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1章:異世界、湖、ラブ・ハプニング

六話:異世界、湖に落とされて。

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「ちょ、ちょっと君、どこへ行くの?」
 走り出した若い狼は、そのまま伊都を背に乗せて巣穴を出、岩山をぐるりと回り込むようにして裏手へ走っていく。

 岩山の周りは木立が密に生えていて、一際に 濃い、緑の臭いが鼻につく。
 鳥が羽ばたく音や、虫の声を聞きながら、若い狼はどんどんと岩山から離れていく。

(ほ、本当に何処に行くのよ)

 相変わらず狼ライドには慣れていない伊都は、目を回しそうになりながらも必死にしがみつく。

(何だろう、この世界に来てから、私随分と荷物扱いが続いている気がするわ……)

 伊都は途方に暮れながらも、落とされたら怪我必死のため、必死にしがみついていた。


 長いような、短いような。苦悶の時間が終わる時はあっさりとしたものだ。
「ここだ」
 若い狼が言い、足を止めた。

 そこには綺麗な湖があった。
 緑を写し込んだ鏡のような湖は、たっぷりと水を湛えて森の中にある。
 わあ、きれい。
 と、思う間もなく。

 狼は地を蹴って湖に飛び込んでしまった。当然に、背にしがみつく伊都もそれに巻き込まれる。

 大きな水音が、しじまに二つ響く。

「…………!?」
 水に落ちた衝撃で、伊都はその背から離れ。
(つっ冷たい!)
 哀れにも、盛大に水を飲み込んでしまった。


「ケホッ、ゴホッ。み、水に飛び込むっ……前にっ……ッケホッ。一声、あるべき……っ、でしょう」

 必死に水を掻き水面に顔を出した伊都は、咳き込みながら狼に注意する。
 あわや溺死の状況に、その胸はドキドキと脈打っていた。
(ほ、本気で苦しかったんですけど……。鼻の奥はつーんとしてるし、震える程じゃないけど湖の水も冷たいし)
 いやな方向でリアルすぎる夢だと、泣き言を脳裏に浮かべる。

 幸いにして、水深は腰ほどと深くはなかったが、危険なことをするものだ。
(水の中で死ぬ夢って、夢判断だとどんな意味があるんだったかしら)

 だが、器用にすいすいと犬かきして遠ざかっていく若い狼は、伊都の取り乱しようにも知らぬふりだ。
「……もう。勝手だなぁ」
 そのマイペースで自由なところは、とても野生の生き物らしい。
 元々動物好きなだけあって、水面から頭だけ出して器用にちゃぷちゃぷ泳いでいる姿を見ると、ついつい怒る気も削がれてしまう。
 体に張り付く衣服に難儀しながら立ち上がり、楽しげに犬かきする狼を眺めて困り顔を浮かべた伊都は、力なく俯き溜息をついた。

「俺はそろそろ上がるけど、魔女、あんたはその熊のくっせー臭い取れるまで洗ってこいよ」
 声に顔を上げると、水を蹴って近づく狼の姿があった。

「あの、臭いとか言われるとちょっと悲しくなるのだけれど」
 悲しげに眉を下げる伊都に、キョトンと目を丸くした狼は、小さく喉を鳴らし。

「いや、魔女の匂いはいい匂いだよ。甘くて美味しそうで」
 少年めいたアルトボイスに似つかわしくない言葉だ。

「な、なにそれ……」
 少年の声に真っ赤になった伊都をよそに、狼は結構な勢いですいすいと岸へ向かう。

「でもさ、今は熊のくっさい臭いがさ、甘い匂いを隠すようにべったり付いてんの、マーキングってやつさ。それが嫌な訳。いいからその嫌な臭い落としてこいって。そしたらウチに入れてやる」
 若い狼は身勝手に言いたい事を言って、水から上がり身震いして岩山の方へ去っていった。
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