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七章 間章 目を覚ませば、そこは見慣れた。

一話 間章 目を覚ませば、そこは見慣れた。

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 どこからか差し込む光に目を覚ませば、そこは見慣れた岩山の中。
(……え、夢?)
 伊都はベッドから起きあがると、きょろきょろと辺りを見回す。
 灰色の壁には織物や編み物が飾られ、床にはふわふわの敷物が敷き詰められている。
(そう、私はここで冬支度をして……今年は暖かく過ごそうって、色々頑張って)
 灰色一色がカラフルに変わったけれど、そこは見慣れた……童話の世界、狼の巣穴で。

(ジルバーはいない……わね)
 ころりと一人、広いベッドで転がるも、そこには彼の体温の名残すらない。
(そういえば彼、現実では大きなイベントの最終調整中、だったかしら。最近顔を出すときも、寝不足なのか顔色が悪くて心配していたのよね……)
 己を抱きしめる逞しい腕がないと、何か寂しい気がして。
 何かを探すよう手を伸ばすけれど……。
 フェルトのマットの上に力なく落ちる手が、ぱたりと音を立てる。

(私、いつの間にか贅沢になったみたい)
 現実にも夢にも、彼が居るのが当たり前の毎日に、いつしか慣れていて。
 ここ最近は現実が急がし過ぎて夢を見る機会も減ったけれど、朝には彼と会えるから、寂しさを感じる暇なんてなかった。

 でも……。
(やっぱり、朝を彼と迎えたいなんて、思ってしまうのよね)

 熱く激しい情交を、現実にも経験してしまったからか。伊都の心は際限なく、彼に傾倒している。
 彼がいなければ朝も始まらず、彼がいなければ夜も眠れない。
(本当……私も変わったものね)
 この五年、男っ気の一切なかった癖にと。
 伊都は自身の変わりように呆れながらも、それが嫌ではない事に気付いて苦笑した。
(それもこれも……白銀さんの努力のお陰ね)

 伊都は毛皮の上掛けの下で服を着ると、ベッドの足下に置いたルームシューズを突っかけ床に立つ。
 改めて広い巣穴を見回しても、やっぱり誰も居なくて。
「ちびちゃんらもいないわね……皆、狩りに行ったのかしら」
 おしゃべりでやんちゃな仔狼たちは伊都に懐いていて可愛く、いつもジルバーに怒られながらも構い倒してしまう。
 そんな、可愛い彼らもいないこの巣穴で、伊都は一人。
 がらんとした巣穴の中、伊都は何だか落ち着かず何となく棚を探る。
「特にやる事もないし、一人で外に出るのは禁止されてるし……半端になっていた春物、仕上げちゃおうかしら」
 悪戯盛りの仔狼が届かないよう、伊都の編み物用具を棚の高いところに置いてある。
「ああ、あった」

 最近は紡ぎ糸の魔女や機織りの魔女など、近い仕事を持つ魔女等と仲良くしている。
 
 魔女とは、さまざまな動物の住まうこの森の中で特殊な生業なりわいを担当する、人間の姿をした女性たちのこと。
 編み物魔女こと伊都も、そんな魔女の一人だ。
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