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八章 彼女が彼と、住む理由。
十四話 立ち去る実家と、母心(2)
しおりを挟む母の勢いに押され、明るいうちに実家を出る事となった伊都は、とりあえずアパートに寄って貰うと、さっと部屋の中を点検する。
(まあ流石に、小説じゃないのだから部屋まで来て荒らすなんて事はないか……)
いつもと変わらない自分の部屋にほっとした伊都は、貴重品を持つと、冷蔵庫の中身を確認して消費期限の怪しいものはポリ袋に入れてとりあえず処分することにし、食べられそうなものは保冷バッグに入れて、ブレーカーを落としてガス栓を締めてから施錠する。
「待たせて済みません」
「いや。では行くか」
部屋の前で待っていてくれた白銀は荷物を受け取ると、彼女を導くようにして古い町並みを歩く。
伊都は包帯が巻かれた片手を白銀に預けて、ゆっくりした足取りで彼の背を追う。
今日はオフ日という事でいつもよりラフな格好だが、長身で姿勢のいい白銀は、歩くだけでも田舎町に見るには頭抜けた存在感があった。
こんな時に、しみじみと思う。
(本当、何でこんな田舎町に居るのかしらね……彼ならどんな所ででも成功しそうなのに)
訳ありだろう白銀に突っ込んでまで聞こうとしない伊都だから、未だに彼の都落ちの理由が分からない。
とはいえ、いつものパーキングまでは、ほんの数分だ。
彼の前歴について伊都が深く悩む前に車に着いてしまう。
荷物を後部座席に置き料金を支払い車を出すと、後は白銀のマンションまで直行だ。
白銀は軽快に車を走らせる。
車の中で、しばし伊都は流れる風景をぼんやりと眺めていた。
(そういえば、何かを伝え忘れているような……)
伊都は何となく腰の据わらない感じがして、首を傾げる。
(思い出せないって事は大した事ではないのよね。うん)
と、その場で思い出すのを放棄してしまった事により……。
翌日に押し掛けてきた妙にあか抜けた「元ニート」 を名乗る人物に、伊都は驚かされる事になるのであった。
伊都が何かを思い出しかけて、それを放棄した時のこと。
「……犯人が捕まるまでは、なるべく外に出ない方がいいな」
彼は視線を前に向けたまま、ぽつりと呟く。
「そうですね、危険、ですものね」
伊都は端正な横顔に頷いてみせる。
「伊都、敬語」
「あ、ごめんなさい。もう癖かしらね」
口調を指摘され僅かに照れて笑った伊都は、言葉を続ける。
「確かにこの状態で外に出たら、何処かで立ち往生してしまいそうかしら……私、また迷惑を掛けてしまうわ」
伊都は自分の頼りなさに自嘲する。
「気にするな。俺が頼んであんたに家を移って貰うんだ」
(そうやって、私の弱さすら自分のせいにしちゃうんだもの、白銀さんってずるいわ)
その真綿で包むような優しさを受ける度に、伊都は彼をどんどん好きになっていく。
もうこれ以上好きになれないと思っても、思いが募るのだからとても不思議だ。
隔絶された車の中だと、人は少しだけおしゃべりになる。
二人の場合も、そうで。
「家に置いて頂くんだし、せめて食事と掃除くらいはやらせてね」
そう言うと、彼は切れ長の目をスッと細めて。
「怪我が治ったらな。その前に、あんたは一週間は安静を守れ」
くれぐれも動くなよ、と。白銀に釘を刺される。
「それまではあんたの食事が食べられないのは寂しいが、弁当か総菜だ」
「あ、少しだけど冷凍していた作り置きを持ってきたわ。それを食べてはどうかしら」
「そうか、それは嬉しいな。では、大事に食べよう」
彼は微かに笑った。
「後は、そうだな……しばらくは足りない物がありそうなら、ネット通販で頼んで宅配ボックスに入れて貰うようにしろ。近所のスーパーは確か食材を配達する筈だから、生鮮食品でも問題なく買えるだろう」
テレビのCMでは偶に見るが、基本的に何でも店頭で見てから買う伊都には、まさかそんな物まで通販で買うのかと驚いてしまう。
「え、ええと……ちょっと不安だけど、試してみるわ」
アナログ人間な伊都には少々敷居の高い試みだが、不便をするよりはましだろうと思い、伊都は早速、車窓からご近所のスーパーの看板を眺めては、新しいチャレンジへの意識を高めるのであった。
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