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聖域でのんびり暮らしたい
37 姫巫女は涙する
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何で涙が出たんだろう。私は自然と溢れてしまった涙に疑問を覚える。
「えっ、ちょっとフレイア様!?」
私の涙にぎょっとして声を上げたのはアドラー様だ。
彼はあわあわと焦ったように扉の前で両手を振り回している。
「やめて下さいよ~。貴女を泣かしたとか、辺境伯に気づかれたら大変なんですけど! ねっ泣き止んで?」
子煩悩なお父様は私を泣かす相手にちょっと過激なお仕置きという 名の訓練をするんだけど、どうやらアドラー様もそのお仕置きを受けた人の一人らしい。
彼の奇妙な動きにくすりとして、私は泣き笑いの表情を浮かべながら言う。
「ご、ごめんなさ……何か、二人の顔見たらほっとして。聖域に帰って来れたんだぁって思って、ね」
思わず涙が出たのと私が言うと。
彼は何故か、今度は頬を赤く染めて。
そんな私とアドラー様を遮るよう、ごほんと咳払いが聞こえる。
「当たり前の事です、あんな事があったのだから涙ぐらい出ます。だから恥ずかしがる事はありません。フレイアは婚約者に裏切られたのだから。貴方はよく頑張っていました。苦手な社交も、王太子妃になる為の根回しも。貴方が王太子を盛り立てていたからこそ今まで彼の地位が盤石であったのに、そんな大事な人の事をあっさりと裏切った」
だから、泣いていいのだと。
まるで当たり前のようにフォルは言う。
そんな事を言われたものだから、ここ最近の我が身を振り返ってしまう。
王太子にヒロインを連れてこられ婚約破棄されたかと思えば、次には幼なじみ達……第三王子やその友人らが襲来したと思えば、公爵様まで現れて。
そうしたら今度はお見合い話が山ときて、お父様が激怒して。王家からは謝罪に荘園を頂いたでしょう。
それで、王都での事が片付いたから聖域で静かに暮らすべく旅に出たら、幼なじみ達が追いかけてきて……あらやだ本当に激動というか、短期間に色々あり過ぎだわ。
そして極め付けが、幼なじみ達がおかしな事を言うものだから。
『お前に剣を向けたの、後悔してる。やった事は取り消せないし、お前が俺を許す必要なんてない。でも何度でも言いたいんだ……あの時お前を怖がらせて、ごめんな』
私にいつか剣を向けた人が。
『僕らは間違えました。きっと今、貴女の側にある事すらも許されない事だ。でも……それでも、幼い頃見た貴女のあの可憐な笑顔を……いつか、僕に向けてくれないかと期待してしまうのです』
私を追い詰めるべく鋭い刃のような言葉を吐いた人が。
恐ろしいぐらいに優しく、私に。
あれはきっと勘違い。でなければ思い違い。
そう思いたい。
だって、あれだけ嫌われて、暴言を吐かれた人に好意を向けられるなんて……。
私たちはもう何年も没交渉だったのに、何で今更とも思う。
考えれば考えるほど、頭がぐるぐるして、涙が出て。
この時の私は、後になってよく考えると、短期間に色々な事があり過ぎてパニック状態に陥っていたらしい。
「フォル……そんなこと言ってはだめよ」
仮にも聖樹教のお偉いさんで、大司教で。友好国の王太子に対しそんな軽はずみなことを言っていい訳がないのに。
彼は本当に当然とばかりに、私を裏切った人の事を話す。
「いいえ。貴女は我慢し過ぎです。ここには貴女の味方しか居ないのだから、もっと感情的になってもいいのですよ。さっぱりと泣いてしまいなさい。それで終わりにするんです」
綺麗な顔に見合わぬ辛辣さで、細い眉を跳ね上げ遺憾の表情を浮かべながらそれはもうあっさりと言って。
「お、わり……?」
「そう。苦手な事なんてもうしなくていいのです。これからはずっと……」
「ずっと……?」
「私が貴女と一緒に居ます。だから、失った恋など忘れてしまいなさい」
そう言って、彼は両手を広げる。
子供の頃に返ったように私は彼の腕の中に飛び込んで、泣いた。
フォルの腕の中で泣くなんてどれくらい久しぶりだろう?
子供の頃は、お母様やお父様と引き離された事で幼児返りして泣いたりした夜もあったけど。
その度に、指導役のフォルが私をあやしてくれて……。
彼の匂いはとても落ち着く、ハーブと優しい緑の香り。
その腕の中では、私は姫巫女でも、辺境伯の娘でも、王太子妃候補の貴族令嬢でもなく、ただの子供としていつも泣いていた。
泣いて、いられた。
「ちょ、フォルセティ様、フレイア様、お二人ともっ……ああまずい、こんな事がバレたら本当にまずいんですけどねっ」
だから、アドラー様。今だけは見逃してね。ここだけが私が私でいられる場所だから。
ただのフレイアが縋り付ける唯一の場所で。
泣いて、泣いて、泣いて。
赤い髪を優しく梳くその暖かな手にも泣けてきて。
彼の優しい腕の中で、失った恋のことを考える。
……王太子に対する思いは何だったのだろうか?
