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第14章 Side 小泉
第24話 愛しい人 前編 *
しおりを挟む事情聴取の間、珠喜のことが心配で堪らなかった。言葉が通じないことはもちろん、二人の男に乱暴されて深く傷ついている彼女に対して警察の態度はあまりにも不親切で冷酷だったからだ。俺がそれらを訴えると、言葉については分かる者が話を聞くし、邪険には扱わないから心配するな、と言われた。
終わるのを待つ間、昨晩のことを思い返した。俺は珠喜を家から追い出した後、ソファに寝そべり途方に暮れている内に眠ってしまった。目が覚めた時、部屋の中の異様な光景に目を疑った。食器が散乱したキッチンとテーブル、床の上で粉々に砕け散ったワイングラス。何より珠喜の姿が見当たらないことに強い不安を覚えた。記憶が飛んでいることがますます俺を不安にさせた。
最初はまた俺が妙なことをして嫌われてしまい、珠喜が家を出て行ってしまったのだと思った。だが、酷い胸騒ぎがして咄嗟にスマホを取り出し、GPSを使って珠喜を探しに行ったのだ。彼女の行方を追っている内に飛んでいた記憶が少しずつ蘇って来て、自分が彼女にしたことを心から悔やんだ。俺が追い出さなければ彼女はこんな目に遭わずに済んだのだ。
(どうして好きだと言ってやれなかったのか……彼女の話をきちんと聞いてやれなかったのか……。俺が怒りに我を忘れてつまらない意地を張ったばかりに……)
彼女は俺に失望しただろう。まるで子供のように一方的に怒り、自分を追い出した。こんな男は信頼できない、と。だから彼女は頑なに俺から顔を背け続けているのだろう。
今思えば、珠喜の言うことは最もだった。俺は一葉の本当の気持ちを聞こうとしなかった。彼女の気持ちを理解しているつもりだったのだ。彼女が寂しがっていることは分かっていた。だが、メールをしたりプレゼントを贈れば平気だと思っていた。それは一方的で自分勝手な考えだったのだ。
もしかすると、珠喜も寂しかったのではないだろうか。だから、上司との不倫に走ってしまった。彼女が寂しさを抱いていた理由は分からない。だが、一葉が俺に抱いていた寂しさを彼女は理解していたのだ。
俺は珠喜を心から愛している。だからこそ、彼女が不倫をしていたということが許せなかったのだ。
あの日の朝、一葉が俺に見せた寂しげな表情。そして、俺が怒りを露わにして「顔も見たくない」と言った時の今にも泣き出しそうな珠喜の表情。二人がどれだけ俺にとって大切な存在だったのか、今になって鮮明に思い出し、酷く胸が苦しく切なくなった。
(一葉の気持ちにもう少し早く気づいていれば……珠喜に対して素直になっていれば……)
ーーーーー
終わったのは昼頃だった。まだ聞きたいことはあるが、とりあえず今日は帰っていいとのこと。俺はタクシーを呼んだ。珠喜はタクシーに乗っている間も一言も口を聞かなかった。窓の外をじっと見つめたまま、俺の方を見向きもしなかった。さりげなく顔色を伺ってみたが、その表情には何の感情も浮かんではいない。いつも明るく元気で、花のような笑顔を俺に見せてくれた彼女はどこにもいない。まるで別人だった。気まずい雰囲気のまま俺達は帰路に着いた。
「……お風呂、入ってもいい?」
玄関を開けた瞬間、珠喜が初めて口を開いた。驚いて彼女を見ると、化粧は殆ど落ちて、青白く、疲れ切った顔をしていた。目にはまるで正気がない。
「あ、ああ」
何とかそう絞り出すと、彼女の代わりに寝室から着替えを持って来て、タオルを用意した。珠喜が淡々と服を脱ぎ始めたので俺は慌てて脱衣所から出た。
昼飯の準備をしようと思ったが、どうにも落ち着かず廊下をウロウロした。風呂場からシャワーの水音が聞こえる。
(盗み聞きしてるみたいだな……)
そんな気は全くないが、何となく居た堪れない。キッチンへ行こうとしたその時。シャワーの音に混じって微かな泣き声が聞こえて来た。始めは静かな声だったが、それは次第に大きくなった。俺は急いで浴室の扉を開けた。
頭からシャワーの湯を被り、床に座り込んで激しく慟哭する珠喜の姿があった。水分をたっぷり含んだ長い髪の毛は乱れ、濡れた白い背中が激しく震えていた。俺は彼女を後ろから思い切り抱き締めた。
「珠喜……!」
「離して!」
彼女は取り乱し、俺の両腕を振り解こうともがいた。上から降り注ぐ湯が容赦なく俺と彼女を濡らす。あっという間に俺は頭の上からつま先までずぶ濡れになった。
「嫌だ、絶対に離さねぇ」
俺の腕から逃れようとする彼女の体をありたっけの力を込めて抱き締めた。
