218 / 220
八章 彼女が彼と、住む理由。
四十話 夕は現で食卓を囲む
しおりを挟む
「そんな所で寝ていると、風邪を引くぞ」
……低く艶やかな声が心配げに、伊都に声を掛ける。
未だスーツ姿の、返ってきたばかりだろう白銀は銀縁眼鏡の奥の瞳を眇めて、こちらを見下ろしている。
その手はソファに伸びていた。しかし、肩を揺する事がなかったのは、おそらく伊都の傷に響かないようにとの配慮だろう。
「あ……お帰りなさい」
壁に掛かった時計を見れば、ソファに座ってからほんの三十分程しか経っていない。
短い時間だが、深く寝入っていたのが良かったのか眠気は覚めている。
「お料理、すぐに温め直すわね。お昼に秋葉さんにお願いしてお米を届けて貰ったから、ご飯も炊けているのよ」
伊都はぺたぺたと素足でフローリングを歩きキッチンへ向かい、お味噌汁の入った鍋を火に掛けた。
ご飯は蒸らしが終わっただろうから、少しばかり冷めただろうがそのまま茶碗によそってしまう。
キッチンにはカウンターが付いているので、出来立てをそのまま出してしまえばいいのはだいぶ楽だ。
「料理は出来ているんだろう? 盛りつけぐらいは出来る。あんたは休んでおけ」
彼はカウンターの前で不安そうにこちらに言うが、伊都としては余り大事にされ過ぎても困ってしまう。
「かと言って、動けない訳でもないのに一週間寝たきりは嫌よ? ただですら体力がないのに、さらに身体が鈍ってしまうわ」
普段はなるべく歩くようにしているし、立ち仕事で少しは筋力は付いてきたと思うのだが、体重が落ちてからは全体的な筋肉量まで落ちたのか基本的に彼女の体力は皆無だ。
だからこそ、彼女はなるべく動きたいと思っているのだが……。
「安静に、と言われているのだろう? 起きていても構わないが、なるべくゆっくり身体は休めていてくれ」
この通り、心配性の彼は伊都をどうにか休ませたくて仕方がないようだった。
「心配し過ぎよ? 痛かったり辛かったりしたらちゃんと休むし、それに、私は何かしていないと何となく不安になる性質なの」
「…………」
夢の名残で、伊都は明るい笑顔を浮かべ仔狼らに言い聞かせるように優しく言うが、彼はどうにも不満そうだ。
そのふてくされた顔が、どうにも狼姿の彼の事を思い出してしまい、伊都は声を漏らして笑った。
「大丈夫よ。私、痛いのも辛いのも嫌いだから、本当にダメなら動かないわ」
くすくすと明るい笑い声が部屋に響く。夢の中のように、彼女はのびのびと笑う。
それにつられたよう、彼も眉間のしわを消した。
「なら、いいが。あんたが辛いと、俺も辛い。それは覚えておいてくれ」
……低く艶やかな声が心配げに、伊都に声を掛ける。
未だスーツ姿の、返ってきたばかりだろう白銀は銀縁眼鏡の奥の瞳を眇めて、こちらを見下ろしている。
その手はソファに伸びていた。しかし、肩を揺する事がなかったのは、おそらく伊都の傷に響かないようにとの配慮だろう。
「あ……お帰りなさい」
壁に掛かった時計を見れば、ソファに座ってからほんの三十分程しか経っていない。
短い時間だが、深く寝入っていたのが良かったのか眠気は覚めている。
「お料理、すぐに温め直すわね。お昼に秋葉さんにお願いしてお米を届けて貰ったから、ご飯も炊けているのよ」
伊都はぺたぺたと素足でフローリングを歩きキッチンへ向かい、お味噌汁の入った鍋を火に掛けた。
ご飯は蒸らしが終わっただろうから、少しばかり冷めただろうがそのまま茶碗によそってしまう。
キッチンにはカウンターが付いているので、出来立てをそのまま出してしまえばいいのはだいぶ楽だ。
「料理は出来ているんだろう? 盛りつけぐらいは出来る。あんたは休んでおけ」
彼はカウンターの前で不安そうにこちらに言うが、伊都としては余り大事にされ過ぎても困ってしまう。
「かと言って、動けない訳でもないのに一週間寝たきりは嫌よ? ただですら体力がないのに、さらに身体が鈍ってしまうわ」
普段はなるべく歩くようにしているし、立ち仕事で少しは筋力は付いてきたと思うのだが、体重が落ちてからは全体的な筋肉量まで落ちたのか基本的に彼女の体力は皆無だ。
だからこそ、彼女はなるべく動きたいと思っているのだが……。
「安静に、と言われているのだろう? 起きていても構わないが、なるべくゆっくり身体は休めていてくれ」
この通り、心配性の彼は伊都をどうにか休ませたくて仕方がないようだった。
「心配し過ぎよ? 痛かったり辛かったりしたらちゃんと休むし、それに、私は何かしていないと何となく不安になる性質なの」
「…………」
夢の名残で、伊都は明るい笑顔を浮かべ仔狼らに言い聞かせるように優しく言うが、彼はどうにも不満そうだ。
そのふてくされた顔が、どうにも狼姿の彼の事を思い出してしまい、伊都は声を漏らして笑った。
「大丈夫よ。私、痛いのも辛いのも嫌いだから、本当にダメなら動かないわ」
くすくすと明るい笑い声が部屋に響く。夢の中のように、彼女はのびのびと笑う。
それにつられたよう、彼も眉間のしわを消した。
「なら、いいが。あんたが辛いと、俺も辛い。それは覚えておいてくれ」
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる