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八章 彼女が彼と、住む理由。

十二話 繋いだ縁と、彼女の一歩(2)

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「リッコ……」
 伊都は彼女のメッセージを読みながら、相棒とも言える彼女の言葉に目が潤むのを感じていた。
 独特の言い回しであるが、これは彼女なりの伊都への励ましであるのだろう。
 誰が恨み、伊都を傷つけようが、リッコは伊都と伊都の編み物を必要としていると。 

『伊都を大事にするのは、自分の右腕を守る事と同義だ。リッコというモデルの世界観を一番共有しているのは、伊都だと知れ。うっかり者の右腕の保護は婚約者の白銀氏に頼むが、彼も仕事で忙しいだろう』
 さらりと、彼女もまた白銀との同棲を認めるような文面を入れてくる。
『ということで、これからは外に出かける時には送迎役を用意するので、今後はそいつに送って貰うように』
 そんな大袈裟な、と、続いた文面に目を丸くしていると。
『……あ、男嫌いの伊都に合わせ、ちゃんと女性にしておく。大袈裟だとか必要ないとか言って自分に差し戻ししないように。これは社会不適合者の社会復帰ボランティアだから』
 と、続けられる。

「……それは、いったい誰を送ってくるというつもりなの? ボランティアって。何だか怖いのだけど」
 励ましと共に送られたのは、ひどいおまけ付きであった。



「お待たせしました……」
 結局、色々な人に返事をするのに時間を掛けた為、伊都が部屋から戻ったのは、一時間程経った時のことだった。

「随分と長電話だったわねぇ、誰からだったの?」
「奈々からよ。今は北欧にいるんですって」
「あら、また海外なの? あの子も本当に好きねぇ。あっちこっち忙しい人だわ」
「ふふ、そうね」
 母に答えながらドアを閉め、食卓に向かうと、そろそろおやつの時間になったのか、テーブルの上におせんべいや飴などが置かれていた。
 伊都は椅子に座るついでに、飴をひとつ取る。

 白銀は微笑みを湛えたまま、そんな親子の事を眺めている。

 現実の彼は相変わらずだ。美しく整っていて存在感も強いのに、こんな時は控えめに背景にもなれる人。
(そんな風に優しく見守ってくれるから……好きになったのよね)
 彼の本質は苛烈で暴力的で、伊都に受け入れられるようなものではない。
 なのにこうして空気のように静かな存在になれるのは、どうしてだろうか。
(それも彼の一面だから、よ。白銀さんは、白銀さん自身が言うほど、身勝手でもないし強引でもない)
 ……本当は同棲だって強引に進めたいだろうに、伊都が整理が付くまで待っていてくれるつもりなのだろう。

 伊都は飴の包みを解いて、口の中に入れた。
 昔なつかしいニッキ飴。甘みと、苦みと、刺激と。口内に広がる独特の味は、どこか懐かしさを感じさせる。

(私は白銀さんの何処が好きなの? 優しいところだけ? ……違うわ)
 あの夢の巣穴の中で見せた本質を、伊都は決して嫌ってはいない。

 静けさが苦手なのか、伊都の実家は誰が見るともなく、居間のテレビは付けっぱなしだ。
 バラエティ番組の賑やかな笑いが響く中、隣に優しい視線を受けつつ、他愛ない話をしながら、伊都はまるで世間話の続きのように、その言葉を言った。

「ところで、白銀さん」
「はい?」
「同棲となると私の着替えとか、少しは持って行かないといけませんよね。今から運びますか?」
 伊都の言葉に、彼は虚を突かれたように目を見張った。
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