「アタシなんか放っておいてよ!あいつらにまんまと騙されてやられて、される側の気持ちも考えずに不倫して、ぜんぶ……ぜんぶアタシが悪いんだから!どうせアタシはクズな女!もうイヤ!死にたい!」
珠喜は泣き叫んだ。嗚咽を漏らし、声にならない声で。俺は酷く胸が苦しくなった。彼女は自分を責めているのだ。あんなに明るく元気だった彼女をここまで追い詰めたのは他でもない……俺だ。彼女に対する罪悪感と溢れる想いが混ざり合い、熱いものが込み上げた。俺はそっと彼女の耳元に唇を寄せた。
「……珠喜、愛してる。ずっと言えなくて本当にすまなかった……。それにお前は何も悪くない。お前を追い出した俺の責任だ。本当に申し訳なかったと思ってる。お前に許してもらおうなんて思ってない。だが、お前の為なら俺は何でもする。だから、死にたいなんて言わないでくれ。頼む……」
その時、心から思った。今や俺にとって彼女はなくてはならない存在だった。彼女を失うなんて考えられない。思わず涙が込み上げた。
「……お前にはこれからも俺のそばにいて欲しい。好きなんだ、愛してるんだ、珠喜……っ!」
より一層力を込めて、彼女を抱き締めた。珠喜は静かに首を横に振りながら言った。
「でも、こんな汚れたアタシなんて……あなたに愛される資格ない」
「何言ってんだ!お前はお前だろ?どんな姿だって俺はお前のことを全力で愛する」
珠喜は俺の腕をそっと解いて振り向くと、俺の顔を見た。正気のなかった瞳に微かな光が宿っていた。ただ、そこには深い悲しみが混じっていた。彼女は俺の頬にそっと触れると震える声で言った。
「じゃあ、アタシを抱いて……?昨日のこと、全部あなたに塗り潰して欲しい……心も体も全部あなたで満たして………嫌なこと全部忘れるぐらいに……」
「珠喜……っ」
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。珠喜の体を再び思い切り抱き締めると、彼女の唇に自身の唇を重ねた。
「んんっ……ん、ふっ……」
ふっくらとした彼女の唇から甘い吐息が漏れる。舌先を滑り込ませると、湯とお互いの唾液が混ざり合った。湿り気を帯びたそのキスは俺の体を熱くさせるのに十分だった。濃厚なキスを繰り返しながら俺は片手でレバーを捻り、シャワーを止めた。蛇口からポタポタと滴る水音と、お互いの熱い吐息が響き渡る。
一旦唇を離し、顔に張り付いた彼女の長い髪を優しく退けた。濡れた長いまつ毛、湿り気を帯びたふっくらとした妖艶な唇。微かに熱が宿る大きな瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。途端に愛おしさが込み上げる。俺は彼女の紅潮した頬を撫で、その瞼にキスを落とした。珠喜は少し驚いて肩をすくめた。
「可愛い……」
再び唇に口付ける。珠喜は唇を離すと頬を赤らめて少し遠慮がちに言った。
「……賢弥さん、別人みたい……」
「ああ。今までの俺なら絶対に言わないだろうな。だが、決めたんだ。もう自分に嘘は吐かない。素直な気持ちをお前に伝えるって。もうお前を手放したくないんだ……」
「賢弥さん……」
驚きと歓喜が入り混じったような表情で珠喜は俺を見つめた。俺はまた彼女のことが愛おしくなった。愛おしくて恋しくて仕方がなかった。濡れた体を強く抱き締め、背中に指を這わす。湿り気を帯びた滑らかな肌を指でなぞると、彼女は甘い吐息を溢した。
今俺は、この手で生まれたままの珠喜の体に触れている。夢でも妄想でもない。記憶が飛ぶこともない。触れたくて堪らなかった、夢にまで見た愛おしい彼女の体に。俺は、自分の指や唇でその熱く滑らかな肌の感触を深く丁寧に味わった。心に深く刻み込むように。また、彼女の肌にも刻み込んだ。俺の痕を。もう二度と誰にも触れられないように。
「珠喜……お前は汚れてなんかない。とても……綺麗だ」
彼女の膨らみを優しく指でなぞりながら、俺は言った。彼女の体は美しかった。形の整った大きな膨らみ、引き締まったヒップライン、くっきりとしたくびれ……決して細身とはいえないが、グラマラスでメリハリのある健康的な体だ。夢や妄想の中で何度も見た体よりもずっと……。
彼女は甘い声を漏らしながら頬を染め、俺の首筋に腕を回して上目遣いで懇願した。
「あぁん……賢弥さん……もっと……もっと……触って欲しい……」
「珠喜……」
あまりに可愛らしく妖艶な姿に、濡れたスラックスと下着の中で俺自身が熱くなるのを感じた。
(あぁ、挿れたい……珠喜の中を思い切り掻き混ぜたい……!)
