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1章:異世界、湖、ラブ・ハプニング

七話: 異世界、誘惑? 受けつけません。

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「……な、何だったの今の」
 いい匂い、だとか。褒められたにしてはちょっと色気を臭わせる物言いをされ、湖の中に置き去りにされた伊都は、羞恥に震えていた。

「この夢、熊といい狼といい、おかしいわ」
 いやらしい目をして肌を舐めるあの熊の事を思い出し、伊都は本格的に自分の妄想が変に壊れた方向に向かっているのではないかと考える。

「私、欲求不満なの? その癖出てくるものは動物相手なんて、男嫌いが変な風にねじ曲がってるのかしら」
 八つ当たりのように手のひらで水面を叩きながら、だとしたら重度だわ、と自分に呆れる。

 ここ五年程、全く男っ気なしに生きてきた伊都は自分が軽度の男性不信であることを自覚している。
 その理由は、学生時代、あのセクハラ熊に似た男に酷い目に遭わされたが故であるのだが。
 社会人となってここ数年。平凡な女なりに言い寄られた事もあるが、そういう誘いに全く気が向かないで一人で生きてきた。
 側に寄られるのが嫌で、それが若い男となったら同じ空間に居るのすら割と苦痛だ。到底、通勤電車など無理で。結果、夢を捨て、田舎で暮らしているという状況である。

「やっぱりストレスのせいかしら……ここのところ仕事が忙しいし、それでなくとも……」
 とある人の端正な顔を思い浮かべ、伊都はぎゅっと唇を噛む。
「迷惑、いっぱい掛けているし……」
 
 絵本の世界でも何故か色々と大変な思いをしているが、現実は現実で、なかなかに厳しい。
「せめて夢の中では楽しみたいのに、なかなか上手くいかないわね」
 きらきらと陽光を受けて光る湖の水を掬いながら、暗い表情で伊都は呟く。

「……っと、いけない、随分ぼうっとしちゃった。あの仔達も心配するだろうし、早く済ませないと」
 もうこれだけ濡れてしまったのだしと思い切り、伊都は濡れた服を脱いで肌着だけになり沐浴することにする。
 水はひんやりとしているが、震える程でもない。むしろ気持ちいいぐらいの冷たさだ。

 シャツのボタンは熊のせいで千切れ飛び、スキニーパンツは地を這いずった為にあちこち泥だらけ。周りに獣しかいなかった為に気にしていなかったが、思えば酷い格好だ。
「そういえば手のひらも地味に痛いわ。あ、傷が付いちゃってるし、しっかり洗わないと。よし、ついでだし、この服も洗っちゃおう」
 この際だとじゃぶじゃぶ揉み洗いしていたら。

 ばしゃん。

 対岸の辺りから大きな水音がした。慌てて、そちらを振り向く。
 そこにはあの、 伊都を食らおうとした凶悪な熊から助けてくれた絵本のヒーローそっくりな大きな銀の狼がいた。
「ジルバーだ……」

 狼はまた、呼ばれたのを気付いたかのようにこちらを見る。青い瞳が、日差しに透けて綺麗だ。

「生きてたんだ、良かった……」
 伊都はホッとして微笑む。
 とはいえ、己よりも大きいような巨体の狼は怖いので、遠目に眺めるだけにする。

 それにしても、綺麗な狼だ。青みがかった銀色の毛並みは光を弾いて輝いている。
 洗濯する手を止めしみじみ見つめていたら。

「視線が、合った気が」
 まさか。そそくさと観察をやめて洗濯に戻る。手元のシャツは、まだ茶色い泥の跡が残っていて、いささかうんざりした気持ちになった。
「この服しか着るものはないのだから、さっさと汚れを落とさないと」
 人間には毛皮なんてないのだから、裸でいたら風邪を引いてしまう。目下の問題に取り組むべく、伊都はせっせと手を動かす。

 洗濯に夢中になり、伊都の頭から狼の事が抜け落ちた頃。

 ぱしゃん。

 また水音がした。今度はさっきよりも小さな。
 長居して心配した狼でも引き返してでも来たのかと振り向けば。

「白銀、さん……?」
 先ほど大きな狼のいた所に、銀髪に薄い色の瞳の。けれどどう見ても伊都の好きな人が裸で湖に浸かっているのが見えた。
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