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田崎とカズとミチ
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「田崎さん、お久しぶり! 相変わらずいい男だねー。 寂しい私の相手する? あ、和人が怒った! 冗談だってば!」
オーダーした飲み物を運びながら、ミチは早口で喋り倒した。相変わらずニコニコと明るく、パワフルで、無遠慮だった。
「ミッちゃん、鉄平に何言ったんだよー。ちょっと怖いよ、この変わり方……」
「え、いや私は好きなら好きって言わないといけないよって言ってただけだよ? ね、和人」
「……ミチ、俺のこと和人って呼ばないでって言っただろ?」
カズは俺の前に座っていて、剥れて横目でミッちゃんを睨んでいた。
「あ、そうだった。ごめんね? 和人って呼んでいいのは、家族と恋人だけなんだよね? 気をつけまーす」
そう言って、深々と頭を下げた。
ミッちゃんは二年前に薬物騒動に巻き込まれ、一度だけ田崎さんからケアを受けている。
能力者であれば諦めがつくのだろうけれど、田崎さんはミュートだ。そのせいで、カズもどうにも割り切れないらしかった。
あの時は、イプシロンを飲んだミュートにしかケアが出来ないという特殊な状況だった。そうでなければミュートにケアは無縁だ。
しかも田崎さんは異性愛者だったから、男であるミッちゃんを相手にするのも、そもそもケア自体も初めてだという本当に稀な状況だった。
田崎さんにとっても、あれは一生に一度きりの経験となった。
もちろん、カズもVDSのメンバーなので、そのあたりの事情はしっかり把握している。というよりも、カズの当時の恋人だった男がその薬の副作用で亡くなっているため、ケアの重要性を誰よりも理解していた。
それでも、恋人の一生に一度の相手という特別な立場にいるミッちゃんに、どうしても嫉妬心が湧くという話は俺も鉄平も聞いている。
しかもミッちゃんと田崎さんはとても仲が良くて、それだけでも見ているこっちはハラハラする。さらにタチが悪いのが、田崎さんはその辺りが超鈍感なのだ……。
だから、カズはいつも気を揉んでばかりだ。俺と鉄平は、会うたびにカズを慰めている。
「しかしお前、出会ったばかりの頃は、犯罪に巻き込まれる生き方しか出来なかったのになあ。今やうちの事務スタッフとここの店長の両方をちゃんと務めてるもんな。信じらんねえ」
田崎さんがビールをぐいっと飲み干しながら、しみじみと呟いた。後ろ盾の無い無能なミュートとして卑屈に生きていたみっちゃんは、まともに働いたことが一度もなくて、当時働いていた店のオーナーだった今の彼に脅されながら違法薬物の売買をしていた。
その頃は敬語の使い方も分からなかったのに、今や立派にダブルワークをこなしている。何も出来ないと嘆いていたのが遠い昔のようだけれど、それはまだ二年くらい前の話だ。
毎日遅くまでその日に習ったことの復習をして、その後に店に顔を出し、翌朝早く出勤して一人で作業にあたり、育成担当者に確認してもらうという生活を続けていたらしい。
「まあ、あれだけ頑張れれば、自ずと結果はついてくるだろう。ミチが頑張った証拠だよな」
翠さんがそう言葉をかけると、ミッちゃんは特に嬉しそうな顔をした。翠さんは今世界最高レベルのセンチネルだ。そこに辿り着くまでには、俺たちでは想像もつかないほどの努力をしている。
生まれつきの能力のまま何もせずにいると、基本的にランクは上がらない。でも、翠さんは天涯孤独だった自分を守るために常に努力し続けて、過去最高峰といわれたインフィニティに次ぐレベルにまで上がった。
VDSのセンチネルである俺たちは、その翠さんにみんな憧れている。そして、VDSのガイドたちは、その翠さんと釣り合うパートナーになるために世界最高峰のガイドになった蒼さんに憧れている。