それは激しく性的な衝動だった。目を瞑り、一旦大きく深呼吸をすると、たっぷりと水分を含み重くなった洋服を脱ぎ捨てた。体にまとわりついていた煩わしさが一気に消え去り、開放感を覚えた。裸になった俺を目の当たりにして、珠喜は恥ずかしそうに頬を染めた。
彼女の体をそっと抱き寄せた。汗と湯で濡れて、熱くなったお互いの肌が触れ合う。直接感じる滑らかで弾力のある彼女の肌が何とも心地良く、俺は彼女の耳元で思わずため息を漏らした。
「あぁ……珠喜……好きだ……」
体を離すと先端にある桃色の突起を指で挟みながら、彼女の膨らみを両手で優しく揉みしだいた。珠喜は目を瞑り、恍惚の表情を浮かべて俺の愛撫に身を任せていた。
「やぁん、あぁっ……気持ちいい、賢弥さん……もっと」
「もっと?欲張りだな、お前は」
耳元で優しく囁きながら突起を摘むと、彼女は体を震わせた。
「ぁっ……だって……嬉しいんだもん」
「何が嬉しいんだ?」
突起をきゅっきゅっと摘んで優しく愛撫を繰り返しながら尋ねると、彼女は吐息混じりの甘い声で言った。
「んんっ、はぁん……け、賢弥さんに、触ってもらいたかったの、ずっと……お酒、飲んでない時にね」
思わず胸が高鳴ってしまった。彼女はずっと俺を求めていたのだ。あの色仕掛けは冗談なんかではない。嘘偽りのない、彼女の素直な気持ちだったのだ。
「そうか……悪かったな、こんなに待たせちまって……。これからは沢山触ってやる」
謝罪の意味を込めて彼女の唇にキスをして、片手で突起を愛撫しながらもう片方の手を彼女の下腹部に滑らせた。
「あっ、待って、そこは……」
彼女が頬を真っ赤にして俺の手を制止しようとした。が、時すでに遅し。指先に触れた感触に、俺は興奮を覚えた。
「こんなに濡らして……ぐちゃぐちゃじゃねぇか……」
「だ、だって……あぁん」
彼女が言い訳をする前に俺は指先をゆっくりと動かした。隠れている突起や秘部を優しくなぞると、次から次へと蜜が溢れ出てくる。それを絡め取りながら、俺はゆっくりと彼女を快感に導いていった。
「あっ……あぁ、いやぁ、あぁんんん~~!!」
彼女は恍惚の表情を浮かべ、嬌声を上げてあっという間に果てた。息を切らしながら彼女は俺の顔を見つめた。紅潮した頬、濡れた大きな瞳があまりにも妖艶で、俺は胸の高鳴りを覚えた。珠喜は硬さを増した俺自身に優しく触れた。
「ここ、スゴく苦しそう……アタシが気持ち良くしてあげる」
そう言ってゆっくりと上下に手を動かした。途端に刺激が体中に広がり、俺は思わず声を漏らした。
「うっ、はぁっ……!」
彼女が手を動かす度に刺激は増していく。俺は途中で彼女の手を制止した。
「ま、待ってくれ……」
「どうしたの?」
「このままイクのは嫌だ」
「何で……?アタシの手じゃ嫌?」
「ち、違う……手じゃなくて、お前の中で……」
大きな目を真っ直ぐに見つめながらそう言うと、彼女は頬を赤らめた。
「……分かった」
そう一言だけ返事をすると、珠喜は恥ずかしそうに目を伏せた。立ち上がり、彼女の背中を浴室の壁に押し付けると、片足を持ち上げた。そこで俺はハッとした。
「あぁ……」
「どうしたの?」
「すまん、避妊するものを持ってない……だから、今日のところは……」
遠慮がちにそう言いかけると、彼女は俺の顔を見上げ、何かを決意したような強い眼差しで言った。
「アタシね、さっき決めたの。賢弥さんとこの世界で生きるって。賢弥さんがアタシのこと愛してるって……そばにいて欲しいって言ってくれたから。スゴく嬉しかった。何があってもアタシは平気」
「珠喜……」
彼女は俺の頬に触れると、愛に溢れた熱い眼差しで俺のことを真っ直ぐに見つめて言った。
「だから……途中でやめないで?そのままのあなたが欲しい」
胸が熱くなり、喜び、愛おしさ、切なさ、色々な感情が混ざり合った。上手く言葉にできない。俺は頬に触れている彼女の手を取りキスをすると、優しく抱き寄せたのだった。
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