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六章 貴方と現実で抱き合う日

十五話 貴方と現実で抱き合う日(5)

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 今日は休日だという彼と、一日ごろごろする予定だ。

「ごちそうさまでした。昼と夜は、私が作るわね」
「そうか? 休日なのだから外食で済ませても……」
「貴方は何時も外食ばかりなのでしょう? なら、私が居る時ぐらいは家で私が作ったものを食べて欲しいの」
「……なら、お願いしよう。あんたが作る飯は美味いしな」
 お願いよ、と伊都が言えば、彼も最終的には折れた。


 専ら定食屋や居酒屋などで外食で済ますという彼に、せめて伊都の居る時ぐらいはまともな物を食べて貰おうと、今はクリーニングから戻るのを待っている。

 ちなみに、伊都の住む町から電車で二駅程離れた場所にあるという彼のマンションはコンシェルジュ付きのガードのしっかりしたもので、駅も近くアクセスに優れている。
 近くにはスーパーもあれば大型複合施設もあり、という、地方都市の見本のような町であった。
 閑静なとでも言うか、古い町並みに商店街のある伊都の住まいの近くとは対照的で、非常に賑やかである。

 スーパーへ買い出しに行く服がない伊都は暇を持て余すが、彼が気を利かせ、リビングで、合皮のソファに並んで座りネット配信のドラマを見ることとなった。
 機械オンチの伊都は、存在は知っていても動画配信サービスを見るのは初めてだ。
 ユーチューブで新譜の情報を見るぐらいは出来ても、課金サービスまで踏み切れないというのが何とも保守的な彼女らしい。

 彼は手元のスマホを操作し、次々と作品紹介ページを表示しては、彼女に聞いてくる。
「これは?」
「知らないかも」
 ただ、作品紹介を眺めているだけなのに、二人で相談しながらだと、何だかくすぐったい気持ちになるからおかしなものだ。
「これは」
「タイトルからするとお仕事系コメディかしら。ああ、小説が原作なのね。粗筋だけは書店で見たけれど、本編は読んでないわ」

 大体の基準は彼女に合わせてのようで、テレビで人気のドラマの続編に当たるものや、人気の小説が元となっている作品だ。

「なら、この辺りはどうだ」
「ああ、これね。雰囲気が良くてとても好きだった作品だわ」
「そうか。なら、これにしようか」
 元は深夜番組だったが、劇場版が配信となったのだろう。小料理屋を舞台とした人情もので、伊都も録画して見ていたぐらいに好きな作品であった為、熱心に視聴する。
 ……が、彼が狼の時のように、手の甲を擽ったり肩を抱いたりとちょっかいを出してくるから、何となく集中出来ない。

(嫌では、ないんだけれど……)
 気持ちがふわふわと浮ついて、彼が気になって仕様がない。
 もぞもぞと身体を動かしていると、彼は更に悪戯を仕掛けてくる。

「ちょっと、それは後にして」
 悪戯する手を軽く叩き、その手を抱え込んでから、伊都は作品に集中する事にした。
 昨日の体験以後、現実でも伊都でも彼に対してちょっとだけ強気になった。
 今の態度だって、狼の彼の悪戯を叱るようなもので、伊都はその自然な態度に彼が笑っているのも知らず、動画に集中している。

 ……それからは見逃した映画やネイチャー系のドキュメンタリーなど、数本の動画を見た。
 よそのお部屋で過ごす居心地悪さのようなものもすっかりと解消され、興味深い動画もたくさん見られた伊都はご機嫌である。
「動画配信サイトって、色々な作品があるのね」
「ああ。余暇を潰したり新たなジャンルを開拓するには最適だと思う」
 ちなみに、彼の余りに悪さをする手はずっと伊都に抱えられたままだ。

 そんな頃、コンシェルジュからクリーニングの仕上がりの連絡が入った。

「取りに行ってくる。着替えたら直ぐ行くのか?」
 ソファから立ち上がる白銀の言葉に、伊都は一つ頷くと首を傾げて。
「ええ。もうお昼の準備をしないといけない時間だもの。お風呂、お借りしてもいいかしら」
「ああ」
「じゃあ、さっとシャワーだけ浴びてくるわ。お昼に食べたいものあるなら、考えておいてね」


 怯えや卑屈を脱ぎ捨てた伊都は、のびのびとした様子で彼のテリトリーを歩く。
 その姿はまるで、巣穴の中の魔女のようだ。

「……あんたはやっぱり、笑っていた方がいいな」
 そういう白銀こそ、無愛想な顔に優しいまなざしをしている狼みたいだから、やはり伊都は彼を愛しいと思った。
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