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四章 冷たい部屋からの救出

四話 カフェ&バル・ティエラナタル(3)

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「おー、いつもクールな白銀君にしては珍しく熱いねぇ」
 ヘラヘラとした松永に茶化されるも、料理の湯気に曇った眼鏡のレンズを拭き、掛け直した白銀は「どうも」 と慇懃に返して話を続ける。
「いずれにせよ、彼の敵意が私に向くようにします」
「そんな、駄目です白銀さん」
 悲鳴のように声を上げる伊都に、白銀は優しく笑った。
「貴女を狙われるよりましですよ、織部さん。ここは、私に格好付けさせて下さい」
「……貴方は、優し過ぎます」
 白銀がおどけて言っても、裏の意味なんて分かるから、伊都は素直に喜べない。
「何の事でしょう。それに、彼は既に私の敵、ですから……まあ、そんな予定ですので、役員の鵜飼さんや貴女方は、落ち着いて社内の対処をして貰えばと考えています」

 周囲は明るい飲み屋の雰囲気。笑い声の響く中、このテーブルだけがやたらと静かだ。
 一人、自家製サングリアを水のようにかぱかぱと開けている男がいるが、皆その人物の事はあえて気にしないようにしているので、割愛する。

「そっか、白銀さんが行くかぁ。それは心強いねっ。伊都には、あの怖いのと争うのは無理っぽいし……でも、伊都も冷蔵室に閉じこめられたんだし、やっぱり訴えとくべきじゃないの? それこそ、弁護士にまるっと任せてさぁ」
 犯罪者でも社長は庇うのかなぁと、奈々は興味半分、義憤半分といった熱の入った表情で聞く。

「それは……」
 きっと、奈々の言う通り訴えるべきなのだろう。だが、あの恫喝の声や、腕を折らんばかりに握り締める男の湿った手に感じた生理的嫌悪が蘇ると、どうしようもなく恐怖を感じて勇気が萎む。

「奈々ちゃん、抑えて」
 青ざめ震える伊都の様子に気づいたサキに窘めるように言われて、奈々は「ごめん」 と呟く。
「ううん、奈々の言う通りだと思う。ごめんね、弱くて……」
 口の中に残る粉薬の後味のよう、心を染める恐怖心に、五年も経ってなお伊都は悩まされている。
 対面の白銀は、心配そうにこちらを見ている。彼に「大丈夫」 と答えたいのに、一つも前向きな事など今は浮かばない。
 リゾットと暖かな飲み物で暖まった筈の体の芯が、静かに冷えていく。

(たった、たった一度の事なのに。でも駄目なの)
 自分の全てを否定され、他者の言葉を鵜呑みにし、ただ欲情と暴力だけをぶつけられたあの日から、伊都はまだ一歩も動けていない。

 自分の弱さに、本当に嫌になって……伊都は俯いた。
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