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八章 彼女が彼と、住む理由。

十九話 珍客の来訪と彼の部屋(2)

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「ご用がある時は連絡を貰えれば飛んでくるっす! では!」
 そそくさと逃げるように部屋を出る直前、名刺代わりのように、モデル事務所のサイトに掲載されているらしき当人のプロフィールページを伊都に渡してきた。
(改めて、リッコってば、随分個性的な人を寄越してきたわね……)
 伊都は苦笑し、プリントアウトされたプロフィールを眺めやった。
 とりあえずその日は、リッコへ報告出来る材料がないのも可哀想かと近くのスーパーでお米と生活情報系の雑誌を買ってきて貰った。

 その日の夕刻。
 今日は白銀は早上がりのようなので、伊都は時短レシピを試しがてら買ってきたばかりのお米をフライパンで炊く。
「うん、これはなかなか便利ね……」
 ちなみに、買い物代行をしてくれた秋葉にお駄賃ぐらい渡すべきかと、余裕を持って渡していたお金は『そのままおやつ代にでもしてね』 と言ったら、礼金も全部リッコ持ちとの事で、凄い勢いで断られてしまった。リッコは年下のまだあどけなさを残すこの子にどんな言い方をしたのだろうかと不安を覚える。
 茹でてから冷凍していたほうれんそうは解凍しておひたしに、おにぎりの具に常備している佃煮などを出し、お味噌汁を作れば、とりあえずの夕飯は整う。
「後は蒸らして、と。おかずは肉じゃがを解凍するとして……あらあら、冷蔵庫が空っぽ。明日は秋葉さんに、野菜とかお豆腐を頼んだ方がいいかしらね」
 独身男性らしいと言えば、そうなのだが。
「いたた……この調子では私はしばらく買い物にも行けないし、リッコの采配に感謝すべきかも知れないわね。実際、ちょっとした用事をお願いできる人がいるのは安心感が違うわ」
 何せ、この家の冷蔵庫には、氷とお酒とカロリー系ゼリー飲料、おつまみになりそうなものに、あとは冷凍食品ぐらいしか入っていない。
 何かを作ろうと思っても、伊都が持ってきた食材をやりくりするしかない。そんな時に、秋葉に買ってきて貰得るというのは安心材料だった。

(それにしても……彼の家で当たり前に料理をしているなんて不思議だわ)
 伊都は伊都で忙しいし、白銀は輪を掛けて多忙な人だから、結婚はもう少し落ち着いてからになるかと思っていた。
 そして、伊都は結婚まであのアパートにいるつもりでいたのだ。
 
(彼の帰宅を待ってお夕飯を準備するとか、なんだかちょっと、奥さんみたいで照れるわ)
 だというのに、現実は奇なる物。伊都は彼の部屋に匿うようにされ、身を寄せている。
(嫌じゃない……どころか、ここは落ち着くけれど)

 明かりを落とせば、夢の巣穴にも似た雰囲気になるこの部屋は大好きな彼の気配に満ちているから、妙に安心する。

 余り動くなと白銀に言われているので、夕飯の準備が整ったらソファで休憩だ。
 何となく耳寂しいのでスマホでお気に入りアーティストの最新クリップを流しながら、ぺらぺらと雑誌をめくる。
 伊都の場合、雑誌類は余程気に入った特集がない限り本屋で偶に眺めるだけだが、時短レシピ系などプロの知恵を読むのは嫌いではない。
 元々インドア派のせいで、買ってきて貰った数冊の雑誌をのんびり眺めていれば数時間やそこらは簡単に暇が潰れてしまう。
「せめて、手が動くなら編み物でもするのに……」
 と呟くものの、編み針を持ってみたら違和感があったので、今日は我慢した。
「うーん、早く痛みが取れてくれないかしら」
 変な癖がついてもいけないからと、一週間は安静にするように言われているのがどうにも悩ましい。

 そうして、じっと包帯だらけの手を見ていると次第にうとうととしてきて……。
 伊都はソファの上で寝入ってしまい、また夢の巣穴へとたどり着くのだった。
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