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聖域でのんびり暮らしたい
36 姫巫女は恩師と再会する
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(ただいま帰りました、お母様)
私は教会の扉から入って、礼拝堂でお祈りをする。
手を組み瞳を瞑れば、瞼の裏に浮かぶのは、大きな大きな……天を衝くような大樹の姿。
この大木が寄り集まり出来た教会の内部は、驚く程に広い。
生きた樹が本体のこの礼拝堂は基本的には自然な姿を大事にしているけれど、聖地ということもあって、お堂の内部は祭壇やタペストリーなどが飾られ見栄えよく整えられている。
特に、交差する木の隙間を塞ぐように作られた窓のステンドグラスのは見事で、世界樹とその庇にくつろぐ動物や信仰者らがモザイク調に描かれたそれは、何度見上げても感動するものだ。
私は急ぎ足で裏口へと進む。
関係者以外立ち入り禁止なこの場所で、私が小姓姿でうろついても誰も注意しない。
神官や巫女に目があっても会釈されるだけで見逃されたり。
もう何年も、こうして一人で平凡なお小姓姿の変装で帰ってくるんだからまあそうなるわよね。
辺境伯令嬢としては褒められた事でないと分かってはいるんだけど、魔物馬で単騎駆けが一番早いのだからしょうがないと思うの。
王都から早馬並に急いでも何日も掛かる行程。
そこを、護衛を何人も付け、身の回りの世話をする侍女を連れ……となると襲いことこの上ない。ただですら家の事情や婚約関係で聖域を離れて迷惑掛けているのに、悠長に馬車で帰るとか、私には我慢ならなくてね。
お父様の単騎駆けを何事かと怒った癖にそれこそ何様って話ですけど、私の可愛い愛馬の足についていける者なんてそうそうないし、チート魔力でシールド張ればほぼ怖い者なしなんですもの。
それはどうでもいいとして。
こっそりと巫女の寮の自室へ戻ってさっさと旅装を解き巫女の服を着ると、姫巫女フレイアの姿を取り戻す訳だけれど。
「あら……姫巫女様、お帰りですか」
廊下を歩いていると、年若い巫女に軽く会釈を受ける。
「ええ。今回は用事が早くに終わってね」
まさか、肝心の用事である王家との婚姻予定が崩れただなんて事は言えないし、私は無難に取り繕った笑顔で返すが、彼女はほっとしたように息を吐いて気になる事を言った。
「そうですの。良かったですわ。ここのところ情勢が不安定で、姫巫女様が出払っておりましたから」
「まあ、そうなのですか……。それは不安ですね」
思わず眉根を顰める。
情勢が不安定、ってことは、またどこかでヴィランが暴れ回っているのかしら?
まあ、今の話を聞いてようやく納得したけど。
出ずっぱりな先輩がこの辺りにいた理由はそういうことかと、私は背の高い黒髪の巫女の姿を思い出す。
私の他にも姫巫女と言われる人は何人か居るけれど、腕っ節も強い彼女はいつも一人聖域から遠く離れて、この大陸中を放浪している。
……思えば彼女の指導は、実践中心だったわよねぇ。お陰様で回復魔法やシールド展開に関しては迷いなく動けるようになったけれど。
そんな彼女がこんなに近くをうろついていたのだから、何もない訳はないか。
そうね……例えば、ヴィランの大物が動いているのをかぎつけた、とか?
