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22才
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22才ってなんかガチだよな。
2限の授業終わり、いつものように学食でランチを食べているときにふと誰かがそう言った。
「ガチってどういうこと?」
いつも昼食を共にしている教育学部の4人グループのひとりである海斗が目を丸くしてそう問いかける。
ことの発端である発言をしたらしい春樹は口の左端をくいっと上げて
「なんかいよいよマジで大人になるって感じじゃない?22才って。最近、彼女が結婚のことばっか話して来てさ、なんか俺も焦っちゃうんだよな。」
と意味ありげな低い声色でそう言った。
「確かに!大学も卒業だしな。あー、働きたくねぇ。」
海斗はそういうと食べていたラーメンを箸でくるくるとかき回しながら、ため息混じりにそう呟いた。
「まあ、俺らは教育学部だしだいたい先生か公務員だろ。そういや、瞬。お前は結局どうするんだ?」
「えっ?」
悠太の問いかけのせいで、突然自分に向けられた目線に身がきゅっと固くなる。
急にカチャカチャとスプーンと皿がぶつかり合う音が妙に耳に残った。
「えっと、俺は…。」
「そっか、お前教員試験落ちてたもんな。体調不良で。」
「全く酷いよなぁ。お前がこの中で一番頭よくて真面目なのに。」
これから口に出す苦々しい現実を際立たせるかのように級友たちは気の毒そうにそう言い立てた。
じんわりとしたやるせなさが眼窩から漏れ出すように目がずきずきと痛む。
「俺は…、一旦実家に帰ろうかなと思っててさ。」
かすれた声をごまかすようにほとんど残ってない水をくいっと大袈裟な素振りで飲み干した。
「まじかよ、じゃあ来年受験するってこと?」
「まぁね、そういうこと。」
「ま、教員試験で浪人なんてざらにあるし全然大丈夫っしょ。特に国語はムズいらしいからしゃあないな。」
「うん、またがんばるわ」
「応援してるからな~。受かったらまた飲み行こーぜ」
一年浪人という冷え固まった重苦しい事実が同じ志を持った仲間たちのお陰で徐々に溶けていくのを感じながらテーブルが日の光に照らされている様子をぼんやりと眺める。
「げ、もうそろそろ授業やん。ほら瞬、もう行くぞ。じゃあな。」
同じ国語科の悠太はスマホを見ながら慌ててそういうと科目の違う二人を置いて食器をてきぱきと片付け、トレーを乱雑に返却口のレーンに放り込んだ。
「げ、あと3分じゃん。」
俺も慌てて食器を片付け、悠太の後を追う。
週に3回は食べてる大学特製のカレーが右横腹に詰まっているような感触がした。
「さっきの話、本当なのかよ」
授業中、悠太は声を潜めてそう問いかけた。
「そう。浪人するってとこはね。」
「じゃあやっぱり家には帰らないってこと?」
「うん」
その一言を聞くと、悠太は浅くため息をついた。
「まあ、やっぱりそうだよな。でも…、」
悠太のなにか言いたげな視線が首もとにうねうねと絡みつくのを振り払うように、
「バイトしながらでも全然大丈夫だろ。今度激安アパート探すよ。」
と喉を振り絞るようにできるだけトーンの高い声を出す。
両親に縁を切ると言い渡されたのはちょうど今から3ヶ月前くらいのことだった。
きっかけは元カレが実家に投函した手紙だった。
昔ケンカ別れしてそのあと一度も連絡を取っていなかったあいつが、ある日突然俺との"そういう"ことをしている写真と酷く歪曲された喧嘩の内容を書き連ねた手紙を送ったらしい。実家の場所なんて県の名前をちらりといったくらいで具体的な場所の話なんて一言もしたことはなかったけど履歴書かなんかを見たんだろう。
そんなこんなで昔気質の父は激怒し、いつも怯えたような顔をしていた母は、この手紙がここに届く前に誰かに盗み見られたのではないかとありもしない妄想にいまも怯えている、らしい。
結局あのド田舎で同性愛の息子がいるということがバレることを恐れた両親は、18才まで連れ添ってきた我が子をあっさりと捨ててしまった。
就職は地元しか認めないなんて言ってたくせに、こんな出来事でさっさと一人息子を見限ってしまえる両親の勢いのよさには苦笑してしまう。
「でもさ、よかったじゃん。来年好きな場所の採用試験受けれるしさ。お前自分の地元嫌いなんだろ?」
「それな、もっと都会に住みたいわ。東京とか」
「お前が満員電車に乗ってるの想像つかねぇな。気ぃ使って出れなさそう。」
「はは、それは言い過ぎ。でも大変そうだよな。東京って」
「まあ、俺の兄ちゃんもなんとかやってるみたいだし、いけばなんとかなるんじゃね?」
そう言うと、悠太は喉の奥が限界まで開いたようなあくびをした。
「そういえば、結局悠太はどこに行くん?」
「俺は実家の方に戻るよ。別にどこかに行きたいって訳でも、地元が嫌いって訳でもないしね。」
「うわ、今どきの若者って感じ」
悠太だけじゃない。海斗も春樹も、他の友達も結局地元に就職が決まっていた。
上京して起業するなんて壮大な夢を語っていた奴も今は校内の公務員講座に通ってるらしい。
大学の四年間で馬鹿げた夢を語りながら慣れない酒に顔をしかめていた僕たちもあるべき姿に収束していくように実現可能そうな進路をさも昔からの夢みたいに語るようになっている。
「まあとにかく何かあったら言えよ。」
背中を軽く叩かれた拍子に右手に持っていたボールペンが机上にころころと転がる。
