上 下
21 / 220
二章:魔女は、彼と朝を迎えました。

九話 ??? それは出会いの物語(1/3)

しおりを挟む
 彼に与えられる悩ましい熱のはざまに見たのは、過去の記憶だ。

◆◆◆

 その頃、伊都は病み上がりの状況であった。
 摂食障害が普通食まで戻り、ストレッサーから解放された事で精神的にも安定してきた為に自宅療養に切り替わった事を勤め先の副社長のガラケーに一報入れたところ、何故か産休中の筈の女上司から折り返し連絡が入ってきた。

 彼女とは、もしもの時の為にとSNSのアドレスを交わしている。

 彼女との最後のやりとりは、何ヶ月前の事だったろうか。
(まだ、お子さんも生まれて間もない筈なのに、目の疲れる事はやめた方がいいんじゃないかしら……)
 心配になりながらも彼女からの連絡を眺める。
 フキダシ型のメッセージには長文が乗っかっていた。

『この度は本当に申し訳ありませんでした。お母さんがあの親父を叱れない人なのを忘れてイトちゃんが大の苦手なセクハラ、パワハラ男に命令の機会を与えたのは、あたしの痛恨のミスです』

(サキさん……)
 元気で豪快な姉御気質の上司の顔を思い浮かべながら、伊都は長い長い、彼女からのメッセージを読んだ。

『労災申請は通りました。今後の心配はせず、今は体を休めてね』

 労りの文言の後の文章に、伊都の体は震えた。

『イトちゃんを殺しかけた犯罪者の親父は、二度とイトちゃんを煩わす事ないからね。弁護士を挟んで、イトちゃんのご両親とも相談しました』

(サキさん、そんな……。大事なお父様なのに、まだ大事にしていなきゃいけない時なのに)
 眉を顰めた伊都の思考を読むように、メッセージは続く。

『あ、優しいイトちゃんの事だから気を使わせちゃうかな? 大丈夫、あたしはちゃんと可愛い我が子と共に、旦那の実家で体を休めてる。お義母さんとも仲良ししてるし。イトちゃんのベビーグッズも大活躍だよ!』

 添えられた写真には、オーガニックコットンで編んだパステルブルーのニット帽や、毛糸のパンツを着て、ネコの耳の付いた鈴入りの輪っかを握る赤ちゃんが寝そべる横にピースサインをして笑っているサキの姿があった。
 足元にはちっちゃいサイズのスニーカーやフード付きスヌードなどが並んでいて、お出かけの際にも使うよという意気込みを感じる。
(さすが、サキさん。私の性格読んでる。それに、良かった。気に入って貰えたみたいね)
 伊都の趣味を理解している上司が、産休に入る前に「全身、伊都ちゃんのふわふわ毛糸に包まれた我が子を見る為に頑張ってくる!」 そう言って編ませたのが、彼女の言うベビーグッズである。
 小さな赤ちゃんグッズを編むのは伊都も楽しいことだった。サキには、パソコンも満足に触れなかった伊都をまともに事務仕事が出来るように仕込んで貰った恩がある。彼女の為にと贈ったものが、ちゃんと使われているというのは、伊都の弱った心に暖かいものを送り込んでくれる、素敵な報告だった。

『うちの子が益々可愛いって、旦那もイトちゃんには感謝、感謝でね。あたしのせいで迷惑を掛けて、でもあたしの子の為に、あたしのワガママでベビーグッズをたくさんたくさん、編んでくれた。可愛い部下を旦那も旦那の家族も、本気で心配してる』

『だから、あたしの意向を全部聞かせて、彼と彼の身内にお願いしてるの。あたしは親父の事、きちんと罪を償わせるまで許すことはないって、覚悟を決めたの』

(そんな、サキさん……)

『あたしが仕事を辞める事になったパワハラの事例を知ってる筈なのに、あいつは、あたしの信頼をも裏切ったのよ。だから、この件についてイトちゃんが心を痛める事はありません。あいつはね、あたしも傷つけたの』

 そこで伊都は、商社勤めであった仕事の出来るハンサムウーマンが、古巣を去った理由を知った。
 今年三十二になる彼女は、若くして室長まで勤めたというのに体を悪くして前の仕事を辞め、実家の仕事を手伝っているのだが。
(まさか、そんな過去があったなんて……)


『イトちゃん、安心して。あたしは必ずあいつに償わせるわ。あいつにはちゃんと慰謝料払わせるし、なるべく接近させないようにする。だから、この会社を見捨てないでやってくれない? あのバカのせいで、この会社に来てくれる若い子はゼロなのよ。居ても二ヶ月経たないで逃げちゃうの。あの』

『セクハラ』
『ハラパワ』
『ブラック社長のせいでね』

 彼女の怒りが見えるような、短いセンテンスで区切られたフキダシの連発に伊都は目を瞬かせる。

『場内の事だから目を合わせないは無理なことだけど、イトちゃんに話しかけない約束はさせましたので、ご安心ください……と、言っても無理な話だよね。ごめん』

『あたしはイトちゃんの根性を買ってる。仕事ぶりも信頼してる』

『もう一度、あたしと一緒に仕事して欲しい。無理かな?』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...