だとしたら凄い嗅覚だ。
国内で動くヴィランは悪賢いタイプが多いから、問題が表面に出てこないとなかなか分からない事が多いのよね……。
うーん、情勢の悪化、か。私も平和な王都に居て勘が鈍っていたのかしら。
後でフォルにでも聞いておかないと。
なんて話をしてたら、ちょっと遅くなっちゃった。
情報をくれた巫女に感謝を告げ、早番で帰ってきた巫女らと挨拶を交わしながら玄関まで戻ると、神官達がお勤めする区画へ足早に急ぎ、私は通い慣れた親友兼魔法の師匠のフォルセティの執務室へと向かう。
考えてみれば大司教にアポなし突入って普通はまずいのかしら。先触れとか必要? まあ、いいか。考えてみれば私もお偉い巫女様ですしね。
重厚な一枚板の扉をノックすれば、補佐役である顔見知りの青年神官が顔を出す。
「……何方かと思えば、姫巫女フレイア様ですか。麗しき姿を拝見でき光栄です」
にこりと笑った彼は、大司教たるフォセルティの右腕ともされる方。おっとりとした垂れ目優しそうな方で、若々しく見えるけれど、とってもやり手な神官様だ。
「いやだわその言い方。いつものようになさって、神官アドラー」
「まあまあ、久しぶりですからご挨拶ぐらいさせて下さいよ……っと、フォルセティ様がお待ちですのでお入り下さい」
彼がさっと退くと、そこには半年ぶりに見る我が師の姿があった。
……完璧に整った顔立ちは穏やかないつも通り慈愛の表情を浮かべていた。
その姿は、初めて会った十歳の頃から変わりない。
きらきら輝く長い髪には亜人種の印である尖り耳を隠し、細くは見えるがしっかりと引き締まった身体を禁欲的なカソックの下にしまい込む。
彼は常若にして、数百年の時を大樹と共に過ごすエルフだ。その種族性ゆえに衰える事なく、いつ見ても美麗過ぎる要望を持った青年がそこにいる。
私は一歩執務室の中に入ると、そこでうやうやしく身を屈め、まず形通りの報告をする。
「わが師にして大司教猊下、フォルセティ師にご報告致します。王都での務めを果たし、姫巫女フレイア、只今帰還致しました」
「姫巫女フレイアの報告を大司教フォルセティが確認した。ご苦労」
固い声で応えたフォルセティに、私が礼を取ったままでいると、楽にしなさいと優しい声が掛かる。
顔を上げれば、いつも通り優しい顔をした彼がいて。
「……お帰りフレイア。随分と大変でしたね。此処には貴女を悩ますものはありません。どうぞゆっくり休んで下さいね」
そんな風に、優しく労られるとどうにも泣きたくなるからやめて欲しいのに。
私は思わずぽろりと、涙を零した。
私は教会の扉から入って、礼拝堂でお祈りをする。
手を組み瞳を瞑れば、瞼の裏に浮かぶのは、大きな大きな……天を衝くような大樹の姿。
この大木が寄り集まり出来た教会の内部は、驚く程に広い。
生きた樹が本体のこの礼拝堂は基本的には自然な姿を大事にしているけれど、聖地ということもあって、お堂の内部は祭壇やタペストリーなどが飾られ見栄えよく整えられている。
特に、交差する木の隙間を塞ぐように作られた窓のステンドグラスのは見事で、世界樹とその庇にくつろぐ動物や信仰者らがモザイク調に描かれたそれは、何度見上げても感動するものだ。
私は急ぎ足で裏口へと進む。
関係者以外立ち入り禁止なこの場所で、私が小姓姿でうろついても誰も注意しない。
神官や巫女に目があっても会釈されるだけで見逃されたり。
もう何年も、こうして一人で平凡なお小姓姿の変装で帰ってくるんだからまあそうなるわよね。
辺境伯令嬢としては褒められた事でないと分かってはいるんだけど、魔物馬で単騎駆けが一番早いのだからしょうがないと思うの。
王都から早馬並に急いでも何日も掛かる行程。
そこを、護衛を何人も付け、身の回りの世話をする侍女を連れ……となると襲いことこの上ない。ただですら家の事情や婚約関係で聖域を離れて迷惑掛けているのに、悠長に馬車で帰るとか、私には我慢ならなくてね。
お父様の単騎駆けを何事かと怒った癖にそれこそ何様って話ですけど、私の可愛い愛馬の足についていける者なんてそうそうないし、チート魔力でシールド張ればほぼ怖い者なしなんですもの。
それはどうでもいいとして。
こっそりと巫女の寮の自室へ戻ってさっさと旅装を解き巫女の服を着ると、姫巫女フレイアの姿を取り戻す訳だけれど。
「あら……姫巫女様、お帰りですか」
廊下を歩いていると、年若い巫女に軽く会釈を受ける。
「ええ。今回は用事が早くに終わってね」
まさか、肝心の用事である王家との婚姻予定が崩れただなんて事は言えないし、私は無難に取り繕った笑顔で返すが、彼女はほっとしたように息を吐いて気になる事を言った。
「そうですの。良かったですわ。ここのところ情勢が不安定で、姫巫女様が出払っておりましたから」
「まあ、そうなのですか……。それは不安ですね」
思わず眉根を顰める。
情勢が不安定、ってことは、またどこかでヴィランが暴れ回っているのかしら?
