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16章 女神の森に喫茶店を建てよう。
199.すれ違う思いと、新たな求婚者!?(下)
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「そう、オレだ。オレならぽちの散歩にだって付き合えるし、ベルの飯ならいつだって食べたいぞ。最後の日にだって一緒に居たいと言うなら、居てやる。まあ何だ、ベルが世間の風に負けて村を逃げ出した頃から考えてたんだよな。果たして、ベルを任せられる男が居るかって」
さらりとアレックスさんは言うけど、それってあの、つまり、私とけ、結婚、するとかいう話ですか?
何だか予想外の方向に転がっていって、私は頭が真っ白だ。
「ちょ、ちょっと、待って下さい。アレックス、貴方本気ですか?」
「うん? いや本気だぞ」
「は? え? ……いや、何で」
詩人さんはアレックスさんの言葉に大慌てだ。
「いやな、先日よくよくベルを任せられる相手を考えたんだが、候補に挙げるのも難しい事が分かったんだよなあ。例えばヴィボなら信頼は置けるが、ちょっと年が離れ過ぎてるだろ。マスターは駄目だ。あれはベルを自分の王都復帰のために何処ぞの貴族に売りそうだからな。えーと後は……」
あ、ああー! ひょっとしたら、先日真面目にソファで考え込んでた内容って、これだったんですか。知らなかったよ。
「アレックス! 貴方、今更何を言い出すんですか! 私だって、引けない立場なんですよ!」
アレックスさんの突然の立候補に、悲鳴のような声を上げた詩人さん。
気持ちは分かる。私も実際、混乱してるし。
え、何、何でこの人こんなにさらっと結婚の話しとかしてるの?
「お前の立場なんか知るか、この女ったらし。ベルの人生の方がよっぽど大事だ」
そこでようやくアレックスさんはこっちを見た。ちょっと話題のせいでドキッとする。
いやシスコンにドキドキしてどうするんだと思って心を落ち着かせていると、極めて自然にアレックスさんは私に言った。
「ベルはどうだ? とりあえずオレって事にしとかないか」
「あの、何でそんなに軽いんですか」
何だかいつも通りで、全然告白されたような気がしないよ。
「うん? ああ、こりゃ確かにムードもへったくれもないな」
そう言って笑った彼は私の前に来ると、いつかのように片足を突き、私の右手を取って、畏まった様子でこう言った。
「ベル、お前はオレの大地、オレの泉。オレの豊穣の女神にして女神の薬師であるお前と、大地と大樹の間柄のように長く添いたいと願う。どうだろう、最後の日まで一緒に暮らさないか」
緑の瞳が優しく私を見つめ、古風な台詞に感情が乗る。
それは詩人さんのプロポーズの言葉と同じ。なのに、なんだかすんなりと心に沁みた。
だから、私の言葉は……。
「……は」
「待って下さい! 私も心を入れ替え鋭意努力致しますので、どうかその言葉に答える前に、機会を与えて下さい!」
「ええっと……?」
答える間もなく、詩人さんが私達の間に突っ込んできた。
そうなれば何だか、アレックスさんの突然のプロポーズへの返事は、次の機会にとなってしまって。
……ええっと、うん。
本当に唐突だったしね。ちゃんと考えて答えを出すのには、丁度いいのかも知れない。
「詩人さんと話しもして、森に逃げてる理由も無くなったし、一旦村に帰ろうかな……」
そしたら、カロリーネさんやヒセラさんに相談してみようかなぁ。ブラコンなカロリーネさんには嫌がられるだろうか。
「くうん」
え、ぽちはアレックスさんがいいって? そうだね、いつもお肉くれるもんね。
そうして私達が結婚するのしないのとやってる間も、魔法を使った高速建築は側で行われていて。
私がようやくマスターに話しかけられるようになった頃には、もう基礎工事が終わり、骨組みを立てようかというところまで進んでいた。
「と、止められなかった……何か勝手に増築された……」
基礎まで作られたんじゃ、工事を止められる段階じゃないよ。
がっくりと肩を下げる私に、マスターが詩人さんによくやったと肩を叩いてる。
「いえ、まあ、ベルさんの足止めは、こちらに連れて来て頂く代償でしたから」
そ、そんな約束してたのか……なるほどやたら引き止める訳だよ。
うう、もう、大人って汚い。
こうして、私の小さな森のお店は、何故だか冒険者ギルド付きの豪華な建物へと変わってしまったのでした。
本当に大人って汚いよね。
◆◆◆
……思えば、この頃はまだ平和だった。
それから一週間後。
喫茶店の完成を見てから一度村へ帰ろうとのんびり考えていた時に、とある報告が届く。
「うん、あれは……」
アレックスさんの声に釣られてロッジの窓を見ると、緊急を告げる伝書鳥がコツコツとガラス窓を嘴で叩く姿が見えた。
アレックスさんが窓を開くと、窓枠をとことこ歩いてきた鳥が彼の腕に留まる。
「珍しいな、ダンジョンに緊急便を放つなんてよっぽどだぞ。一体誰からだ?」
首を捻りながらも、彼は足に括り付けられた紙を取って、小さな紙片をしげしげと眺めた。
「……はあ。確かにこりゃあ緊急だ」
そして、渋い顔をしてため息を吐く。
「どうしましたか?」
その時は丁度お昼どきで、私は建築現場の人達にお昼を持って行って貰おうと、大量の具沢山スープを作っていた。
これに、ヴィボさん製の黒パンを添えて出すつもりだ。
で、現場にはアレックスさんに持って行って貰おうと思ってロッジに待機して貰っていたんだけど……。
「伝書鳥って、人避けのされた場所にも迷わずに来るんですね」
「まあ、人避けだしなぁ。じゃなくて、マスターから伝言だ。どうやら、ベルを狙って王都の貴族が動き出したらしい」
「えっ」
王都の貴族が?
