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海賊たちの日々
8話:フロントライン(ウメちゃんの場合)
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コンビニの雑誌コーナーで雑誌を取る。両手で開いてみようとするが開かない。立ち読みを防止するためのテープが阻んでいるのだ。ウメちゃんは最初、テープが何かの手違いで貼られてるのではないかと疑って他の雑誌も手に取った。他にも同様のテープがあるのを見て落胆してしまい、ウメちゃんは大きく肩を落とした。
ウメちゃんが子供の時にはよく妹と一緒にコンビニで立ち読みをしたものだ。妹は女の子向けの可愛らしい漫画雑誌を好んでいたけど、ウメちゃんは少年誌が好きだった。中では超能力を持った男たちが暴れていて、とにかくそれが痛快だった。
今となっては、その夢の世界を少し覗いていくこともできない。
一方で新聞は剝き出しのまま棚に挿されているから手に取らなくても一面の内容は目に入ってくる。
「海賊はどこへ消えたのか」
「被害総額約1億!」
「日本の海の治安はどうなってるのか」
どれも同じ事件のことを書き立てていた。くすっと笑ってしまう。どれも強い口調を使って書いておきながら真相に迫っているものはない。
海賊なんてのは、しょせん「ごっこ遊び」でしかない。
海賊ごっこ。
ウメちゃんたちの本業はマネーロンダリングなのだ。御要人方が抱えてしまった処理に困る金、税金が大きくかかってくる大金、収賄なんかの法律に引っかかってしまう金、そういうお金をご要望通りの綺麗なお金に変えてあげる。金持ちが更に金を持つためのご案内をして差し上げる。そういう、欲の行きつく先にウメちゃんたちがいる。
やっていることは格好良さげだが実際のところは地道な作業だ。大量のペーパーカンパニーを用意しなきゃいけないし、あらゆる国にあらゆる種類の銀行口座、単純に膨大な人手、こういうものが揃ってようやく洗浄の工程ができあがる。
口座から口座に金を移していけば良いというわけでもない。ほとんどの金融取引は労力をかければ後追いができてしまう。あらゆる履歴を調査し、怪しい情報と関連づくものを調べていけば自ずと全体像が見えてくる。単純な買い物であっても、クレジットカードの使用履歴や店の防犯カメラといった流れを経るだけで誰が買い物したかがわかる。盗んだクレジットカードで買い物しちゃいけないよ。君たち。
「つまりはさ資金の流れを警察から隠すのに大事なのは2つなわけなんだよ。
『自然に動くこと』と『捜させないこと』
これを守り続けることが私たちの仕事なわけだよジェームス。ええ? 捜させないことなんかできるのかって? たしかにそこは肝だね。一般人が簡単にこの仕事をできない理由もそこにあるよねえ」
ジェームスは揺れる。
「でもさ、単純な話でさ。捜されたら困るのは私たちだけじゃない、お客様もなんだよねえ。お客様。大切なお客様。お金持ちのお客様。権力者のお客様。そういうお客様たちも資金の流れが暴かれるのを恐れてるわけ。そりゃあ、怖いだろうねえ」
ジェームスはまだ揺れている。
「だから捜す側の人間をお客様にした。彼は4人目のお客様だった。彼は色んなお客様も紹介してくれたし本当に助かってる。衆議院議長までお客様になってくれたんだもん。彼らが大切にしてる資金を管理している我々のことを捜させるわけはない。人の縁って大切だねえ」
ジェームスの揺れがいい加減に鬱陶しくなってきた。ウメちゃんはジェームスと名付けたフラワーロックを床に投げた。
だけど、だけどここがゴールじゃない。マネーロンダリングで手数料を貰うビジネスはすでに成就してる。だけれども、こんなことをしたかったんじゃない。
ウメちゃんは広い部屋を見渡した。
テナントが入らなくなったお化けビル。衰退の一途にある地方駅の廃れたビルに興味を持つ業者はいない。最後に入っていたおもちゃ屋の残骸すらそのままになっている有様だ。壁が無い開放されたフロアには、ところどころ照明用のコードがだらしなくぶら下がっていた。
買い上げておきながら、改めて凄い場所だと思っていた。お化け屋敷にはうってつけだ。映画のソナチネで沖縄の事務所に案内された時の武の表情をしてしまう。
「ウメちゃんさーん、居ますかあ」
下のフロアの方から木村の声が聞こえてくる。階段を反射しながら届く声は怯えているみたいな響きがあった。
「居るよお。持ってきてくれたかあい」
「重いっすよコレ」
「はーやーく」
ボストンバッグがドサッと床に置かれる。ジッパーを引くと中からは大量の銃器が覗いている。
「ここが新しい拠点なんすね」
新しい拠点なんす、心の中で返事をする。
ウメちゃんは目の当たりにしてきた。
社会を作り上げるシステムや尊いとされる宗教体系が如何に嘘に塗れているのかを。一部の人たちが上手に積み木を組み立てた。上位の人間をギリギリで支える歪な積み木。歪じゃないほうが良さそうだけど、ギリギリで成り立ってるってのが良い塩梅なわけだ。下の人間がちょっと騒ごうものなら全て崩れる。平穏もなにも無くなって混沌に帰る。そうなるぐらいなら皆んな大人しくするさ。なんだかんだで争いのない毎日はかけがえのないものだ。
だから、思い出させてあげよう。
偽りの安寧。それに胡座をかいた不安定な日常の如何に脆いことか。全員にだ。金持ちどもだけじゃない。全員にそれを自覚させてやる。如何に歪な中を平気な顔をして生きていたのか。海賊ごっこなんてただの入り口だ。先は長いようで短い。もうしばらくの話だ。
