上 下
13 / 220
二章:魔女は、彼と朝を迎えました。

一話 魔女は、彼と朝を迎えました?

しおりを挟む

(……何だか、変な夢を見た気がする)

 伊都はベッドの上で微睡みながら、うんうんと唸っていた。

 異世界で熊に襲われる夢。
 大好きな絵本のヒーローに助けられて。
 何故か銀髪の、白銀さんにしか見えない人と、湖で抱き合って……?
 
(あはは、ないない。ただの事務員が何であんな素敵な人と。……あんないやらしい夢を見るなんて、本当に私、欲求不満なのかしら)

 大人のお付き合いなど、伊都のトラウマを作った元カレ、イシ君こと石黒豪気に暴行まがいの性行為に及ばれた記憶しかなく、基本的にセクシャルな事は苦手な部類だ。
 なのに何で、こんな夢を見ているのだろうかと、伊都は不思議でならない。

(最近読んでる女性向け小説に影響されたのかな。でも、大体が「そして彼の腕で朝を迎える……」 で済むのしか読んでない筈なんだけど)

 いわゆる朝チュン。
 本好きの伊都はロマンス小説なども読むけれど、過激な性行為を描かれたようなものは苦手である。
 なので、エロティックな描写より心理描写が多いものを選ぶし、うっかり濃いめのを買ってしまうと、そそくさと数ページ飛ばして続きを読むタイプだ。
 でないと、あのぞっとするようなイシ君の猥雑な手つきを思い出してしまうから。
 盗撮防止とはいえ、シュリンクの掛かった本はその辺りが見切れないのでなかなか難儀だ。いや、本屋さんの側としては死活問題なので、当然の事とは思っているが。最近は運試し感覚で読んでいる。
 学生時代からの友人は「ウェブ小説なら、大体作者さんがそのあたりの濃度とか親切に書いてくれてるし、サイト別で十八禁避けも出来るのに何でまたそこまでして本に拘るの? チャレンジャーね」 と、お陰で呆れられているが。

 それに、お婆ちゃん子で彼女との田舎暮らしの中で育った伊都は、このIT全盛時代に珍しく、専らアナログ専門の人間で。
 数分ほどパズルゲームをしたり、忙しい友人とのやりとりにSNSを偶に使ったり、数週間に一度ぐらい新譜の情報の為にミュージックビデオを視聴したりといったアクションはあるものの、基本的には本に情報を求める質だ。
 手芸に関しては動画サイトで編み方指南などが丁寧で良いとも聞くけれど、編み図を読み解くのも大好きな質のため、相変わらずに専門誌のムックや季刊誌などを最寄りの本屋で取り寄せて購読している程の、機械オンチである。
 なので、微妙に情報に疎いところがあるのだ。
 間違ってまとめサイトのバナーを踏んで猥雑画像を見せられたり、ウィルスを貰ってきたりなんて悲劇も起こらない環境、と言い換えてもいいが。
 情報には疎いが、見たくも聞きたくもない情報を取り入れる事もない伊都は、大変に平和にアナログな生活を送っている。

 だから、不思議だ。

(白銀さんが好き過ぎて、夢に見ちゃう程なのはまあ、分かるんだけど……何でこんなその……いやらしい夢になってるのかしら)

 火照る頬を押さえようと手を挙げようとしたら何故か動かなくて、ぎょっとして目を開ければ……。

「巣穴、に戻ってたの」

 幾つもある窪みの一つは、どうやら暖炉だったらしい。夜になって冷えてきた岩山の部屋の中を焚き火が暖めている。どこかに通風孔でもあるのか、煙はしっかり外に逃げているようだ。
 焚き火の朧げな光に目を凝らすと仔狼らは団子のようにくっついて、窪みに収まり眠っているのが見えた。

「起きたか」
 低く柔らかな声が、耳元近くで聞こえた。
 思わず伊都はびくっと跳ねる。
 やけに暖かい、と思ったら、白銀似の銀髪の彼に抱きしめられていたようだ。

 柔らかいベッドの上で、二人は絡まるようにして裸で寝ていた。
 肌に張り付いていた肌着はどうやら脱がされているらしく、ぴったりとくっついた彼の肌の感触を生々しく感じる。
 敷物は分厚いフェルトのようなもので、上掛けは何かの毛皮だ。
「寒くないか」
「さ、寒くはない……けれど」
 どうしてこんな、と続く言葉を彼の唇で吸い取られる。

 頰を辿り、首筋から鎖骨へと向かう悪戯な指先は、羽のように柔らかく触れる。擽ったくて身を捩れば、腰へ巻き付いた腕が動きを止める。
 どうしよう。伊都は困惑する。やっぱり嫌ではない。それどころか……。
(ドキドキ、して)
 どうしちゃったんだろう。彼に縋り付いてしまう自分が信じられない。

 伊都はその日、恐怖でなく異性の腕の中でくすぐったいような気分を抱きながら眠る幸せを、初めて知った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...