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八章 彼女が彼と、住む理由。

二十二話 長い夢から覚めて(1)

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目が覚めた。よく知った天井だ。
「ええと……私、何で実家にいるのかしら?」
 そう首を傾げる伊都は、前後が繋がらない自分の記憶に、僅かにパニックとなる。

 気がついたら実家にいた。伊都としてはそういう認識になる。

(何だかいつもより長い夢だなって思ってたら……まさか、おかしな人に歩道橋から突き落とされてたなんて)
 まるで実感がなく、従って目の前に居る人の痛ましげな眼差しも、どう受け止めたらいいのかよく分からない。


 そして、起きて数時間の間に、何だかすごい決断を求められている。
「……同棲、ですか」
「ええ。この所、伊都さんはトラブル続きですし、やはり心配でならないんです」
 よそゆき顔の柔和な笑みを湛えた白銀が、深く響く声で切々と語る。
「伊都さんを突き飛ばした犯人は、まだ捕まっていません。そんな中、貴女を一人であのアパートに返すなど、私には堪えられない」
「そ、そんな大げさな……」

 伊都がごまかすように笑って言えば、白銀は眼鏡の下の切れ長の目をきつくして伊都へと言う。

「大げさではありません。打ち所が悪ければ、貴女は歩けなくなっていた可能性だってあったのです」
「そう……ですか?」
 そう言われても、伊都には実感がない。
 だから包帯が巻かれた手を頬に宛て、はてと首を傾げるしか、彼女には出来ず。

(だって、いつもの仕事の帰り道で記憶は途切れてて……後は、楽しい夢の記憶しかないのだし)
 ロングバージョンの巣穴での生活は、可愛い仔狼まみれで、素晴らしく愉快であったのだから、余計に理解が追いつかない。

「まあ、辛い事など記憶していない方がいいでしょう。それよりも……同棲の件、承知頂けないでしょうか」
 じっと彼は、その怖いような鋭い目を向けて、伊都へと願う。
「ええと、その……起きたばかりで、私、よく分からなくて」
 少し時間をくださいと、伊都は言う。
 彼は、眼鏡の奥で目を眇め、表面では柔和な笑みを浮かべて、分かりましたと言った。

(納得してないわね……)
 夢と現実と、二つの世界で一年付き合ってきた伊都だから分かる。
 彼はぜんぜん、納得してないと。

(とはいえ、すぐに同棲なんて踏み切れないわよ。だって、あの部屋でしょう? 巣穴に似たあそこに居たら、絶対爛れた毎日を送る事になるわよね……?)
 現実でも一度抱かれてはいるが、毎晩思い出しては茹で上がるような刺激的な夢を見ていた伊都は震え上がる。
(無理、無理だわそれは……。彼に抱かれるのは嫌ではないけれど、やっぱり現実で抱かれるのは、まだ怖いもの)
 赤くなった両頬を両手で隠しながらいやいやと首を振る伊都は、煮え切らない返事を口に出す。

「あの、来週にもお返事を……」
「待てません。その前に貴女が害される可能性があるのですから、そんな悠長な事は言っていられない」
 珍しく、彼は断定的に言い切った。

「ねえ伊都、私も賛成だわ。そうねぇ、せめて犯人が捕まるまででも、白銀君に甘えなさいよ」
「そんな、お母さんまで……」
 とはいえ、己の手足には湿布が貼られ、見えるところにも細かな擦り傷があるのだから、傷だらけである事は間違いなく。
(襲われた、のよね……)
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