プラチナ・ロック(Vector Design Supporters Ⅲ)

皆中透

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永心家との関わり

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◇◆◇


 鉄平に電話を入れた直後、VDSの副社長だという田崎さんから、俺のスマホに連絡があった。違う情報筋から一未が誘拐されたかも知れないとの連絡があったそうで、すでに対応が始まっているというものだった。

「真壁さんは一未さんの婚約者だそうですね。詳しくお話を伺いたいのですが、VDS事務所ではなく永心議員の本家の方へ来て頂けますでしょうか。こちらからお迎えにあがりますので」

 田崎さんが言うには、どんな些細な情報も外に漏らすのが危険だと判断しているらしく、管理下にないスマホで話すのでは無く、直接会って話すべきだと言うことだった。

 一未が残していたメッセージが気になっていたし、何よりもストーカーされているのであれば一刻も早く見つけてやらないといけない。そうなると俺一人ではどうしようもない。

 弟が命を預けてもいいと思って働いている会社の重役から、直々にもらった指示だ。断る理由がなかった。

「わかりました。伺います。ただ、迎えに来る方が誰なのかがわからないと、間違えて違う人の車に乗ってしまいそうで怖いのですが……」

 俺がそういうと、「大丈夫です。迎えの人物は、あなたと顔見知りですから」と言われ、通話は終了した。

 それから数分の後に、一未の家のドアがコンコンと軽くノックされる音が響いた。俺はドアスコープから外を確認し、前に立っていた人物の顔を見て、胸を撫で下ろした。

 初めて会った時の印象と全く変わらない姿でそこに立っていた人は、大柄でがっしりしていて、シャープな顔立ちなのに雰囲気はふわりと柔らかい、オールバックでスーツ姿の男性だった。

 俺は知った顔の迎えに気持ちが緩んで、思わずガチャリと勢いよくドアを開けた。

「野本さんですよね? こんばんは、お久しぶりです。真壁です。真壁涼陽です。鉄平の兄の……。田崎さんが言われていたお迎えって、野本さんのことですか?」

 野本さんはその大きな唇で穏やかに微笑むと、「はい。そうです。ご無沙汰しております」と優しい声で答えてくれた。

 彼と初めて顔を合わせたのは、実家の隣に住んでいた幼馴染の翔平が誘拐された時だ。その事件の担当刑事として、うちにも話を聞きに来た時のことだった。俺もまだその時は実家住まいだったので、名刺をいただいて少し話をした。
 
 背が高くガタイのいい野本さんと、野本さんより少し小柄で金髪碧眼の永心さんのペアだった。翔平を目の前で攫われてまともに話せなくなっていた鉄平の代わりに、俺でもわかることは俺が説明させてもらった。

「あーよかった。知らない人が迎えに来たら、俺まで誘拐されたらどうしようってずっと落ち着けなかったと思います」

 俺は、ろくな説明も無いままに急に迎えが来ると言われて内心怯えていたのだけれど、野本さんなら何も説明がなくても安心して身を任せられると思い、緊張が緩んだ。

「それは、私は信用していただけているということですよね? ありがとうございます。真壁さん、ゆっくりご挨拶したいところですが、永心本家でお話をさせていただきたいので、そちらへお連れしてもよろしいですか? この件は一切口外するなと言われておりまして、こちらでは何も言えないのです。すぐに車に乗っていただきたいのですが、大丈夫でしょうか」

 真剣な面持ちで俺にそう告げる野本さんに、「わかりました。では、戸締りをしたらすぐに出ます」と俺は答えた。
 そして室内に戻ると、全ての窓の鍵がかかっているのを確認し、写真を撮った。電気のスイッチが全て切れているのも確認した。そして、急いでドアを閉めると、玄関の鍵をかけた。

