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五章 毎日、毎日、貴方を好きになる。

三十話 毎日、毎日、貴方を好きになる。(3)

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 午後六時二十分。何とか故郷ティエラナタルに到着した。
 入り口のベルを鳴らしながら入店すると、カウンターにはサキの夫でありカフェ兼イタリアンバルの店主である鵜飼がいて、穏やかな笑顔で迎えてくれる。

「やあ、伊都さん。お早いお着きだね」
「こんばんは、鵜飼シェフ。予約は七時ですけど、ちょっとお話したくて早めに来ちゃいました」
「そうですか。こんなおじさんで良ければ、喜んでお話相手にならせて頂きますよ」

 にっこりと笑う鵜飼シェフは、伊都の好きなミルクたっぷりのカフェオレを淹れてくれる。
 伊都はカウンターの止まり木に座り、厚手の陶器で出来たカフェオレボウルを受け取った。
 外気に冷えた伊都は、その暖かい一杯がとても有り難い。
「はあ……暖まります」

 鵜飼は結構な拘り派の店主だ。この店で使う素材から器から全てを、鵜飼の目利きで揃えている。
 しかし、厨房を指示しながらコーヒーの焙煎まで手は回せないからと、無名ながらも良クォリティの街の焙煎所から煎りたての豆を毎日運んで貰っているそうで、薫り高いコーヒーの匂いは、伊都の気持ちを穏やかにさせてくれる。
(落ち込んだまま、彼に会うなんていやだもの)
 伊都は今日の記憶をリセットするかのように、ゆっくりとカフェオレを飲み進める。

「落ち着いたかい?」
 カフェオレボウルの半分を飲んだ頃に、穏やかに鵜飼シェフは話しかけてきた。
「何だか、少し落ち込んでいたようだけれど、何かあったかな」
 押し付けがましくない程度に、けれど、話しやすく。
 若くして店長などやっているだけあって、この人物もなかなかに聡いところがある。
「はい、ちょっとだけ。でも……きっと、お勤めしていればよくある事だと思いますから、平気です」
 人には個性があって、好みもある。性格も能力も様々だ。
 会社はそんな個性が集まる場所で。
 誰もが仲良くなんて出来ないのだから、年上の新人と合わないのは仕方がないと、伊都は諦観する。
「それに、私はもうすぐ会社を去る身ですから。出来るだけ後を濁さず行きたいものですね。それよりも、工事の方はどうなってますか?」

 伊都の突然の話の変更にも、マスターは笑って答えてくれる。
「そうだね、もう壁面の工事は終わっているし、後は棚だとか、必要な備品を揃えればいいだけになっているよ」
「もうですか、早いですね」
「今後どうなるかはまだ未定なところも多いし、ホテルの宴会場みたいに、壁が動かせるよう簡易に隔てただけの、本当に簡易な内装工事だったからね。まあ、計画が倒れてもパーティールームとして貸し出せるし、僕としては改装はそのついでって感じかな。壁を吊る補強工事は必要だったけど、それぐらいで以外と早かったよ」
「あ、はは……そうですね」
 穏やかな性格を裏切る意外にシビアな言葉に、伊都は苦笑を返すしかない。この人は、サキの夢の計画が倒れた際にも、それを活かす先を考えているのだ。
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