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四章 冷たい部屋からの救出

二十五話 未だ、冷たい部屋に留まる心は(2)

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 ……けれど、ネガティブな、あるいは現実的な。
 伊都の伊都たるものを作る「それ」 は、否定の言葉を吐く。

(まだ、本当は私、あの冷たい部屋の中にいるんじゃないの?)

 熱で思考の定まらぬ伊都は、目の前にいる青年が都合のいい虚像ではないか、とまで考える。
 すると、その思考につられるように、伊都の身体に震えが走る。

「伊都さん、貴女熱が……」
 心配そうに声を掛ける彼。その手に縋りついて、伊都はガタガタと震えながら、朦朧として目を閉じる。

(……こんな、私にだけ都合のいいことある訳がないわ)
 伊都が妄想の中に居るのではないかと考えてしまうのは、熱のせいでもあったが、昨日、灰谷に悪意的に傷つけられたせいでもある。

 彼女の男性不信はそれだけ根深いのだ。

 伊都は内心の悲観的な想像に引きずられたまま、それでも彼の体温を感じようと両手でぎゅっと白銀の手を握る。
 夢だったらどうしよう、消えてしまったらどうしよう、と。

「織部さん、失礼します。ベッドへ運びますよ」
 声と共に、縋りつくようにして両手で掴んでいた手が外される。
「いやっ」
 慌てて目を開き彼の手を探せば、すぐ側に彼の困ったような笑顔を見つける。
「大丈夫です、側にいますよ。不安ならその手は私の肩に」
 声に従い、両手で縋りつく。彼は背中と膝裏を支えるようにして伊都の身体を持ち上げ、伊都のすぐ後ろにあるベッドへと運んだ。

 彼は横たわった伊都へ布団を被せると、額にその大きな手を載せた。

「熱、上がってしまいましたね。病院で貰った薬は飲みましたか?」
「まだ、です」
「そうですか。では、水を用意してきます。台所、使わせて貰いますね」
 膝立ちのまま話しかけてきていた白銀が立ち上がったのを、伊都はまた「いや」 と言ってだるい腕で袖を引く。

「大丈夫、帰りませんよ。水を汲んでくるだけです。今日はずっと貴女の側にいますから、ちょっとだけ我慢して下さい」
 ふっと笑い掛けた彼に、伊都はその手を離した。


(これが夢なら、ずっと醒めないといいのに……)
 いつか巣穴で考えた事を、現実でも伊都は願ってしまった。


「織部さん、上半身起こしますよ。薬は何処にありますか」
 水を持ってきた白銀は、伊都にかいがいしく世話を焼く。
「テーブルの上……」
 また熱でぼうっとしてきた伊都は、億劫そうに答える。
「ああ、これですね。コップ持てますか? 薬を飲んだら、一度寝た方がいい」

 彼に世話を焼かれながら、伊都はふっと笑った。
(そういえば、ジルバーも結構世話焼きなところあったわよね)
 食べきれないようなフルーツを持ってきたり、筋力不足ですぐにこける伊都を支えるように、いつでもその大きな手は側にあった。巣穴の中では、いつだって側にジルバーが居て。
(そのせいかしら、白銀さんに素直に甘えられるのは……)

 伊都の中で、夢と現実が曖昧になっていく。

「織部さん、眠ってしまいましたか?」
 彼の声を聞きながら、伊都は目を閉じた。

(ジルバーでも、白銀さんでもいい。お願いだから、私を離さないで)
 そう、願いながら。
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