その憧れは、あの会社で働いていればミュートでもストレンジャーでも感じるものらしく、ミッちゃんも三人の取締役に憧れていた。
「なあミチ、お前、ダーリンには会いに行ってるのか?」
「んー? たまに行くよ。でも最近病気したらしくてさあ。ちょっと会えてないんだよね」
ミッちゃんの彼は刑務所で服役中だ。ミッちゃんが頑張って働いているのは、その彼が出所して来た時にここで雇ってあげるためだ。そのためにも店長であり続けなければならなくて、一生懸命に頑張っていた。
「病気? そういやあの刑務所、最近感染症が流行ってるらしいな。脱走計って誰かがそんなことを言ってるんじゃ無いかって言ってたけど、本当に流行ってるのか?」
田崎さんは角のイスを引き寄せてポンポンと叩き、ミッちゃんにそこに座るように促した。和人はそれを横目で見ていたのだが、何も言わずに目を伏せた。
「カズ、そういう時は言っていいんだよ」
俺はカズに小声でそう伝えた。それでもカズは「でも……」と言い淀んでいたので、「ミッちゃん、俺の隣に来な! 田崎さんの隣に座ったら、カズが妬くから。ね?」と俺が声をかけた。
すると、ミッちゃんもそれに「うん、わかったー!」と答えながら、田崎さんの向かいになる席へと移動した。田崎さんは少しだけ解せない顔をしたけれど、その後はたと気がついたようで、「和人、ごめんな。俺、また気が利かなかったな」と素直に反省してくれていた。
「田崎はそういうところがいいところだよねー。気はきかないけれど、指摘を受けるとすぐ反省するし、理解すれば再発させない」
蒼さんがそう言って、カズに微笑みかけていた。隣で翠さんも「そうだぞ。根に持つこともないし、ちゃんと言えよ。だってこいつの名前は、竜胆なんだからな」
「翠っ! もういいって、それ」
「えーなんですか、それ」
珍しく照れまくる田崎さんの反応が面白くて、鉄平と俺はそこを追求したくて仕方がなかった。それでも、田崎さんはガンとして口を割ろうとせず、カズはそれを聞いて真っ赤になっていた。
オーダーした飲み物を運びながら、ミチは早口で喋り倒した。相変わらずニコニコと明るく、パワフルで、無遠慮だった。
「ミッちゃん、鉄平に何言ったんだよー。ちょっと怖いよ、この変わり方……」
「え、いや私は好きなら好きって言わないといけないよって言ってただけだよ? ね、和人」
「……ミチ、俺のこと和人って呼ばないでって言っただろ?」
カズは俺の前に座っていて、剥れて横目でミッちゃんを睨んでいた。
「あ、そうだった。ごめんね? 和人って呼んでいいのは、家族と恋人だけなんだよね? 気をつけまーす」
そう言って、深々と頭を下げた。
ミッちゃんは二年前に薬物騒動に巻き込まれ、一度だけ田崎さんからケアを受けている。
能力者であれば諦めがつくのだろうけれど、田崎さんはミュートだ。そのせいで、カズもどうにも割り切れないらしかった。
あの時は、イプシロンを飲んだミュートにしかケアが出来ないという特殊な状況だった。そうでなければミュートにケアは無縁だ。
しかも田崎さんは異性愛者だったから、男であるミッちゃんを相手にするのも、そもそもケア自体も初めてだという本当に稀な状況だった。
田崎さんにとっても、あれは一生に一度きりの経験となった。
もちろん、カズもVDSのメンバーなので、そのあたりの事情はしっかり把握している。というよりも、カズの当時の恋人だった男がその薬の副作用で亡くなっているため、ケアの重要性を誰よりも理解していた。
それでも、恋人の一生に一度の相手という特別な立場にいるミッちゃんに、どうしても嫉妬心が湧くという話は俺も鉄平も聞いている。
しかもミッちゃんと田崎さんはとても仲が良くて、それだけでも見ているこっちはハラハラする。さらにタチが悪いのが、田崎さんはその辺りが超鈍感なのだ……。