まあ、今の話を聞いてようやく納得したけど。
出ずっぱりな先輩がこの辺りにいた理由はそういうことかと、私は背の高い黒髪の巫女の姿を思い出す。
私の他にも姫巫女と言われる人は何人か居るけれど、腕っ節も強い彼女はいつも一人聖域から遠く離れて、この大陸中を放浪している。
……思えば彼女の指導は、実践中心だったわよねぇ。お陰様で回復魔法やシールド展開に関しては迷いなく動けるようになったけれど。
そんな彼女がこんなに近くをうろついていたのだから、何もない訳はないか。
そうね……例えば、ヴィランの大物が動いているのをかぎつけた、とか?
だとしたら凄い嗅覚だ。
国内で動くヴィランは悪賢いタイプが多いから、問題が表面に出てこないとなかなか分からない事が多いのよね……。
うーん、情勢の悪化、か。私も平和な王都に居て勘が鈍っていたのかしら。
後でフォルにでも聞いておかないと。
なんて話をしてたら、ちょっと遅くなっちゃった。
情報をくれた巫女に感謝を告げ、早番で帰ってきた巫女らと挨拶を交わしながら玄関まで戻ると、神官達がお勤めする区画へ足早に急ぎ、私は通い慣れた親友兼魔法の師匠のフォルセティの執務室へと向かう。
考えてみれば大司教にアポなし突入って普通はまずいのかしら。先触れとか必要? まあ、いいか。考えてみれば私もお偉い巫女様ですしね。
重厚な一枚板の扉をノックすれば、補佐役である顔見知りの青年神官が顔を出す。
「……何方かと思えば、姫巫女フレイア様ですか。麗しき姿を拝見でき光栄です」
にこりと笑った彼は、大司教たるフォセルティの右腕ともされる方。おっとりとした垂れ目優しそうな方で、若々しく見えるけれど、とってもやり手な神官様だ。
「いやだわその言い方。いつものようになさって、神官アドラー」
「まあまあ、久しぶりですからご挨拶ぐらいさせて下さいよ……っと、フォルセティ様がお待ちですのでお入り下さい」
彼がさっと退くと、そこには半年ぶりに見る我が師の姿があった。
……完璧に整った顔立ちは穏やかないつも通り慈愛の表情を浮かべていた。
その姿は、初めて会った十歳の頃から変わりない。
きらきら輝く長い髪には亜人種の印である尖り耳を隠し、細くは見えるがしっかりと引き締まった身体を禁欲的なカソックの下にしまい込む。
彼は常若にして、数百年の時を大樹と共に過ごすエルフだ。その種族性ゆえに衰える事なく、いつ見ても美麗過ぎる要望を持った青年がそこにいる。
私は一歩執務室の中に入ると、そこでうやうやしく身を屈め、まず形通りの報告をする。
「わが師にして大司教猊下、フォルセティ師にご報告致します。王都での務めを果たし、姫巫女フレイア、只今帰還致しました」
「姫巫女フレイアの報告を大司教フォルセティが確認した。ご苦労」
固い声で応えたフォルセティに、私が礼を取ったままでいると、楽にしなさいと優しい声が掛かる。
顔を上げれば、いつも通り優しい顔をした彼がいて。
「……お帰りフレイア。随分と大変でしたね。此処には貴女を悩ますものはありません。どうぞゆっくり休んで下さいね」
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