「うん、ありがと」
背中がじんじんと熱を帯びる。
励ましと優越がまざりあって身体中に溶けていく。
2限の授業終わり、いつものように学食でランチを食べているときにふと誰かがそう言った。
「ガチってどういうこと?」
いつも昼食を共にしている教育学部の4人グループのひとりである海斗が目を丸くしてそう問いかける。
ことの発端である発言をしたらしい春樹は口の左端をくいっと上げて
「なんかいよいよマジで大人になるって感じじゃない?22才って。最近、彼女が結婚のことばっか話して来てさ、なんか俺も焦っちゃうんだよな。」
と意味ありげな低い声色でそう言った。
「確かに!大学も卒業だしな。あー、働きたくねぇ。」
海斗はそういうと食べていたラーメンを箸でくるくるとかき回しながら、ため息混じりにそう呟いた。
「まあ、俺らは教育学部だしだいたい先生か公務員だろ。そういや、瞬。お前は結局どうするんだ?」
「えっ?」
悠太の問いかけのせいで、突然自分に向けられた目線に身がきゅっと固くなる。
急にカチャカチャとスプーンと皿がぶつかり合う音が妙に耳に残った。
「えっと、俺は…。」
「そっか、お前教員試験落ちてたもんな。体調不良で。」
「全く酷いよなぁ。お前がこの中で一番頭よくて真面目なのに。」
これから口に出す苦々しい現実を際立たせるかのように級友たちは気の毒そうにそう言い立てた。
じんわりとしたやるせなさが眼窩から漏れ出すように目がずきずきと痛む。
「俺は…、一旦実家に帰ろうかなと思っててさ。」
かすれた声をごまかすようにほとんど残ってない水をくいっと大袈裟な素振りで飲み干した。
「まじかよ、じゃあ来年受験するってこと?」
「まぁね、そういうこと。」
「ま、教員試験で浪人なんてざらにあるし全然大丈夫っしょ。特に国語はムズいらしいからしゃあないな。」
「うん、またがんばるわ」
「応援してるからな~。受かったらまた飲み行こーぜ」
一年浪人という冷え固まった重苦しい事実が同じ志を持った仲間たちのお陰で徐々に溶けていくのを感じながらテーブルが日の光に照らされている様子をぼんやりと眺める。
「げ、もうそろそろ授業やん。ほら瞬、もう行くぞ。じゃあな。」
同じ国語科の悠太はスマホを見ながら慌ててそういうと科目の違う二人を置いて食器をてきぱきと片付け、トレーを乱雑に返却口のレーンに放り込んだ。
「げ、あと3分じゃん。」
俺も慌てて食器を片付け、悠太の後を追う。
週に3回は食べてる大学特製のカレーが右横腹に詰まっているような感触がした。
「さっきの話、本当なのかよ」
授業中、悠太は声を潜めてそう問いかけた。
「そう。浪人するってとこはね。」
「じゃあやっぱり家には帰らないってこと?」
「うん」
その一言を聞くと、悠太は浅くため息をついた。
「まあ、やっぱりそうだよな。でも…、」
悠太のなにか言いたげな視線が首もとにうねうねと絡みつくのを振り払うように、
「バイトしながらでも全然大丈夫だろ。今度激安アパート探すよ。」
と喉を振り絞るようにできるだけトーンの高い声を出す。
両親に縁を切ると言い渡されたのはちょうど今から3ヶ月前くらいのことだった。
きっかけは元カレが実家に投函した手紙だった。
昔ケンカ別れしてそのあと一度も連絡を取っていなかったあいつが、ある日突然俺との"そういう"ことをしている写真と酷く歪曲された喧嘩の内容を書き連ねた手紙を送ったらしい。実家の場所なんて県の名前をちらりといったくらいで具体的な場所の話なんて一言もしたことはなかったけど履歴書かなんかを見たんだろう。
そんなこんなで昔気質の父は激怒し、いつも怯えたような顔をしていた母は、この手紙がここに届く前に誰かに盗み見られたのではないかとありもしない妄想にいまも怯えている、らしい。
結局あのド田舎で同性愛の息子がいるということがバレることを恐れた両親は、18才まで連れ添ってきた我が子をあっさりと捨ててしまった。
就職は地元しか認めないなんて言ってたくせに、こんな出来事でさっさと一人息子を見限ってしまえる両親の勢いのよさには苦笑してしまう。
「でもさ、よかったじゃん。来年好きな場所の採用試験受けれるしさ。お前自分の地元嫌いなんだろ?」
「それな、もっと都会に住みたいわ。東京とか」
「お前が満員電車に乗ってるの想像つかねぇな。気ぃ使って出れなさそう。」
「はは、それは言い過ぎ。でも大変そうだよな。東京って」
「まあ、俺の兄ちゃんもなんとかやってるみたいだし、いけばなんとかなるんじゃね?」
そう言うと、悠太は喉の奥が限界まで開いたようなあくびをした。
「そういえば、結局悠太はどこに行くん?」
「俺は実家の方に戻るよ。別にどこかに行きたいって訳でも、地元が嫌いって訳でもないしね。」
「うわ、今どきの若者って感じ」
悠太だけじゃない。海斗も春樹も、他の友達も結局地元に就職が決まっていた。
上京して起業するなんて壮大な夢を語っていた奴も今は校内の公務員講座に通ってるらしい。
大学の四年間で馬鹿げた夢を語りながら慣れない酒に顔をしかめていた僕たちもあるべき姿に収束していくように実現可能そうな進路をさも昔からの夢みたいに語るようになっている。
「まあとにかく何かあったら言えよ。」
背中を軽く叩かれた拍子に右手に持っていたボールペンが机上にころころと転がる。
「うん、ありがと」
背中がじんじんと熱を帯びる。
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