だから、カズはいつも気を揉んでばかりだ。俺と鉄平は、会うたびにカズを慰めている。
「しかしお前、出会ったばかりの頃は、犯罪に巻き込まれる生き方しか出来なかったのになあ。今やうちの事務スタッフとここの店長の両方をちゃんと務めてるもんな。信じらんねえ」
田崎さんがビールをぐいっと飲み干しながら、しみじみと呟いた。後ろ盾の無い無能なミュートとして卑屈に生きていたみっちゃんは、まともに働いたことが一度もなくて、当時働いていた店のオーナーだった今の彼に脅されながら違法薬物の売買をしていた。
その頃は敬語の使い方も分からなかったのに、今や立派にダブルワークをこなしている。何も出来ないと嘆いていたのが遠い昔のようだけれど、それはまだ二年くらい前の話だ。
毎日遅くまでその日に習ったことの復習をして、その後に店に顔を出し、翌朝早く出勤して一人で作業にあたり、育成担当者に確認してもらうという生活を続けていたらしい。
「まあ、あれだけ頑張れれば、自ずと結果はついてくるだろう。ミチが頑張った証拠だよな」
翠さんがそう言葉をかけると、ミッちゃんは特に嬉しそうな顔をした。翠さんは今世界最高レベルのセンチネルだ。そこに辿り着くまでには、俺たちでは想像もつかないほどの努力をしている。
生まれつきの能力のまま何もせずにいると、基本的にランクは上がらない。でも、翠さんは天涯孤独だった自分を守るために常に努力し続けて、過去最高峰といわれたインフィニティに次ぐレベルにまで上がった。
VDSのセンチネルである俺たちは、その翠さんにみんな憧れている。そして、VDSのガイドたちは、その翠さんと釣り合うパートナーになるために世界最高峰のガイドになった蒼さんに憧れている。
その憧れは、あの会社で働いていればミュートでもストレンジャーでも感じるものらしく、ミッちゃんも三人の取締役に憧れていた。
「なあミチ、お前、ダーリンには会いに行ってるのか?」
「んー? たまに行くよ。でも最近病気したらしくてさあ。ちょっと会えてないんだよね」
ミッちゃんの彼は刑務所で服役中だ。ミッちゃんが頑張って働いているのは、その彼が出所して来た時にここで雇ってあげるためだ。そのためにも店長であり続けなければならなくて、一生懸命に頑張っていた。
「病気? そういやあの刑務所、最近感染症が流行ってるらしいな。脱走計って誰かがそんなことを言ってるんじゃ無いかって言ってたけど、本当に流行ってるのか?」
田崎さんは角のイスを引き寄せてポンポンと叩き、ミッちゃんにそこに座るように促した。和人はそれを横目で見ていたのだが、何も言わずに目を伏せた。
「カズ、そういう時は言っていいんだよ」
俺はカズに小声でそう伝えた。それでもカズは「でも……」と言い淀んでいたので、「ミッちゃん、俺の隣に来な! 田崎さんの隣に座ったら、カズが妬くから。ね?」と俺が声をかけた。
すると、ミッちゃんもそれに「うん、わかったー!」と答えながら、田崎さんの向かいになる席へと移動した。田崎さんは少しだけ解せない顔をしたけれど、その後はたと気がついたようで、「和人、ごめんな。俺、また気が利かなかったな」と素直に反省してくれていた。
「田崎はそういうところがいいところだよねー。気はきかないけれど、指摘を受けるとすぐ反省するし、理解すれば再発させない」
蒼さんがそう言って、カズに微笑みかけていた。隣で翠さんも「そうだぞ。根に持つこともないし、ちゃんと言えよ。だってこいつの名前は、竜胆なんだからな」
「翠っ! もういいって、それ」
「えーなんですか、それ」
珍しく照れまくる田崎さんの反応が面白くて、鉄平と俺はそこを追求したくて仕方がなかった。それでも、田崎さんはガンとして口を割ろうとせず、カズはそれを聞いて真っ赤になっていた。
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