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八章 彼女が彼と、住む理由。

十三話 立ち去る実家と、母心(1)

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「全く、誰に似たのか腰が重いわよね。ほら、当座の荷物は詰めてあげるから、まずは白銀君の家に移っちゃいなさい」
 伊都の気の変わらない内にと、気の短い母は実家に置いている伊都の服などを詰め込んでしまう。
 大きな袋にさくさくと下着や普段着、パジャマ、歯ブラシやタオルなどの日常品を詰めると、それを白銀にはいと渡し。
「はい、暗くならない内に動きなさいな。薬が切れて動けなくなったらどうするの。今日はアパートに寄るとしても貴重品だけで、ものの選別は時間のある時にしなさい。はいはい、さっさと椅子から動く」
「え、ちょっと、もう少しぐらい家に居ても……」
 久しぶりの実家にのんびりと落ち着いている暇もなく追い出そうとするのだから、この母は全く、娘に容赦がない。

「何言ってるの、貴女が白銀君の家に行くって決めたのでしょ。下手な考え休むに似たりよ。貴女は椅子に座ると根が生えたように動かなくなるんだから、とにかく行動よ。彼の家に移ってから色々考えなさい」
「ええ、そんな」
 確かに、伊都は慎重過ぎる程慎重なところがある。石橋を叩いて渡るタイプだ。
 そのあたりは父に似たのだろう。
 まず動き出して、困ったときに考えるという行動派の母には歯がゆく感じるのは分かるが、だからと言ってこんな風に追い出すものかと、伊都はちょっと拗ねた。
「お母さん、ひどい……」
 白銀は母の勢いに押され、着替え類を車に積み込みに行ったので、リビングに居るのは親子二人のみだ。

 そこで母は僅かに顔を曇らせて。
「はいはい。愚痴なら後で幾らでも聞くから。……正直ね、私も不安なのよ」
「お母さん?」
 母がそんな顔をする理由が分からなくて、伊都は首を傾げる。
「だって、犯人はまだ捕まってなくて、この近くに潜んで居るのでしょう? また貴女が何処かで倒れてたらと思うと、怖くてたまらない。それに、日中誰も居ない家よりもコンシェルジュ付きのマンションの方がまだいいんじゃないかって思うのよ。怪我の時だけじゃない。助けをすぐ呼べる場所に誰かがいるって、とても大事なのよ」

 まさかそんな事を考えて急いでいたのかと、伊都は目を丸くする。
 根が明るくいつも笑顔でいる人だから、まさかそんな風に不安を隠していただなんて、伊都は気づけなかったのだ。

 車から戻ったのだろう、玄関でドアの開閉の音がした。
「伊予さん、荷物はあれだけですか?」
 階段をあがってきた白銀が、母に声を掛ける。
「そうねえ、後は伊都に渡しておくわ。現金も手元にあるといいだろうから、とりあえずおこずかい……千円多めに入れとくわね……と、後は夕飯にこれ持って行きなさい」
 そう言って母が冷蔵庫から取り出したのは、スーパーで買ってきたのだろうパック入り総菜である。
「え、それ今日の夕飯に用意したんでしょう? 別に商店街に寄ってもいいし……」
「いいから。いつ薬が切れて痛みだすか分からないんだし、余り悠長に外でうろついてるものじゃないわよ。安静によ、安静に」
 その言葉に、娘を家から追い出す者が言う事じゃないのではないかと、微妙に拗ねている伊都は不満に思った。
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