されるのも悪い気はしないわよ。ねぇ、シリウス」

ベネラがそう言うと、シリウスは犬の変身を解いた。

「そうだよ!こんなにたくさんかんきゃくがいて、スポーツ選手みたいでボク、嬉しいよ!」

「そうか?お前達が満足ならいいが……」

その時だった。

「シリウス!こんな所にいた!」

ギャラリーの合間からイオが顔を覗かせ、叫んだ。

「ゲッ、イオ……」

シリウスがギクリとした様子で、ハレーの後ろに咄嗟に隠れた。

「コラ!シリウス!また勝手にいなくなって!雄飛が探してたよ?!」

シリウスはハレーの陰に隠れてニヤニヤしている。

「ユウヒのとこにはいかない。だってボク、これからハレーとベネラとキャッチボールするんだもん」

イオが目を丸くして更に声を上げた。

「何言ってんの?!二人に迷惑かけちゃダメでしょう?!ベネラ姉さん、本当にごめんなさい」

「いいのよ。私達、スポーツエリアで運動していただけだから。ね、ハレー?」

「あ、ああ……」

ハレーは気まずそうに返事をした。そんなハレーの様子を見てイオも何となく気まずそうにしながら言った。

「あ、あの……ハレーもごめんなさい」

「べ、別に。小僧と遊ぶのは……嫌いじゃねえ」

「そ、そっか!それなら良かったけど」

ハレーとイオの間に気まずい沈黙が流れた。ベネラは二人の様子を見て悟った。

(この二人……あれからまともに会話してないのね……)

そして、雰囲気を変えるためにシリウスに言った。

「シリウス、キャッチボールはまた今度やりましょう。今日は雄飛に検査してもらう日なんでしょう?アンドロイドにとって検査は大事なのよ。定期的にやらないと異常があった時に困るんだから」

「……わかったよ」

シリウスは渋々返事をすると、ハレーの陰から出てきた。そして、仕方なくイオの手を掴んだ。

「イオ、ごめんなさい。ボク、ユウヒのとこにもどるから」

「シリウス……分かってくれたならいいの。じゃあ、行きましょう。ベネラ姉さん、ハレー、いつもシリウスを見てくれて本当にありがとう」

イオはそう言って深々と頭を下げると、シリウスを連れて中庭を出て行った。二人の姿を見送った後、ベネラはハレーに尋ねた。

「あなた、イオと雄飛に謝ったの?」

すると、ハレーは眉をひそめ、困惑した顔で言った。

「……謝る?オレが、んなことする訳ねーだろ」

彼の微妙な態度を受け、ベネラは思った。

(この感じ……もしかしてハレーは自分があの二人を傷つけたことを自覚してる……?そうじゃなければ、何でオレが謝らなきゃならないんだ、って言うわよね)

「じゃあ、やけにシリウスに優しいのはあの二人への罪滅ぼし?」

「べ、別にそんなんじゃねーよ」

「ふぅん、そう」

「……オレは今でも雄飛のことが好きじゃねぇ。けど、小僧のことは、なんつーか……嫌いじゃねぇ。あいつはオレを怖がらなかった。始めっからオレの後くっついて来て『あれは何?これは何?ボクにも教えて!一緒にやりたい!』って……鬱陶うっとおしいとは思ったが、素直に懐いてくれるのは悪い気がしなかった」

ハレーはそう言って嬉しそうな顔をした。

(自分を怖がらずに受け入れてくれたからシリウスのことを好きになったのね)

「それにオレは今でもイオのことは好きだ。恋愛とかじゃなくて……うーん、上手く言えねぇけど。ベネラやイオ、小僧、お前らに何かあったら守りたいって思うし。だから、まぁ仲間意識ってやつかもしれない」

「意外ね。あなたが『仲間』なんて言葉を使うなんて」

「……ふん、うるせーよ。ベネラ、お前はどうなんだよ」

「何が?」

「小僧のことに決まってんだろ」

ベネラは少し考え込むと微笑んで言った。

「もちろん好きよ。一緒に遊んでると心が温かくなるの。ほら、私達って戦闘要員でもあるから常に緊張感を持って過ごしてるでしょう?だから、あの子の無邪気な姿を見ると和むのよ」

「ああ、確かに。それはあるな」

「それに、イオと雄飛が色々な試練を乗り越えたからこそ生まれた子だもの。私にとっても大事な存在よ。そうね……シリウスだけじゃないわ。ここにいる皆を私は愛してる。アンドロイドとしてもプロジェクトメンバーとしても。私も仲間意識を持ってるってことよ」

「そうか」

ハレーは一言だけそう言うと納得したように微かな笑みをこぼした。そして突然、ベネラの腰に両手を回すと再び顔を寄せながら言った。

「んなことより……早くオレの部屋いこうぜ」

「ちょっとハレー、今真面目な話をしていたのに!」

「いいじゃねぇか。オレはもうさっきからウズウズして堪んねぇんだよ」

「もう……仕方ないわね。じゃあ、行きましょう」

ベネラは観念したようにそう言うと口元を緩め、ハレーの手を取ったのだった。
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