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八章 彼女が彼と、住む理由。

二十三話 長い夢から覚めて(2)

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 その通り魔は大男だったと言う。
 発見者は伊都と祭りを通して仲良くなっていた商店街の店主で、歩道橋の下に倒れ伏す伊都と、走り去る背の高い男の姿を見たと警察に話している。
 大男と言われると、伊都が真っ先に思い出すのはどうしたってあの男だが……。
 
(そういえば、灰谷さんはどうしているのかしら。今は執行猶予中だと聞くけれど)
 
 白銀から伝え聞くに、裁判自体は意外と早くに済んでいたという。
 伊都は訴えこそしなかったが犯罪の現場にあったとして、警察の聴取には付き合ったが、その後は灰谷を思い出したくない気持ちもあって、積極的に話を聞かずにいた。
 結果としては、外傷よりも冷蔵室閉じこめを悪質として、刑罰が付いた。
 とはいえ殺意は無かったと食い下がる弁護側の熱意と、初犯であるという事も含め、社会復帰を願われ執行猶予付きで判決が出たとの話で。

(……違う、わよね? まさか、執行猶予中の身で危険なんて犯す程、おかしな人ではない筈)
 とはいえ、憎々しげに睨んでいた灰谷に不安を感じてしまう。
 特に、前の会社を辞めてからのち、灰谷の消息が不明である事が恐怖を誘うのである。
(どうしよう、怖いわ……)
 室内は快適な温度なのに、ぶるりと伊都は震えた。

「白銀君に同意するわ。今の貴女は一人でいるべきじゃない。おとついの事だって、夏の閉じこめ事件の話だって、うっかりしたら死ぬ所だったのよ。今は痛みも大した事なく感じているだろうけど……今日の夜は、覚悟しておきなさいよ?」
 そう母まで責めてくるのだから、本当に危なかった所なのだと、伊都は事態を飲み込む。
 今は薬が効いているが、そのうち全身打ち身で痛み出すだろうと。

「いい? 酷い目に遭いたくないなら、痛み止め、忘れず飲んでおきなさいよ」
 キッチンで火の番をしている母から念押しの声が掛かる。
「はーい」
 伊都は食卓で、よい子のお返事をした。

 その時、時刻は昼であった。
 日曜の昼下がり。何となく付けているテレビではバラエティ番組がにぎやかに笑い声を響かせている。
 実家のリビングでは、おかゆを煮る米のいい匂いが満ち、食卓には栄養バランスを考えた……けれど共働きなので出来合いの……副菜が小鉢に盛られている。
 そして目の前には、白銀がいた。

(実家に白銀さんがいるなんて……ちょっと、緊張するわ)
 父は相変わらず日曜でも外に出てばかりで、今日も案の定、道楽兼人脈作りの為のゴルフに行っている模様。
(お母さん、一応帰ってこいって言ったみたいだけど。娘が元気ならそれでいいって、適当過ぎるわよね)
 そして、お客様が来ているというのに母も適当だ。
 いつもの徳用パックの緑茶を淹れ、寿司屋で使っているような大きな湯飲みでどんと出し、適当にやっててと、白銀をお客様用のお茶碗と箸を出しただけで放っておくのだから。
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