ウメちゃんはバッグから拳銃を取り出して床に落ちたフラワーロックに狙いを定めて、引き金を引く。
「ちょっとお、不発弾じゃないのよお」
ウメちゃんが子供の時にはよく妹と一緒にコンビニで立ち読みをしたものだ。妹は女の子向けの可愛らしい漫画雑誌を好んでいたけど、ウメちゃんは少年誌が好きだった。中では超能力を持った男たちが暴れていて、とにかくそれが痛快だった。
今となっては、その夢の世界を少し覗いていくこともできない。
一方で新聞は剝き出しのまま棚に挿されているから手に取らなくても一面の内容は目に入ってくる。
「海賊はどこへ消えたのか」
「被害総額約1億!」
「日本の海の治安はどうなってるのか」
どれも同じ事件のことを書き立てていた。くすっと笑ってしまう。どれも強い口調を使って書いておきながら真相に迫っているものはない。
海賊なんてのは、しょせん「ごっこ遊び」でしかない。
海賊ごっこ。
ウメちゃんたちの本業はマネーロンダリングなのだ。御要人方が抱えてしまった処理に困る金、税金が大きくかかってくる大金、収賄なんかの法律に引っかかってしまう金、そういうお金をご要望通りの綺麗なお金に変えてあげる。金持ちが更に金を持つためのご案内をして差し上げる。そういう、欲の行きつく先にウメちゃんたちがいる。
やっていることは格好良さげだが実際のところは地道な作業だ。大量のペーパーカンパニーを用意しなきゃいけないし、あらゆる国にあらゆる種類の銀行口座、単純に膨大な人手、こういうものが揃ってようやく洗浄の工程ができあがる。
口座から口座に金を移していけば良いというわけでもない。ほとんどの金融取引は労力をかければ後追いができてしまう。あらゆる履歴を調査し、怪しい情報と関連づくものを調べていけば自ずと全体像が見えてくる。単純な買い物であっても、クレジットカードの使用履歴や店の防犯カメラといった流れを経るだけで誰が買い物したかがわかる。盗んだクレジットカードで買い物しちゃいけないよ。君たち。
「つまりはさ資金の流れを警察から隠すのに大事なのは2つなわけなんだよ。
『自然に動くこと』と『捜させないこと』
これを守り続けることが私たちの仕事なわけだよジェームス。ええ? 捜させないことなんかできるのかって? たしかにそこは肝だね。一般人が簡単にこの仕事をできない理由もそこにあるよねえ」
ジェームスは揺れる。
「でもさ、単純な話でさ。捜されたら困るのは私たちだけじゃない、お客様もなんだよねえ。お客様。大切なお客様。お金持ちのお客様。権力者のお客様。そういうお客様たちも資金の流れが暴かれるのを恐れてるわけ。そりゃあ、怖いだろうねえ」
ジェームスはまだ揺れている。
「だから捜す側の人間をお客様にした。彼は4人目のお客様だった。彼は色んなお客様も紹介してくれたし本当に助かってる。衆議院議長までお客様になってくれたんだもん。彼らが大切にしてる資金を管理している我々のことを捜させるわけはない。人の縁って大切だねえ」
ジェームスの揺れがいい加減に鬱陶しくなってきた。ウメちゃんはジェームスと名付けたフラワーロックを床に投げた。
だけど、だけどここがゴールじゃない。マネーロンダリングで手数料を貰うビジネスはすでに成就してる。だけれども、こんなことをしたかったんじゃない。
ウメちゃんは広い部屋を見渡した。
テナントが入らなくなったお化けビル。衰退の一途にある地方駅の廃れたビルに興味を持つ業者はいない。最後に入っていたおもちゃ屋の残骸すらそのままになっている有様だ。壁が無い開放されたフロアには、ところどころ照明用のコードがだらしなくぶら下がっていた。
買い上げておきながら、改めて凄い場所だと思っていた。お化け屋敷にはうってつけだ。映画のソナチネで沖縄の事務所に案内された時の武の表情をしてしまう。
「ウメちゃんさーん、居ますかあ」
下のフロアの方から木村の声が聞こえてくる。階段を反射しながら届く声は怯えているみたいな響きがあった。
「居るよお。持ってきてくれたかあい」
「重いっすよコレ」
「はーやーく」
ボストンバッグがドサッと床に置かれる。ジッパーを引くと中からは大量の銃器が覗いている。
「ここが新しい拠点なんすね」
新しい拠点なんす、心の中で返事をする。
ウメちゃんは目の当たりにしてきた。
社会を作り上げるシステムや尊いとされる宗教体系が如何に嘘に塗れているのかを。一部の人たちが上手に積み木を組み立てた。上位の人間をギリギリで支える歪な積み木。歪じゃないほうが良さそうだけど、ギリギリで成り立ってるってのが良い塩梅なわけだ。下の人間がちょっと騒ごうものなら全て崩れる。平穏もなにも無くなって混沌に帰る。そうなるぐらいなら皆んな大人しくするさ。なんだかんだで争いのない毎日はかけがえのないものだ。
だから、思い出させてあげよう。
偽りの安寧。それに胡座をかいた不安定な日常の如何に脆いことか。全員にだ。金持ちどもだけじゃない。全員にそれを自覚させてやる。如何に歪な中を平気な顔をして生きていたのか。海賊ごっこなんてただの入り口だ。先は長いようで短い。もうしばらくの話だ。
ウメちゃんはバッグから拳銃を取り出して床に落ちたフラワーロックに狙いを定めて、引き金を引く。
「ちょっとお、不発弾じゃないのよお」
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