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heartbeat
3「揺れる」
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土曜日の夜。
この日のこの時間、この界隈でビッチとして有名になりつつあった俺は、この五年の間、一人で寂しく過ごすことなんてまず無かった。
いつも誰かが俺を誘おうと躍起になっていて、俺はそれを眺めながらタバコを吸い、その戦いの勝者と楽しい夜を過ごすようにしていた。
それがここへきて突然全部無くなってしまった。
セフレ全員に振られたため、予定が全くない状態になった。突然出来た五年ぶりの空白の時間は、俺に忘れていた孤独を思い出させていく。
小さい頃から成績が良く、顔立ちが女の子に好かれるタイプだった俺は、いわゆる人気者だった。親はいつも俺を自慢して歩き、俺は膨らんでいく期待に応え続けた。
わかりやすい上昇志向の塊だった母親のために、大学も医学部を選び、今はもう五年目を終えようとしている。あと一年在学した後は、国家試験をパスしさえすれば、晴れて彼女の望みを果たせるはずだった。
『渚、久しぶり。ねえ、デートしようよ』
たまたま会いにきてくれていた母と夕飯を食べていた時に、バイトでウェイターをしていたセフレに出会ってしまった。俺は外面にこだわる母の目の前で、ゲイであることをバラされてしまった。
『ちょっと具合が悪くなったらから、先に帰るわね』
そう言って置き去りにされて以来、親には会っていない。それがちょうど一年前のことだった。
あの時どうすれば良かったのか、それは今でも分からない。ただ、目の前の母が酷く青ざめていき、化け物を見るような目で俺を見ていたことだけが忘れられずにいる。
そして、地元では俺が親に見捨てられたという噂が回っているらしいと友達から聞かされた。その時、その友達からも縁を切られた。
「ただ同性愛者ってだけで、そこまでするんだな……」
それからはひたすらに勉強した。親は大学を辞めろとは言わなかったから、医者になって恩返しをすることだけを考えた。学費も出してくれていたから、とにかく必死に勉強することにした。
実習で得た経験値を深めるために、昼夜問わずに図書館に入り浸った。知り得るだけの知識を得て、教授に会えば質問攻めにするほどに勉強した。
——せめて医者になるっていう期待には応えてあげたい。
その想いだけを支えに頑張っていた。
そしてその図書館からの帰り道に、気になって入ったのがこのバー「act」。ママのレイさんがかける言葉は、一見辛辣なようでいて、いつも客の孤独を埋めるような温かみに満ちている。
今やここは、俺にとって実家のようなものになっている。他の誰にも見せられない弱みを、レイさんにならさらけ出せるからだ。それを柔らかく包んでくれるのに、俺には何も要求してこない。安心出来る居場所だ。
「いらっしゃーい……って、あんた今日休みでしょ? そっちから来たって事は待ち合わせ?」
「ううん、ただのひとりぼっち。久々にしんどいから、しばらくいさせて」
ママはピンク色のロングヘアを揺らしながら、「あっそ。じゃあここで大人しくしてなさいよ」と言って、コースターをカウンターの端に置く。そして、何も言って無いのに、ビールとミックスナッツを出してくれた。
「なんか食べる? どうせ何も食べてないんでしょ? 早木さんがラップサンドの差し入れくれたんだけど、あんたも食べない?」
「……食べたい。ありがと」
昨日は動画を見て紛らわした寂しさが、だんだん自分はやっぱり一人なんだと突きつけてくるようで耐えられ無くなっていた。できれば誰かと肌を合わせて、その温もりに包まれたい。でも、今の俺にはその相手を探す気力が残っていなかった。
「疲れてるわねー。やっぱりポリクリって大変なの? ここなんでか医学部の子がよく来るんだけど、五年生からの実習ってかなり体力的に負担になるらしいわね」
「うん、疲れる。人と関わりながらってのがね、分かっててもやっぱり大変なんだよ。科が変わるたびに勝手が変わるから、俺はそれに慣れるのが大変かな」
グラスを傾けビールを飲み込む。ふうと重苦しい空気を吐き出すと、「まあ、頑張れとしか言えないけど。愚痴なら客として来た時にはいくらでも聞いてあげるわよ。仕事の時はダメだからね」とレイさんに言われる。
「分かった」
ダメよと言ったレイさんの顔がふざけて面白くて、思わず大きな声で笑ってしまった。
「なーによー。人の顔を見て笑ってんじゃないわよ、失礼ねえ」
「嫌なら笑かすなよ」
一回生の時から色んなバーに飲みに行ってはいた。高校生の時から、自分が女性と恋愛ができないことには気がついていたから、大学に入ってからはゲイバーに通って、恋人を探そうって決めてたから。
そして、ここ「act」に流れ着いてからは、ずっとここに通っている。そのうちに男を漁ってビッチのフリをするようになって行った。
レイさんも、変わっていく俺を止めようとはしなかった。卒業して医者になるっていう決意だけは堅かったし、ちゃんと後腐れない相手を選んでることがわかってたからだって言われた。
