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四章 冷たい部屋からの救出
十九話 繋がる線と、繋がる糸と(3)
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男性恐怖症に悩んでいたあの時期、伊都がどんなに嫌だと言っても、男を思わせるような服装で現れては、独特のハスキーな声で、性別不明な口調で、伊都に話しかけて無理矢理に反応を引き出し続けた。
当時、抜け殻のようだった伊都が思ったよりも早い社会復帰を果たしたのは、彼女の支えがあったからかも知れない。
かと思えば、「ここはこうして。やり直し」 と、作品を作らせては満足いくまで駄目だしして作り直しを要求した、剛の者でもある。
また伊都の作品に自分勝手に値付けして「次の毛糸をこれで買って。ああ、定期購読の編み物雑誌あっただろう。あれの支払いに充ててもいい」 と、大金を押しつける困った友人という一面もあった。
彼女は、時には柄編みの図柄を寄越したりこうしてああしてと、細かい注文を付けて伊都を鍛えてくれた、ニッティングの強力な助言者ともなっている。
センスの良い彼女が、自ら伝統のアレンジ柄を組み色を付けパターンを投げてくる。そのセンスにひっぱられ、鍛えられ、最近は自らも新作パターンを編み出しているぐらいだ。
伊都が今日、もし他人にその腕を認められるとするならば、彼女のお陰だと言っても過言ではない。
『何書くの』
「ええっと……やっぱり編み物のことかな、と」
『注文とか受ける訳?』
「え、……そんなつもりはない、と」
ぽんぽんと跳ね返ってくる返事に、伊都は必死にメッセージを返す。ちなみに、ガラケー打ちのせいかあまりに返信の遅かった伊都に、友人が泊まりでフリック入力を無理矢理教え込んでいった事もあった。
『自分が鍛えた伊都のセンスなら、作品上げれば絶対買い手付くよ』
「ははは、またリッコったら。……その自信が羨ましいわ、と」
半笑いで返事を送ったら、爆弾発言が戻ってきた。
『当然。伊都、あんたの事だから気づいてないだろうけど、自分の私物公開の時に雑誌で何度もあんたの作品露出してるから』
「……え、ええ?」
『伊都、あんたはこの数年というもの、モデル界隈でもリッコ専属の謎のニット作家として有名だ。自分のSNSにも、よくあの作家は誰ですかと質問が飛んでくる。まあ、特に紹介する気も無かったんで放って置いてるけど』
「何してるの、リッコぉ……」
伊都はスマホを静かにテーブルに置くと、頭を抱えた。
そうこうする内、気づけば十二時を回っている。
「あ、明日も仕事なんだから、早く寝なきゃ」
シャワーぐらい浴びようかと腰を浮かせたら、ぐらりと視界が揺れた。
額に手を当てれば、熱が上がってきたように感じる。
「……お風呂は、明日の朝にしよう。折角だから白銀さんのスカーフ編もうと思ったけど……明日に……」
伊都はそのまま、布団へと潜り込んで。
……目を瞑ると沈み込むように眠りに入った。
当時、抜け殻のようだった伊都が思ったよりも早い社会復帰を果たしたのは、彼女の支えがあったからかも知れない。
かと思えば、「ここはこうして。やり直し」 と、作品を作らせては満足いくまで駄目だしして作り直しを要求した、剛の者でもある。
また伊都の作品に自分勝手に値付けして「次の毛糸をこれで買って。ああ、定期購読の編み物雑誌あっただろう。あれの支払いに充ててもいい」 と、大金を押しつける困った友人という一面もあった。
彼女は、時には柄編みの図柄を寄越したりこうしてああしてと、細かい注文を付けて伊都を鍛えてくれた、ニッティングの強力な助言者ともなっている。
センスの良い彼女が、自ら伝統のアレンジ柄を組み色を付けパターンを投げてくる。そのセンスにひっぱられ、鍛えられ、最近は自らも新作パターンを編み出しているぐらいだ。
伊都が今日、もし他人にその腕を認められるとするならば、彼女のお陰だと言っても過言ではない。
『何書くの』
「ええっと……やっぱり編み物のことかな、と」
『注文とか受ける訳?』
「え、……そんなつもりはない、と」
ぽんぽんと跳ね返ってくる返事に、伊都は必死にメッセージを返す。ちなみに、ガラケー打ちのせいかあまりに返信の遅かった伊都に、友人が泊まりでフリック入力を無理矢理教え込んでいった事もあった。
『自分が鍛えた伊都のセンスなら、作品上げれば絶対買い手付くよ』
「ははは、またリッコったら。……その自信が羨ましいわ、と」
半笑いで返事を送ったら、爆弾発言が戻ってきた。
『当然。伊都、あんたの事だから気づいてないだろうけど、自分の私物公開の時に雑誌で何度もあんたの作品露出してるから』
「……え、ええ?」
『伊都、あんたはこの数年というもの、モデル界隈でもリッコ専属の謎のニット作家として有名だ。自分のSNSにも、よくあの作家は誰ですかと質問が飛んでくる。まあ、特に紹介する気も無かったんで放って置いてるけど』
「何してるの、リッコぉ……」
伊都はスマホを静かにテーブルに置くと、頭を抱えた。
そうこうする内、気づけば十二時を回っている。
「あ、明日も仕事なんだから、早く寝なきゃ」
シャワーぐらい浴びようかと腰を浮かせたら、ぐらりと視界が揺れた。
額に手を当てれば、熱が上がってきたように感じる。
「……お風呂は、明日の朝にしよう。折角だから白銀さんのスカーフ編もうと思ったけど……明日に……」
伊都はそのまま、布団へと潜り込んで。
……目を瞑ると沈み込むように眠りに入った。
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