上 下
146 / 220
七章 間章 目を覚ませば、そこは見慣れた。

十八話 目を覚ませば、そこは見慣れた。(2)

しおりを挟む
 伊都の疑問に、とりあえずは水分補給と、常温のスポーツドリンクを渡した母親は、あきれた顔をして。
「そりゃあ、本人が意識もなく病院に担ぎ込まれたとなったら、身元引受人として親が行くしかないじゃないの」
 と、尤もな事を言った。
 伊都は内心の動揺を隠しつつ、ベッドの上で半身を起こしつつ頭を下げた。
「それは、お世話を掛けまして……」
「なあによ、親に気を使う事はないけど。でも、繁忙期でなくて良かったわ、正直。仕事を気にして看病どころじゃないとかは言わないけど、でもまあ気になるものは気になるし」
 恐縮し頭を下げる伊都に、ワーカホリック気味の母が豪快に笑う。伊都は相変わらず仕事大好きな母に苦笑するしかない。

「相変わらずお母さんは、人生楽しそうね」
「ええ。好きで入った仕事だからね。伊都もようやく自分の好きな事出来るようになったんでしょ? 正直、ほっとしてるわ。前の会社はまあ無難な所だけれど、社長の性格に難があったものねぇ」
 仕事馬鹿の母、同じような性格の家に居着かない父であったからこそ、伊都は幼少時母方の祖母宅にずっと預けられっ放しであった訳だ。

 だが、この気の置けない友人のような母の事は、嫌いではない。

「そうそう伊都、ニット作家デビューおめでとう。まあ、こんな時に言う事じゃないけど、直接言えて良かったわ。貴女、なかなか実家に顔出さないんだもの」
 すべてから逃げ出した二十の頃の伊都も、現実に立ち向かう今の伊都も、こんな風に……簡単に認めてしまう人だから憎めない。

「ありがとう、お母さん。その点はまあ……」
 ペットボトルの中身をゆっくりと飲み干した伊都は、一つ息を吐くと。言いづらそうに内心を告げる。
「ほら、私、学校やめてから、二年も迷惑掛けちゃったでしょう。だから、変に里心付いてまた引き籠もったらと思うと、頼り過ぎるのもどうかって……」
「あらやだ。そんな理由で帰って来なかったの? 変な子ねぇ。まあ、ちっちゃな貴女を放って働いてた私が言う事でもないけれど、娘なんだから好きな時に好きなだけ帰ってくればいいのよ。貴女一人ぐらい支えられない親と思わないでちょうだい?」
 あっけらかんと言う母に、だからごめんと、伊都は苦笑する。
 ……本当に憎めない人だ。

 せっかく起きたのだからと、母は伊都に聞く。
「食欲はある? 何か食べられそうなら食べなさい。あんまり食欲ない? あらそう、なら軽くおかゆでも煮ようか」
「それぐらい、自分でやるわ」
「駄目よ、貴女は二日も寝てたんだから、相当疲れ溜まってたんでしょ。新しい仕事となると、最初は緊張もあるしねぇ。まあ、丁度いいと思って休んでおきなさい」
 母はそのままドアを開けたまま、台所へ向かう。
 伊都の実家はLDK(リビング・ダイニング・キッチン)を囲むように夫婦の寝室と一人娘である伊都の部屋がある為、ドアを開けたままだと会話が出来る。
 祖母が亡くなって親元へ戻ってきた時から、具合が悪くなった時はこんなスタイルで世話を受けていた為、大人になった今でも、おおらかな母はこの調子で世話するようだと納得し、伊都は受け入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】

階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、 屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話 _________________________________ 【登場人物】 ・アオイ 昨日初彼氏ができた。 初デートの後、そのまま監禁される。 面食い。 ・ヒナタ アオイの彼氏。 お金持ちでイケメン。 アオイを自身の屋敷に監禁する。 ・カイト 泥棒。 ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。 アオイに協力する。 _________________________________ 【あらすじ】 彼氏との初デートを楽しんだアオイ。 彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。 目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。 色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。 だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。 ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。 果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!? _________________________________ 7話くらいで終わらせます。 短いです。 途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...