そりゃあ後腐れないよな。だって俺が騙されてたんだもん。いいように利用されてたのはこっちだったっていう、actの常連の間で酒の肴にされるような「バカにも程があるだろ」っていうよくある話が一つ増えただけだ。
この日のこの時間、この界隈でビッチとして有名になりつつあった俺は、この五年の間、一人で寂しく過ごすことなんてまず無かった。
いつも誰かが俺を誘おうと躍起になっていて、俺はそれを眺めながらタバコを吸い、その戦いの勝者と楽しい夜を過ごすようにしていた。
それがここへきて突然全部無くなってしまった。
セフレ全員に振られたため、予定が全くない状態になった。突然出来た五年ぶりの空白の時間は、俺に忘れていた孤独を思い出させていく。
小さい頃から成績が良く、顔立ちが女の子に好かれるタイプだった俺は、いわゆる人気者だった。親はいつも俺を自慢して歩き、俺は膨らんでいく期待に応え続けた。
わかりやすい上昇志向の塊だった母親のために、大学も医学部を選び、今はもう五年目を終えようとしている。あと一年在学した後は、国家試験をパスしさえすれば、晴れて彼女の望みを果たせるはずだった。
『渚、久しぶり。ねえ、デートしようよ』
たまたま会いにきてくれていた母と夕飯を食べていた時に、バイトでウェイターをしていたセフレに出会ってしまった。俺は外面にこだわる母の目の前で、ゲイであることをバラされてしまった。
『ちょっと具合が悪くなったらから、先に帰るわね』
そう言って置き去りにされて以来、親には会っていない。それがちょうど一年前のことだった。
あの時どうすれば良かったのか、それは今でも分からない。ただ、目の前の母が酷く青ざめていき、化け物を見るような目で俺を見ていたことだけが忘れられずにいる。
そして、地元では俺が親に見捨てられたという噂が回っているらしいと友達から聞かされた。その時、その友達からも縁を切られた。
「ただ同性愛者ってだけで、そこまでするんだな……」
それからはひたすらに勉強した。親は大学を辞めろとは言わなかったから、医者になって恩返しをすることだけを考えた。学費も出してくれていたから、とにかく必死に勉強することにした。
実習で得た経験値を深めるために、昼夜問わずに図書館に入り浸った。知り得るだけの知識を得て、教授に会えば質問攻めにするほどに勉強した。
——せめて医者になるっていう期待には応えてあげたい。
その想いだけを支えに頑張っていた。
そしてその図書館からの帰り道に、気になって入ったのがこのバー「act」。ママのレイさんがかける言葉は、一見辛辣なようでいて、いつも客の孤独を埋めるような温かみに満ちている。
今やここは、俺にとって実家のようなものになっている。他の誰にも見せられない弱みを、レイさんにならさらけ出せるからだ。それを柔らかく包んでくれるのに、俺には何も要求してこない。安心出来る居場所だ。
「いらっしゃーい……って、あんた今日休みでしょ? そっちから来たって事は待ち合わせ?」
「ううん、ただのひとりぼっち。久々にしんどいから、しばらくいさせて」
ママはピンク色のロングヘアを揺らしながら、「あっそ。じゃあここで大人しくしてなさいよ」と言って、コースターをカウンターの端に置く。そして、何も言って無いのに、ビールとミックスナッツを出してくれた。
「なんか食べる? どうせ何も食べてないんでしょ? 早木さんがラップサンドの差し入れくれたんだけど、あんたも食べない?」
「……食べたい。ありがと」
昨日は動画を見て紛らわした寂しさが、だんだん自分はやっぱり一人なんだと突きつけてくるようで耐えられ無くなっていた。できれば誰かと肌を合わせて、その温もりに包まれたい。でも、今の俺にはその相手を探す気力が残っていなかった。
「疲れてるわねー。やっぱりポリクリって大変なの? ここなんでか医学部の子がよく来るんだけど、五年生からの実習ってかなり体力的に負担になるらしいわね」
「うん、疲れる。人と関わりながらってのがね、分かっててもやっぱり大変なんだよ。科が変わるたびに勝手が変わるから、俺はそれに慣れるのが大変かな」
グラスを傾けビールを飲み込む。ふうと重苦しい空気を吐き出すと、「まあ、頑張れとしか言えないけど。愚痴なら客として来た時にはいくらでも聞いてあげるわよ。仕事の時はダメだからね」とレイさんに言われる。
「分かった」
ダメよと言ったレイさんの顔がふざけて面白くて、思わず大きな声で笑ってしまった。
「なーによー。人の顔を見て笑ってんじゃないわよ、失礼ねえ」
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そして、ここ「act」に流れ着いてからは、ずっとここに通っている。そのうちに男を漁ってビッチのフリをするようになって行った。
レイさんも、変わっていく俺を止めようとはしなかった。卒業して医者になるっていう決意だけは堅かったし、ちゃんと後腐れない相手を選んでることがわかってたからだって言われた。
そりゃあ後腐れないよな。だって俺が騙されてたんだもん。いいように利用されてたのはこっちだったっていう、actの常連の間で酒の肴にされるような「バカにも程があるだろ」っていうよくある話が一つ増えただけだ。
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