上 下
38 / 45
聖域でのんびり暮らしたい

36 姫巫女は恩師と再会する

しおりを挟む
(ただいま帰りました、お母様)

 私は教会の扉から入って、礼拝堂でお祈りをする。
 手を組み瞳を瞑れば、瞼の裏に浮かぶのは、大きな大きな……天を衝くような大樹の姿。

 この大木が寄り集まり出来た教会の内部は、驚く程に広い。
 生きた樹が本体のこの礼拝堂は基本的には自然な姿を大事にしているけれど、聖地ということもあって、お堂の内部は祭壇やタペストリーなどが飾られ見栄えよく整えられている。
 特に、交差する木の隙間を塞ぐように作られた窓のステンドグラスのは見事で、世界樹とその庇にくつろぐ動物や信仰者らがモザイク調に描かれたそれは、何度見上げても感動するものだ。

 私は急ぎ足で裏口へと進む。
 関係者以外立ち入り禁止なこの場所で、私が小姓姿でうろついても誰も注意しない。
 神官や巫女に目があっても会釈されるだけで見逃されたり。
 もう何年も、こうして一人で平凡なお小姓姿の変装で帰ってくるんだからまあそうなるわよね。
 辺境伯令嬢としては褒められた事でないと分かってはいるんだけど、魔物馬で単騎駆けが一番早いのだからしょうがないと思うの。
 王都から早馬並に急いでも何日も掛かる行程。
 そこを、護衛を何人も付け、身の回りの世話をする侍女を連れ……となると襲いことこの上ない。ただですら家の事情や婚約関係で聖域を離れて迷惑掛けているのに、悠長に馬車で帰るとか、私には我慢ならなくてね。
 お父様の単騎駆けを何事かと怒った癖にそれこそ何様って話ですけど、私の可愛い愛馬の足についていける者なんてそうそうないし、チート魔力でシールド張ればほぼ怖い者なしなんですもの。

 それはどうでもいいとして。
 こっそりと巫女の寮の自室へ戻ってさっさと旅装を解き巫女の服を着ると、姫巫女フレイアの姿を取り戻す訳だけれど。

「あら……姫巫女様、お帰りですか」
 廊下を歩いていると、年若い巫女に軽く会釈を受ける。
「ええ。今回は用事が早くに終わってね」
 まさか、肝心の用事である王家との婚姻予定が崩れただなんて事は言えないし、私は無難に取り繕った笑顔で返すが、彼女はほっとしたように息を吐いて気になる事を言った。

「そうですの。良かったですわ。ここのところ情勢が不安定で、姫巫女様が出払っておりましたから」

「まあ、そうなのですか……。それは不安ですね」
 思わず眉根を顰める。
 情勢が不安定、ってことは、またどこかでヴィランが暴れ回っているのかしら?
 まあ、今の話を聞いてようやく納得したけど。

 出ずっぱりな先輩がこの辺りにいた理由はそういうことかと、私は背の高い黒髪の巫女の姿を思い出す。
 私の他にも姫巫女と言われる人は何人か居るけれど、腕っ節も強い彼女はいつも一人聖域から遠く離れて、この大陸中を放浪している。
 ……思えば彼女の指導は、実践中心だったわよねぇ。お陰様で回復魔法やシールド展開に関しては迷いなく動けるようになったけれど。
 そんな彼女がこんなに近くをうろついていたのだから、何もない訳はないか。
 そうね……例えば、ヴィランの大物が動いているのをかぎつけた、とか?
 だとしたら凄い嗅覚だ。
 国内で動くヴィランは悪賢いタイプが多いから、問題が表面に出てこないとなかなか分からない事が多いのよね……。
 うーん、情勢の悪化、か。私も平和な王都に居て勘が鈍っていたのかしら。
 後でフォルにでも聞いておかないと。


 なんて話をしてたら、ちょっと遅くなっちゃった。
 情報をくれた巫女に感謝を告げ、早番で帰ってきた巫女らと挨拶を交わしながら玄関まで戻ると、神官達がお勤めする区画へ足早に急ぎ、私は通い慣れた親友兼魔法の師匠のフォルセティの執務室へと向かう。

 考えてみれば大司教にアポなし突入って普通はまずいのかしら。先触れとか必要? まあ、いいか。考えてみれば私もお偉い巫女様ですしね。
 重厚な一枚板の扉をノックすれば、補佐役である顔見知りの青年神官が顔を出す。
 
「……何方かと思えば、姫巫女フレイア様ですか。麗しき姿を拝見でき光栄です」
 にこりと笑った彼は、大司教たるフォセルティの右腕ともされる方。おっとりとした垂れ目優しそうな方で、若々しく見えるけれど、とってもやり手な神官様だ。
「いやだわその言い方。いつものようになさって、神官アドラー」
「まあまあ、久しぶりですからご挨拶ぐらいさせて下さいよ……っと、フォルセティ様がお待ちですのでお入り下さい」


 彼がさっと退くと、そこには半年ぶりに見る我が師の姿があった。
 ……完璧に整った顔立ちは穏やかないつも通り慈愛の表情を浮かべていた。
 その姿は、初めて会った十歳の頃から変わりない。
 きらきら輝く長い髪には亜人種の印である尖り耳を隠し、細くは見えるがしっかりと引き締まった身体を禁欲的なカソックの下にしまい込む。
 彼は常若にして、数百年の時を大樹と共に過ごすエルフだ。その種族性ゆえに衰える事なく、いつ見ても美麗過ぎる要望を持った青年がそこにいる。

 私は一歩執務室の中に入ると、そこでうやうやしく身を屈め、まず形通りの報告をする。
「わが師にして大司教猊下、フォルセティ師にご報告致します。王都での務めを果たし、姫巫女フレイア、只今帰還致しました」
「姫巫女フレイアの報告を大司教フォルセティが確認した。ご苦労」
 固い声で応えたフォルセティに、私が礼を取ったままでいると、楽にしなさいと優しい声が掛かる。

 顔を上げれば、いつも通り優しい顔をした彼がいて。
「……お帰りフレイア。随分と大変でしたね。此処には貴女を悩ますものはありません。どうぞゆっくり休んで下さいね」

 そんな風に、優しく労られるとどうにも泣きたくなるからやめて欲しいのに。

 私は思わずぽろりと、涙を零した。

しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】思い込みの激しい方ですね

仲村 嘉高
恋愛
私の婚約者は、なぜか私を「貧乏人」と言います。 私は子爵家で、彼は伯爵家なので、爵位は彼の家の方が上ですが、商売だけに限れば、彼の家はうちの子会社的取引相手です。 家の方針で清廉な生活を心掛けているからでしょうか? タウンハウスが小さいからでしょうか? うちの領地のカントリーハウスを、彼は見た事ありません。 それどころか、「田舎なんて行ってもつまらない」と領地に来た事もありません。 この方、大丈夫なのでしょうか? ※HOT最高4位!ありがとうございます!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

処理中です...