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二章:魔女は、彼と朝を迎えました。
七話 魔女は、贈り物について考える。
しおりを挟む……一番に欲しかった。
そう言って切なげに瞳を揺らす彼が可愛いと思った。
胸が甘く痛んで、伊都は思わず抱き締め返してしまう。
(ただでさえ格好いいのに可愛いなんて、ジルバーってずるいわ)
素直に気持ちを表してくる、彼がいとおしくて。
「あの、ね。私、貴方に贈りたいわ」
自らも口にすべきと思った。
今まで抱え込んできたものを、彼には言うべきだと。
「私ね、編み物が大好きなの」
「ああ」
彼はしっかりと伊都を抱き締め、耳を傾けてくれる。
その胸からは規則的な鼓動を感じる。ひどく安らいだ気持ちで、伊都は彼へと言う。
「両親とも忙しかったから、おばあちゃんがお母さん代わりで。彼女はとても器用で、洋裁に和裁に編み物に。何でも作ってくれたのよ」
「そうか」
ぶっきぼうで、短い返事。
でも、背を撫でる優しい手の動きや、柔らかい声の響きが彼の気持ちを代弁する。
ああ、ちゃんと聞いてくれている。
普段なら話さない、とても個人的な、でも大事な話を聞いてくれている。
「編み物は特に得意だったの。すっごく本格的な、機械も持っててね。私だけでなく親戚じゅうの人の冬じたくも、彼女の仕事だった。手袋もマフラーも腹巻きも、冷え性な私を暖めたのはいつだって彼女の、作品で」
「いい、祖母さんだったんだな」
「うん、うん。そうなの。だから、わたしも彼女みたいになりたくて……せめて、服飾の仕事に就きたくて、学校に行ったわ。でも……」
声が、そこで引っかかってしまった。
「……辛いなら、言わなくていい」
「ううん、もう平気。貴方がいるから、多分平気」
深く響く優しい声も、震える体を落ち着かせるよう、ぽんぽんと背を叩いて宥めてくれる優しい手も。全てが余りに伊都の為にと心を砕いてくれるものだから。
彼の優しさに甘えて、伊都は泣き声混じりにそれを言った。
「私、たった一度の失敗で、それを捨ててしまった……」
そうか、と。
熱い涙を零しながらようやく伊都は気づいた。
(ああ、そうか。イシ君のせいだけじゃなかった。私、自分の夢まで捨てた事で、すべてが嫌になっていたんだ)
性的行為にしても、男嫌いにしても。
それが夢を捨てさせる原因とつながっていたことで、伊都はそこから逃げていたのだ、と、口にして初めて気づく。
(私の男嫌いって、今でも東京になかなか足が向かないのもそう。全部が夢に繋がっているものだったからなんだ……)
「……それは、辛かったな」
「うん」
優しい腕の中で泣きながら、けれど心は不思議とすっきりとしていた。
「でも、でもね。編み物だけは捨てられなかったの。私ね、大事にしたいの。だから、私は……大好きな貴方に、私が編んだ物を、贈りたいの」
支離滅裂な物言いに、彼は律儀に答えてくれた。
「そうか。それを貰える俺は、幸せ者だな」
伊都が欲しい言葉を、答えてくれたのだ。
ああ、なんてこの狼は優しくて素敵なのだろう。溢れる涙でにじんでも、彼の顔を見たくて。
背伸びしてその精悍な頬を両手で包み込み、泣き笑いのまま彼女は言った。
「ジルバー、大好きよ。貴方を暖めるものはすべて、私が作りたい。ねえ、貴方はそれを許してくれる?」
それは、伊都にとって精一杯の、告白であった。
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