緑の魔法と香りの使い手

兎希メグ/megu

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17章:女神の薬師はダンジョンへ

204.一週間前……ギルド会議室にて(中)

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彼はその美しい顔を曇らせて、申し訳なさそうに声を絞る。
「まさか、あのご令嬢が犯罪に走るとは思わず……私どもの読みが浅く、ベルさんにはご迷惑を掛けます」

彼の言葉に、はてと首を傾げる。
「……ご令嬢? えっと、一体誰の事でしょう」

私の知ってる令嬢って、数は限られているけど……まさかシルケ様の筈もないし。
うーん、と悩んでいると、アレックスさんが壁際からそっとヒントをくれた。
「おいおい、王都で殿下に招待された狩猟の時の事を忘れたのか。お前に魔法攻撃してきた貴族がいただろうが」
「あっ」

そういえば、王都で狩りに誘われた時、第一王子殿下の婚約者のご令嬢が、取り巻きの人達と一緒に攻撃魔法を放ってきた事があったっけ……。
王都からの帰り道の時、確か言ってたよね。
貴族が追っ手を掛けるかも知れない、って。

納得いったと頷く私に、アレックスさんは呆れた表情を浮かべる。
「何であれを忘れるんだ。ベルは自衛能力があったから助かったが、ただの薬師ならそれこそ形も残らず消し去られていたかも知れない状況だったんだぞ」
「え、何ですそれ、怖いんですけど」
私は今更ながらに震えた。魔力膜を晴れてなかったら、あの場で消し飛んでいたってこと?
「実際怖かったんだよ。はあ……丁度そこに殿下も顔を出したのもあって、あの場は大騒ぎになっただろうに、何を悠長な」
アレックスさんは額を押さえて呟く。
「何だかんだ、ベルは大物だよなぁ。攻撃魔法の使い手に取り囲まれて殺されそうになった事も忘れてました、ときた」
私はちょっとムッとして言い返す。
「だって、最近それどころじゃ無かったじゃない。詩人さんの事とか、新しいお店の事もあったでしょう? もう、ずっと一杯一杯で」
ここのところ目の前の事に必死で、王都での事を思い出す暇なんて無かったんだよ。

「……まあ、その件はまた後に相談する事に致しましょう。今は、かの令嬢が放った刺客について相談する時間です」
何となく緩んでしまった雰囲気を変えるように、詩人さんが口を挟んできて、話を無理矢理繋いだ。
「ともかく、王家も此度の事に憂いており、影ながら支援をする用意をしています」
と、詩人さんは殊勝な顔つきで続ける。
「水面下では情報操作も既に行っており、アレックスやベルさんは、冒険者としてダンジョンへ向かっていて村にはいないという噂を、旅商人や冒険者の口に上るよう細工しています。村潰しも標的が外に居る方がやりやすいのですし、おそらくはすぐさま村を襲う事はないかと」
そこでアレックスさんがからかうように詩人さんに声を掛ける。
「何だ、オレも込みで宣伝とは、随分手が込んでるな?」
「アレックスが大事な妹分・・にして被後見者・・・・を見捨てるとは思えませんでしたし、ね」
「ああ、求愛した相手・・・・・・を見捨てる訳ないな」
ハハハと笑いあう二人だけど、ええと、目が笑ってないよ。

「ところで、何で例の令嬢とやらが自由にしているんだ? 刺客を放ったりしているところを見ると、やはり貴族は貴族を罰せないのか」
アレックスさんは呆れたようにため息を吐き、首を振る。
あ、そこは私も気になる点だ。私だけでなく、第一王子様まで攻撃したっていうのに、何で彼女が凶悪犯なんて動かせたりしたんだろう?
疑問に首を傾げていると、詩人さんが珍しく声を荒げた。
「それは誤解です! 令嬢は離島に永蟄居とし、現在も俗世から離れた場所にありますし、彼女の家も、 現在所有する貴重な魔道具を他家に譲り渡した後、犯罪奴隷として罪に服す予定になっています」
慌てて詩人さんが訂正するも、アレックスさんの疑念は解かれないままのようだ。腕を組み、じっと詩人さんを見つめている。
「予定……ね。まあ、貴族のお嬢さんが単独で凶悪犯と渡り合う訳もなし、他者が介在しているのは確かだろうが……陛下も殿下も、ここまで足元が揺らいでいるとは、なかなか深刻だな」
うん? 何だか難しい話になってきたよ。例の貴族のお嬢様だけでなく、別の人もこの件に関わってるかも、ってこと?
それはまあ、箱入りお嬢様が犯罪者と直接やり取りするっていうのもおかしいし、その通りなんだろうけれど。
「……臣下の身においては、その点は忸怩たるものを感じています」
詩人さんは陰りのある表情で力なく言うと、唇を引き結ぶ。アレックスさんは、そんな友人の表情に何か思うところがあったのか、メタリックグリーンの髪を乱暴に左手で乱した。
「まあ、今更刺客が放たれた事は消せない。そこはきちんと後で追求するとして、今は対策を考えるか」

