上 下
190 / 220
八章 彼女が彼と、住む理由。

十二話 繋いだ縁と、彼女の一歩(2)

しおりを挟む
「リッコ……」
 伊都は彼女のメッセージを読みながら、相棒とも言える彼女の言葉に目が潤むのを感じていた。
 独特の言い回しであるが、これは彼女なりの伊都への励ましであるのだろう。
 誰が恨み、伊都を傷つけようが、リッコは伊都と伊都の編み物を必要としていると。 

『伊都を大事にするのは、自分の右腕を守る事と同義だ。リッコというモデルの世界観を一番共有しているのは、伊都だと知れ。うっかり者の右腕の保護は婚約者の白銀氏に頼むが、彼も仕事で忙しいだろう』
 さらりと、彼女もまた白銀との同棲を認めるような文面を入れてくる。
『ということで、これからは外に出かける時には送迎役を用意するので、今後はそいつに送って貰うように』
 そんな大袈裟な、と、続いた文面に目を丸くしていると。
『……あ、男嫌いの伊都に合わせ、ちゃんと女性にしておく。大袈裟だとか必要ないとか言って自分に差し戻ししないように。これは社会不適合者の社会復帰ボランティアだから』
 と、続けられる。

「……それは、いったい誰を送ってくるというつもりなの? ボランティアって。何だか怖いのだけど」
 励ましと共に送られたのは、ひどいおまけ付きであった。



「お待たせしました……」
 結局、色々な人に返事をするのに時間を掛けた為、伊都が部屋から戻ったのは、一時間程経った時のことだった。

「随分と長電話だったわねぇ、誰からだったの?」
「奈々からよ。今は北欧にいるんですって」
「あら、また海外なの? あの子も本当に好きねぇ。あっちこっち忙しい人だわ」
「ふふ、そうね」
 母に答えながらドアを閉め、食卓に向かうと、そろそろおやつの時間になったのか、テーブルの上におせんべいや飴などが置かれていた。
 伊都は椅子に座るついでに、飴をひとつ取る。

 白銀は微笑みを湛えたまま、そんな親子の事を眺めている。

 現実の彼は相変わらずだ。美しく整っていて存在感も強いのに、こんな時は控えめに背景にもなれる人。
(そんな風に優しく見守ってくれるから……好きになったのよね)
 彼の本質は苛烈で暴力的で、伊都に受け入れられるようなものではない。
 なのにこうして空気のように静かな存在になれるのは、どうしてだろうか。
(それも彼の一面だから、よ。白銀さんは、白銀さん自身が言うほど、身勝手でもないし強引でもない)
 ……本当は同棲だって強引に進めたいだろうに、伊都が整理が付くまで待っていてくれるつもりなのだろう。

 伊都は飴の包みを解いて、口の中に入れた。
 昔なつかしいニッキ飴。甘みと、苦みと、刺激と。口内に広がる独特の味は、どこか懐かしさを感じさせる。

(私は白銀さんの何処が好きなの? 優しいところだけ? ……違うわ)
 あの夢の巣穴の中で見せた本質を、伊都は決して嫌ってはいない。

 静けさが苦手なのか、伊都の実家は誰が見るともなく、居間のテレビは付けっぱなしだ。
 バラエティ番組の賑やかな笑いが響く中、隣に優しい視線を受けつつ、他愛ない話をしながら、伊都はまるで世間話の続きのように、その言葉を言った。

「ところで、白銀さん」
「はい?」
「同棲となると私の着替えとか、少しは持って行かないといけませんよね。今から運びますか?」
 伊都の言葉に、彼は虚を突かれたように目を見張った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...