 大通りからほんの少し外れただけの場所にも関わらず、やたらに静かなこの建物の中に、ロックのかかる音がカシャンと冷たく響き渡った。


***


「こちらです」

 表通りに停まっていた車のそばに、金色の巻き毛が見えていた。車にもたれかかってコーヒーを飲んでいたのは、見覚えのある小柄な男性だった。

「ご無沙汰してます」

 俺が声をかけると、永心さんがこちらへと視線を向けた。そして、その場の嫌なことが全て吹き飛んでしまうのではないかと思うほどの明るい笑顔を俺に向ける。

「お久しぶりですね、真壁さん。弟さんとごちゃごちゃになると厄介なので、涼陽さんとお呼びしてもいいですか? 俺のことも、咲人と呼んでください。今から行くのは俺の実家なので、兄弟はみんな永心ですから。議員の兄は澪斗と言います。ご存知ですかね?」

 咲人さんはそう言いながら、俺に手を差し出して握手を求めてきた。俺は喜んでその手を握ると、軽く振りながら「もちろん存じ上げてますよ。ご活躍ですよね」と答えた。

 それからは野本さんに促されて車に乗り込み、車中で話すことにした。野本さんはすぐに車を出し、すっかり日が暮れた路地裏の周囲を慎重に確認しながら進んでいく。

「早速ですが、涼陽さん。私たちは一未さんは誘拐されたと思って捜査することにしています。鉄平から聞いた話では、あなたもそう思われているということでしたよね。何かそう思うに至るものがありましたか?」

 咲人さんは、助手席から体を捻って無理をしながら俺の方を向いてくれていいた。いつも傍若無人のようでいて、本当は相手を繊細に思いやる人だと鉄平から聞いていた通り、俺への配慮を心がけてくれているのが伝わる話し方をしている。

 それでもやはりセンチネルというべきか、俺の心のうちを見透かされそうな目をしていて、どうしても怖くなってしまう。野本さんは俺のその気持ちに共感したらしく、「咲人、センチネルの質問は尋問のようで怖いから、少し引いてやれ」とやんわりと手で制してくれた。

「あ、そうですね。ごめんなさい。最近は神経の図太い連中としか話さなかったもので……失礼しました」

 咲人さんはそう言って、恥ずかしそうに笑った。すると、野本さんが「俺も図太い人種なのか?」と訊く。それを聞いた咲人さんは、パッと顔を赤らめた。

——あれ? この二人ってそういえばパートナーなんだっけ?

 そんな疑問が浮かんだのだけれど、答えは訊くまでも無かった。

「先輩は別ですよ」

 そう答えた咲人さんの顔は、とても愛しい人を見ていると物語っているように蕩けた表情をしていて、それを見た野本さんもまた満足そうに微笑んでいた。

——わー、野本さんあんな顔するんだ。

 普段の関係性からは真逆のイメージだったのだけれど、意外にも野本さんがリードする関係なのだなと知って驚いた。しかもその後、咲人さんの唇を指で摘みながら、「名前、また戻ってる」と言いながら軽く拗ねて見せた。

「あっ……、し、し、慎弥さん……」

 咲人さんはそう答えながら、耳から首まで真っ赤になっていた。俺は今、婚約者を誘拐されている状況なのだけれど、その目の前で一体何を見せられているのだろうかと思ってしまった。

 その思いがうっかりため息として外に溢れてしまう。それを聞いて、野本さんは慌てて釈明した。

「あ、すみません。決して惚気ているわけではないんです。これから先の捜索の時に、俺が野本だとバレない方が都合がいいもので、名前で呼ばせる練習をしてるんです」

 俺のため息を聞いたからか、野本さんは慌てて誤解を解こうとした。咲人さんも同じで、「も、申し訳ない! そうか、そうですよね。俺が恥ずかしがったりするから……不謹慎でした。申し訳ありません」と頭を下げてくれた。

