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16章 女神の森に喫茶店を建てよう。

201.幕間:殿下はままならぬ現実に項垂れる

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幕間二本めです。
今回は久々の第一王子視点。
次回から、次の章に移ります。

報告遅れましたが、現在レジーナブックス様のレーベルサイトに、ぽちの書き下ろしSSが掲載されていますので、興味のある方はご覧下さい。

+++++++++++++

第一王子殿下はその夜も自室で酒を嗜んでいた。
魔法の灯りに照らされ読むのは、弟からの定期便だ。
地上から伝書鳥……と言ってもテイマーの使役するモンスターだが……の足に括られ王都の下の町に運ばれた手紙は、厳重に王室の紋章入りの箱に入れられてこの部屋に運ばれて来るのである。

「ふむ……ベル殿はなかなか手強いのだな」
可愛い弟は、現在、金の卵を産む新進気鋭の薬師にして、上位モンスターを使役獣に持つモンスターテイマーの女性を妻へ迎える為に地上に留まっている。
遣り手の弟何時もなら、早々に吉報が舞い込んでくるものだが……。

どうやら手紙によると、これがなかなか難しい相手のようだ。

「あの弟に全力で口説かれて靡かないとは……益々面白くなってきたではないか」
第一王子はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
いつも涼しい顔で世渡りしていた弟が、今頃慌てているだろうと思うと、兄としては少々愉快な気持ちになってしまうのである。
「悩め、悩め。己は常に完璧だなどと慢心しては足を掬われる。そういう意味で、ベル殿はあれの良い教材だろうよ。ベル殿を連れ王都に帰ってきたら、今度は貴族という名の怪物と戦うのだからな」

そうして機嫌よく笑っていると、自室のドアを控えめに叩く音が聞こえた。
「何だ」
声を掛けると、護衛官がドアを開いて用件を告げてくる。
「殿下、クンラート様が緊急の件との事でお見えです」
「こんな時間にか?」
第一王子の友人とされる同年代の青年の中でも、クンラートという男は最も真面目であり融通の効かない人間だ。
そんな男が、就寝の時間に訪れてまで伝えたい事とは……第一王子はその報告の重要性を感じ、ソファから立ち上がった。
「はい……何分、今すぐにお伝えしたい事があるとの旨」
「そうか、仕方ない。酒でも用意して客間に通しておけ。我も準備をしてすぐに向かう」
「はっ」
第一王子はそう申付けると、すぐに服装を整えて客間に向かった。

◆◆◆

「待たせたな、クンラート」
第一王子が客間に向かうと、そこには壁際に立つ見慣れた青年武官と絢爛豪華な内装に萎縮してソファに縮こまっている猫背の男がいた。
さっさと豪華な柄織りのソファに座る。目の前の卓に乗せられた酒や肴は、政敵に無駄な勘ぐりをされないようにとの用心で、友人を歓待するように見せかけるための偽装だ。

「いえ……このような時間に押し掛けて申し訳ございません」
クンラートと呼ばれた男は、実直な顔で深く頭を下げる。

「ああ、よせ。緊急なのだろう? 謝るよりさっさと報告を上げてくれ……ん?」
腰を落ち着けてようやく、第一王子はソファの端にちょこんと座る猫背の男に気づいた。
だが、落ち着かない様子でそわそわとチュニックの裾を弄っている男の顔に覚えはない。はて、誰だろうかと思いながらさっと視線を上から下に流す。
髪は切りっぱなしの不揃いのまま櫛も通さぬ様子で、仕立ての悪い木綿の服に装飾はなく、意匠もふた昔前ほどのもの……と、一瞬で判別した第一王子は、男が平民だろうと推測する。

いよいよ謎だ。何故、平民が城に?

服装だけではそれ以上の情報は得られない。第一王子は早々に男から視線を外すと、今度はクンラートへ声を掛けた。

「ところで、そこの者は?」
「はっ。緊急の件を城に知らせてきた裏ギルドの者です。何でも、村潰しなる犯罪者が王都に潜伏しており、その者が例の女性を狙っているとの事」
「……何? 村潰しだと」
第一王子は驚きに目を見開いた。

王子が知る村潰しと言えば、元冒険者で、多くのモンスターを使役し様々なダンジョンのボスを狩り、沢山の資源を持ち帰った、国を代表するモンスターテイマーの一人……だった。
そう、それは過去形だ。
その男は若い頃からコレクター的な性質があり、気に入ったモンスターを得る為ならば仲間の犠牲をも厭わない為、現役時代も諍いが絶えなかったのだが……。
つい数年ほど前の事だ。とあるテイマーの持つ希少な鳥型モンスターが欲しいからと、テイマーが住まう地上の小さな村に火を放って、モンスターを強奪したのだ。
村を焼くという行為は当然重罪であり、その男は死罪を申し渡された。
しかし、王都に護送中、奴は近くに潜めていたモンスターを使い、兵士を殺害して隣国へと逃げ去ったと言われている。
それから、行方が分からなくなっていたのだが……。

——そんな重罪人が今王都に居て、なおかつベル殿を狙っている、と? 第一王子は焦りを誤魔化すよう、ソファの肘掛けを指先で叩き始めた。
そして、今後の事を考え始める。
どうする? すぐにアレックスと一緒に王都へ呼び寄せるか。いや、村潰しという人間は王都すら破壊し兼ねない。
では地上を囮にするか? そこにはベル殿だけではない、弟もいる。
だが逃げ場のない浮遊島よりも地上の方が……。
ならば自ら地上に降りるというならばそれは見逃すべきだ……。

高速に思考が巡る。

第一王子が考える間にも、報告は続く。
「丁度その時、私は詰所に居たのですが、内容を聞いて、殿下に直接伝えるべきではないかと愚行致しました。この者は、裏ギルドの依頼の詳細を知るそうですので」
「そうか。ではクンラート、並びにそこの者。報告をせよ」

「はっ……」
「へ、へへえっ」

◆◆◆

第一王子は二人を下がらせた後、客間にて酒を飲みながら考えていた。
「村潰し、か……しかし、ベル殿の使役獣を狙うとは、つくづく運の悪い男だ」
くっくと喉奥で笑う。

あれからよくよく考えれば、村潰し程度の存在が彼女らの脅威になれるのか、という疑問が湧いてきた。
そして、それは難しいのではないかと第一王子は思った。

ひ弱なベルでは厳しいが、地上最強とされるシルバーウルフと、若手最強のSランク冒険者が側に居るというのに、どうやってベルを暗殺するつもりなのか。
正直……己の手で成し遂げようと思っても、なかなか上手く想像が働かないぐらいの、それは難事であった。

「実際、これはアレックスやベル殿に恩を売る絶好の機会だからな、情報に物資に人材、彼らが欲するなら、何でも用意してやろう」
そうして恩を売りつけておけば、そのうち二人も現実の厳しさに気づいて、安全な王都へ上がるかも知れない……その下準備として、私財程度なら幾らでも削ろうと彼は思うのだ。

「まあ、あの男は無駄に集めた使役獣という武器があるが……どこまで、数で対抗出来るものだろうな?」
ベル殿もまた、一人ではないというのに……。

第一王子は、一杯の酒を干すと寝室に戻る事にした。
明日の朝になったら、本格的に国の未来を担う若者達を支援する為、本格的に動き出すのだ。

……今でなくとも、その先に。第一王子の長い手は未来へ向けて種を蒔いていくのであった。
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