そんな二人をよそに、先程、王都からの援助があるという言葉を聞いてか、目にみえてマスターがホッとした顔をしていた。
まあ、所属した村の危機ですから、分からなくもないですけどね。
マスターの顔をちらりと見た詩人さんは、今度は対象をマスターにしたようで、こんなことを話し出した。
「そうそう、万が一を考えて、村に兵士を配す事も出来ますし、物資や武器防具、魔道具等も必要ならば揃えましょう。また、こちらの冒険者やアレックス達が、件の村潰しと言われる凶悪犯を捕まえて頂けるならば、プロロッカギルドにも報償が出るように状況を整える事が出来ます」

かなりあからさまなアピールだね、これ。
さっきマスターが弱気な事を言ってぽちや私を放り出そうとしてたから、わざと釘を刺したんだろうなぁ。
流石は人気商売の吟遊詩人だけあってか、人の心の機微に聡いよ。

マスターはその言葉に俄然張り切った。
「王都からの報償……! これで俺にも運が向いてきたか……! 王都に帰れる日も近いな」
ガタッと席を立ち、両の手を握り締めながらしみじみ言うマスターだけど、そんな事言う前にちゃんと仕事をして欲しい。
ギルドの職員を守るのだって、大事な仕事でしょう?
私が念を込めて睨むと、マスターは誤魔化すよう真面目な顔をして言った。
「よしよし。ベルは職員でもあるが、Aランク冒険者だしな。ここは凶悪犯を捕まえ、一緒に金一封を頂こうじゃないか! 所属冒険者の誉れは、ギルドの誉れでもある。ま、こっちからも主力を出すから、ガツンとやってやれよ!」
「はあ……」
主力って事は、酒飲みさん達でも応援に寄越してくれるのかな? それなら確かに心強いけども。
しかしマスター、本当に調子がいいよね。

なんて呆れてると「これは殿下の指示があったな」 と、アレックスさんが壁際でボソリと呟く。
「え?」
「奴の一存では口に出せない事を、さっきから軽々しく言ってるからな。王都の人に物資。たかが一貴族が動かしていい筈がない」
「なるほど……」
何でも、詩人さんは以前から第一王子の目と鼻となって動く諜報的な仕事もしてるんだそうで、彼に王子の権限を委任して、地上で動かしている可能性が高いとか。
うーん、政治的な事はよく分からないけど、詩人さんって、やっぱり凄い人だったんだね。
「現場の判断にしては思い切りが良すぎるし、大体そこまで活動資金に余裕がある訳もないだろう。まあ、殿下の指示と見ていい」

私は何だか感心してしまった。
「はあ……第一王子殿下も、アレックスさん獲得に必死なんだね」
大方、私を助けてアレックスさんの機嫌を取ろうって事なんだろうけど、王子様の権限まで使ってそれを成そうとするなんて……Sランク冒険者って、そんなに大事なんだ。
「は? 何でそうなる。これはそもそもベルを救う為の手立てだろう」
アレックスさんは信じられないものを見たって顔をした。
私とぽちは揃って首を傾げる。
「えっと、私に関しては詩人さんが担当してるんだし、こうして現場で動いたり、助けてくれるだけでも十分感謝するよ? あんまり大げさというか、規模が大きい話だからアレックスさん向けのアピールかと思うったんだけど、違うの?」
「それも含みだろうけどなぁ……ベルにも恩を売るつもりがあると思うぞ」

ぼそぼそとアレックスさんと話してると、耳に入ったのか、詩人さんが複雑な顔をしている。
あ、ごめんなさい。聞かせるつもりはなかったんですよ。

その後は何というか、マスターの王族へのアピールタイムとなってしまったので話が進まなくなり……。
その日は、一晩対策を各自考える事となって一旦解散したのだった。
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