 俺は自分の狭量さが恥ずかしくなってしまい、「いえ、こちらこそ。事情を知らずに早とちりをしてしまって……失礼しました。あなた方は仕事中ですよね」

 そう答えると、二人とも安心したように笑った。

「今、鉄平と翔平は睡眠確保と言って、潜入捜査前に体を休める準備時間をとっています。それが終わったら永心に来ます。それまでにざっと説明をさせて頂きたいと思っています。そして、先ほども申し上げましたが、私たちもそのミーティングが終わり次第潜入捜査に加わります。一日だけなのですが、その間は野本と呼ばないようにお願いしますね」

「わかりました。俺も慎弥さんと呼びます。それなら間違わないでしょうから」

 俺がそう答えると、咲人さんはまた少しだけ顔を赤らめながら「それなら俺も呼びやすいです」と答えた。


***


 そんなことを話しているうちに、車は永心家の本家本宅に着いた。着いて初めて実感した。ここは、日本の政治のトップに立てる人たちが集うような家だ。一般庶民の俺が立ち入ることなど、一生無いと思っていた。

「おお……俺、なんて場所にいるんだ……」

 意識していなくても、体が強張ってしまう。重厚な日本家屋と洋館の中庸のような、不思議な建物が目の前にあった。そこから発せられるエネルギーにしばらく気圧されていると、慎弥さんから中に入るように促された。

「当主の澪斗が中におります。どうぞ、お入りください」

「……澪斗? って、永心澪斗……ですか? え! 俺、永心澪斗と会うんですか!?」

「はい、ここは永心ですから、ここへ来たなら澪斗には会っていただかないと……それに、あなたをここへ呼んだのは、澪斗なんですよ。詳しいことは、中に入ってからで……さあ、どうぞ」

 当然のような顔をして、咲人さんは俺の背中を押した。でも俺は出来る限りの力を振り絞って抵抗した。何度もいうが、俺は一般庶民だ。二人とは感覚が違う。一般庶民は、気軽に政治家と挨拶をしたりしない。

「ちょっ……待って、待って! こんな汚い格好でお会いするような方じゃ無いでしょう? 政治家先生とお会いするなんて……」

 玄関は通り過ぎたものの、廊下の途中で尻込みをして喚く俺に、二人は困り果てているようだった。それはとても申し訳が無かったけれど、一未の心配をしたいのにそれも出来なくなるほど、俺は怯えてしまっていた。

「だって、永心議員と言えば鬼のように怖い人だって有名じゃ無いですか! その後継さんだってそうでしょう? 何度か中継見ましたけど、冷酷って言葉がピッタリでしたよ。めちゃくちゃ恐ろしかった……至近距離で会うなんて、無理ですよ!」

 そんな風に駄々を捏ねながら、広間の前の柱にしがみついて必死に抵抗していると、屋敷の奥の方から楽しそうな笑い声が響き渡ってきた。それは、とても軽やかで、そして涼やかで美しい声だった。

 思わずその声のする方を振り返る。そこには、とても穏やかな表情を浮かべてほんのりと笑う、美しい男性が立っていた。その隣には、同じようにふわりとした笑みを浮かべているけれど、いくらか苦労の後が滲み出た顔をしている男性がいる。

「兄さん、もう来られたんですね。海斗さんも」

 目を見張るほど美しい笑顔で笑う人は、兄さんと呼ばれていた。咲人さんのお兄さん……と、いうことは。

「あ、あなたが永心澪斗議員ですか?」

 俺は驚いて、うっかり指をさしてしまった。それほど驚いた。国会中継で見る永心議員は鬼の形相をしている。それこそ、荒ぶる獅子のような人として世間は認識している。

 それが、目の前の美しい人と同じ人だとは、到底思えなかった。

「はい、僕が永心澪斗です。よろしくお願いします、真壁涼陽さん」

 そう言って、澪斗氏は手を差し出した。俺は目の前の事態に全く着いて行けず、反応出来なかった。見かねた咲人さんが俺の手をとり、強引に握手をさせた。

「はい、真壁涼陽さんです。よろしくお願いします。はい、では中で話しましょう」

 そう言うと、スーツ姿の男性が開けた観音開きのドアの向こうへ、蹴り出すようにして俺を押し込んだ。
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