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四章 冷たい部屋からの救出

二十二話 夢から覚めても、貴方がいて。

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 朝の光に目を細める。白銀はスーツ姿で、コンビニの袋を提げ廊下に立っていた。

 築二十年のアパートの廊下は、腰壁こそ付いているが吹き抜けで、周りの風景が筒抜けだ。
 ごちゃごちゃとした昔ながらの住宅地を背に、涼やかなサマースーツの白銀が居るのはどこか似つかわしくなくて、伊都は惚けてしまった。

「……織部さん、お顔が赤いですよ」
 大丈夫ですかと聞かれれば、大丈夫ではないと伊都は思う。
 急いで出てきたものの、かなりくらくらしている。

「すみません、ごほっ、熱が、っこほ、あるみたいで」
 断続的に咳が出て、うまく喋れない。
 折角朝から白銀が来てくれたのに、何て酷いタイミングだろう。

(それにしても、何で白銀さん、ここに居るんだろう……あれ?)
 どこかで朝に行く、と聞いた気もするのだ。電話? なら先ほど受けた時より前の段階で受話履歴がある筈だ。しかし、今朝方の白銀の連絡は受けられずにいて。
(私、何処でその言葉を聞いたんだろう?)
 熱でぼんやりする頭では、なかなか上手く思い出せない。

「ああ、ですから無理に話さないでいいですよ」
「ごほっ、すみま、っけほ」
 せめてお茶ぐらい、と、誘う事すらも出来なくて何だか情けなくなってきた。
 しょんぼりと伊都が肩を落とすと、白銀が目を細めた。

「……差し入れをして、顔を見たらすぐに帰る気でいたんですが。どうも大人しく寝てくれない気がしますね」
 どうしようか、と彼は珍しく逡巡している。
 伊都は、止まらない咳に苦しみながらも、彼を引き留めたくてじっと見つめる。

 おそらくは、半端に残った夢の名残だろう。伊都は常にない表情をしていた。恋い慕うような、甘えるような。
 熱に潤んだ瞳でそんな無防備な顔をすれば、男は強気に出るものだ。

 その目に気づいたように、彼は伊都に訊ねる。
「朝食は食べましたか? 朝の分の薬は?」
 伊都は首を横に振る。
「まだですか。食事は食べられそうですか」
 食欲はない。やはり横に首を振る。
 
 彼は再び、何かを葛藤するように黙り込んだ。
「仕事仲間の分際で、そこまで踏み入っていいものか? ……しかし放って置けない」
 ぼそり、小さな声で呟いた彼の言葉を、伊都は咳をしていて聞きそびれた。
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