初めは可愛い弟分。次には手の掛かる友人。
いつしかその思いは「これからも支えていきたい人」 に変わって……。
一生を過ごすパートナーだと思っていた。それは、きっと出会った時から変わりなく。
そうか。だとしたら確かに私……。
失恋、したんだわ。
その言葉が身のうちで生まれた時、心の中のもやもやが形を得て、また泣けてしまい。
涙が涸れるまで、フォルの優しい腕の中で涙を零し尽くし……。
泣き過ぎて頭が痛くなった頃、ようやく私は涙の泉を涸らす事が出来たのだった。
「えっ、ちょっとフレイア様!?」
私の涙にぎょっとして声を上げたのはアドラー様だ。
彼はあわあわと焦ったように扉の前で両手を振り回している。
「やめて下さいよ~。貴女を泣かしたとか、辺境伯に気づかれたら大変なんですけど! ねっ泣き止んで?」
子煩悩なお父様は私を泣かす相手にちょっと過激なお仕置きという 名の訓練をするんだけど、どうやらアドラー様もそのお仕置きを受けた人の一人らしい。
彼の奇妙な動きにくすりとして、私は泣き笑いの表情を浮かべながら言う。
「ご、ごめんなさ……何か、二人の顔見たらほっとして。聖域に帰って来れたんだぁって思って、ね」
思わず涙が出たのと私が言うと。
彼は何故か、今度は頬を赤く染めて。
そんな私とアドラー様を遮るよう、ごほんと咳払いが聞こえる。
「当たり前の事です、あんな事があったのだから涙ぐらい出ます。だから恥ずかしがる事はありません。フレイアは婚約者に裏切られたのだから。貴方はよく頑張っていました。苦手な社交も、王太子妃になる為の根回しも。貴方が王太子を盛り立てていたからこそ今まで彼の地位が盤石であったのに、そんな大事な人の事をあっさりと裏切った」
だから、泣いていいのだと。
まるで当たり前のようにフォルは言う。
そんな事を言われたものだから、ここ最近の我が身を振り返ってしまう。
王太子にヒロインを連れてこられ婚約破棄されたかと思えば、次には幼なじみ達……第三王子やその友人らが襲来したと思えば、公爵様まで現れて。
そうしたら今度はお見合い話が山ときて、お父様が激怒して。王家からは謝罪に荘園を頂いたでしょう。
それで、王都での事が片付いたから聖域で静かに暮らすべく旅に出たら、幼なじみ達が追いかけてきて……あらやだ本当に激動というか、短期間に色々あり過ぎだわ。
そして極め付けが、幼なじみ達がおかしな事を言うものだから。
『お前に剣を向けたの、後悔してる。やった事は取り消せないし、お前が俺を許す必要なんてない。でも何度でも言いたいんだ……あの時お前を怖がらせて、ごめんな』
私にいつか剣を向けた人が。
『僕らは間違えました。きっと今、貴女の側にある事すらも許されない事だ。でも……それでも、幼い頃見た貴女のあの可憐な笑顔を……いつか、僕に向けてくれないかと期待してしまうのです』
私を追い詰めるべく鋭い刃のような言葉を吐いた人が。
恐ろしいぐらいに優しく、私に。
あれはきっと勘違い。でなければ思い違い。
そう思いたい。
だって、あれだけ嫌われて、暴言を吐かれた人に好意を向けられるなんて……。
私たちはもう何年も没交渉だったのに、何で今更とも思う。
考えれば考えるほど、頭がぐるぐるして、涙が出て。
この時の私は、後になってよく考えると、短期間に色々な事があり過ぎてパニック状態に陥っていたらしい。
「フォル……そんなこと言ってはだめよ」
仮にも聖樹教のお偉いさんで、大司教で。友好国の王太子に対しそんな軽はずみなことを言っていい訳がないのに。
彼は本当に当然とばかりに、私を裏切った人の事を話す。
「いいえ。貴女は我慢し過ぎです。ここには貴女の味方しか居ないのだから、もっと感情的になってもいいのですよ。さっぱりと泣いてしまいなさい。それで終わりにするんです」
綺麗な顔に見合わぬ辛辣さで、細い眉を跳ね上げ遺憾の表情を浮かべながらそれはもうあっさりと言って。
「お、わり……?」
「そう。苦手な事なんてもうしなくていいのです。これからはずっと……」
「ずっと……?」
「私が貴女と一緒に居ます。だから、失った恋など忘れてしまいなさい」
そう言って、彼は両手を広げる。
子供の頃に返ったように私は彼の腕の中に飛び込んで、泣いた。
フォルの腕の中で泣くなんてどれくらい久しぶりだろう?
子供の頃は、お母様やお父様と引き離された事で幼児返りして泣いたりした夜もあったけど。
その度に、指導役のフォルが私をあやしてくれて……。
彼の匂いはとても落ち着く、ハーブと優しい緑の香り。
その腕の中では、私は姫巫女でも、辺境伯の娘でも、王太子妃候補の貴族令嬢でもなく、ただの子供としていつも泣いていた。
泣いて、いられた。
「ちょ、フォルセティ様、フレイア様、お二人ともっ……ああまずい、こんな事がバレたら本当にまずいんですけどねっ」
だから、アドラー様。今だけは見逃してね。ここだけが私が私でいられる場所だから。
ただのフレイアが縋り付ける唯一の場所で。
泣いて、泣いて、泣いて。
赤い髪を優しく梳くその暖かな手にも泣けてきて。
彼の優しい腕の中で、失った恋のことを考える。
……王太子に対する思いは何だったのだろうか?
初めは可愛い弟分。次には手の掛かる友人。
いつしかその思いは「これからも支えていきたい人」 に変わって……。
一生を過ごすパートナーだと思っていた。それは、きっと出会った時から変わりなく。
そうか。だとしたら確かに私……。
失恋、したんだわ。
その言葉が身のうちで生まれた時、心の中のもやもやが形を得て、また泣けてしまい。
涙が涸れるまで、フォルの優しい腕の中で涙を零し尽くし……。
泣き過ぎて頭が痛くなった頃、ようやく私は涙の泉を涸らす事が出来たのだった。
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