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五章 毎日、毎日、貴方を好きになる。

十七話 秋はつるべ落としのように

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(この机で、奈々と並んで仕事するのもあと何回かしらね)
 伊都は入力済みの伝票をそろえつつ、ため息を吐いた。

 慌ただしく通り過ぎていった夏を見送り、季節は秋となった。
 白銀は相変わらず、毎日伊都の顔を見にアパートへと通ってくる。
 もう、現実の乱暴な口調や無表情な顔にも慣れてしまい、最近では朝ご飯に誘うぐらいの余裕も出来た。
 
 だが、大人の恋の進展はといえば、なかなかどうして難しい。

(あと一歩。それは分かっているのだけれど……)
 そこが現実で、相手が人間となると途端に震えがきてしまうのだ。
(彼は、違う。性欲目的だけで、抱けないなら暴力の的にするような、そんな短絡的な人じゃない)
 今は摂食障害もあり大分細くなってしまったが、学生の頃は程良く肉付きがよく、男性には欲情の目を向けられていた伊都だ。
(分かってる。白銀さんはいつだって私を大事にしてくれているのに……)
 紳士なふりで寄ってきて性的解消の為に……それがならないとなれば憂さ晴らしの暴力の的に伊都を使った、過去の男。
 未だ生々しい心の傷が、暴力的な男性に出会う度にじくじくと痛んでは、伊都を苛み昔を忘れさせない。

(弱いわね、私は……)
 憂鬱にため息を吐き、次の作業へと移ろうと引き出しを開ける。
 灰色のスチール机の私物はほぼ撤去している為、どの引き出しを開けても隙間が多い。

 ━━伊都が辞めるとなった今、会社はいつになく平和だ。
 退職願を出した時、一番喜んだのは予想通りに社長である。当然、その態度を「本来は伏して謝るべき織部さんに対し何という態度ですか。恥を知りなさい!」 と副社長に叱られていたが。
 
 本来なら社長と一緒に喜んだだろう工場長の灰谷は、そこには居ない。
 最初は社長も呼び戻すつもりであったようだが、町の顔役でもある社長の元に、色々な人からかなりきつめの諫言が飛び込んできたらしく、立場を考え泣く泣く諦めたという━━長く務めている町内会の会長を降りよ、とまで言われたら、考えを改めるしか無かったと言うことだ。その内心が、未練たらたらであっても。
 
 
(しかし、芳しくないわね……予想通りではあるけど)
 引継の事務員は今のところ一人しか雇えていない。奈々、葉山も役目を終えたとばかりに辞める準備を初めてしまったから、せめてあと一人は欲しいところなのだが……社長の悪評がここに来て猛威を振るっている。

 近隣の人々は、伊都の過労からの入院の件を知っているから、まず応募すらしない。
 求人を見て来た人も、大体が面接時の社長の横柄な態度で辞退するか、仮雇用の三日目ぐらいに何かの拍子に社長に暴言を浴びせられ、その一週間後には「あんなパワハラ社長の下でなんて……」 と辞退していく。
 
(唯一の弟子の灰谷さんが戻って来なくて腹が立つのは分かるけれど、正直、お試し入社の方に当たらないで欲しいわ)
 先日、伊都に暴言を吐いてまた違約金を払ったせいで悪知恵を付けたか、今度は新人に当たり散らす事を覚えたらしい。
(結果的に、大嫌いな私が長居しているのだけれど、社長はそこのところ、分かっていらっしゃるのかしら……)
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