何で?
思わず首をかしげる私に、アレックスさんは苦笑しながらも詳細を話してくれる。
「伝書には詳細は載ってないが……まあ、オレもお前も、貴族のご令嬢とトラブルがあったばかりだろう」
「ああ、そういえばそんなことがあったような」
私は森の中でのトラブルを思い出す。
「そういえば、第一王子様の婚約者候補のご令嬢とそのご友人に、命を狙われた事もありましたね」
詩人さんに追い掛けられてる間にすっかり忘れてた。
「おいおい、大物だな。まあともかく、オレかお前か、あるいはどっちもか。専門の暗殺者が派遣されたようだって話で……まあ、まずは話しをする為に、ギルドへ顔を出せってマスターから連絡があった」
どう見ても猛禽な鷹っぽい鳥に小さく千切ったお肉をあげてから、アレックスさんは窓辺から鳥を空に放った。
そして、ため息ひとつ。
「全く……オレもベルも、貴族と相性がとことん良くないな」
「そうですね」
私たちはそうして、重い気分で、村へと帰る用意をし始めたのだ。
+++++++++++++
これにてこの章は終了です。四日間連続更新にお付き合い頂きましてありがとうございました。
二話ほど他者視点を挟んで、次の章に移ります。
久々にダンジョンなどもありますよー。
さらりとアレックスさんは言うけど、それってあの、つまり、私とけ、結婚、するとかいう話ですか?
何だか予想外の方向に転がっていって、私は頭が真っ白だ。
「ちょ、ちょっと、待って下さい。アレックス、貴方本気ですか?」
「うん? いや本気だぞ」
「は? え? ……いや、何で」
詩人さんはアレックスさんの言葉に大慌てだ。
「いやな、先日よくよくベルを任せられる相手を考えたんだが、候補に挙げるのも難しい事が分かったんだよなあ。例えばヴィボなら信頼は置けるが、ちょっと年が離れ過ぎてるだろ。マスターは駄目だ。あれはベルを自分の王都復帰のために何処ぞの貴族に売りそうだからな。えーと後は……」
あ、ああー! ひょっとしたら、先日真面目にソファで考え込んでた内容って、これだったんですか。知らなかったよ。
「アレックス! 貴方、今更何を言い出すんですか! 私だって、引けない立場なんですよ!」
アレックスさんの突然の立候補に、悲鳴のような声を上げた詩人さん。
気持ちは分かる。私も実際、混乱してるし。
え、何、何でこの人こんなにさらっと結婚の話しとかしてるの?
「お前の立場なんか知るか、この女ったらし。ベルの人生の方がよっぽど大事だ」
そこでようやくアレックスさんはこっちを見た。ちょっと話題のせいでドキッとする。
いやシスコンにドキドキしてどうするんだと思って心を落ち着かせていると、極めて自然にアレックスさんは私に言った。
「ベルはどうだ? とりあえずオレって事にしとかないか」
「あの、何でそんなに軽いんですか」
何だかいつも通りで、全然告白されたような気がしないよ。
「うん? ああ、こりゃ確かにムードもへったくれもないな」
そう言って笑った彼は私の前に来ると、いつかのように片足を突き、私の右手を取って、畏まった様子でこう言った。
「ベル、お前はオレの大地、オレの泉。オレの豊穣の女神にして女神の薬師であるお前と、大地と大樹の間柄のように長く添いたいと願う。どうだろう、最後の日まで一緒に暮らさないか」
緑の瞳が優しく私を見つめ、古風な台詞に感情が乗る。
それは詩人さんのプロポーズの言葉と同じ。なのに、なんだかすんなりと心に沁みた。
だから、私の言葉は……。
「……は」
「待って下さい! 私も心を入れ替え鋭意努力致しますので、どうかその言葉に答える前に、機会を与えて下さい!」
「ええっと……?」
答える間もなく、詩人さんが私達の間に突っ込んできた。
そうなれば何だか、アレックスさんの突然のプロポーズへの返事は、次の機会にとなってしまって。
……ええっと、うん。
本当に唐突だったしね。ちゃんと考えて答えを出すのには、丁度いいのかも知れない。
「詩人さんと話しもして、森に逃げてる理由も無くなったし、一旦村に帰ろうかな……」
そしたら、カロリーネさんやヒセラさんに相談してみようかなぁ。ブラコンなカロリーネさんには嫌がられるだろうか。
「くうん」
え、ぽちはアレックスさんがいいって? そうだね、いつもお肉くれるもんね。
そうして私達が結婚するのしないのとやってる間も、魔法を使った高速建築は側で行われていて。
私がようやくマスターに話しかけられるようになった頃には、もう基礎工事が終わり、骨組みを立てようかというところまで進んでいた。
「と、止められなかった……何か勝手に増築された……」
基礎まで作られたんじゃ、工事を止められる段階じゃないよ。
がっくりと肩を下げる私に、マスターが詩人さんによくやったと肩を叩いてる。
「いえ、まあ、ベルさんの足止めは、こちらに連れて来て頂く代償でしたから」
そ、そんな約束してたのか……なるほどやたら引き止める訳だよ。
うう、もう、大人って汚い。
こうして、私の小さな森のお店は、何故だか冒険者ギルド付きの豪華な建物へと変わってしまったのでした。
本当に大人って汚いよね。
◆◆◆
……思えば、この頃はまだ平和だった。
それから一週間後。
喫茶店の完成を見てから一度村へ帰ろうとのんびり考えていた時に、とある報告が届く。
「うん、あれは……」
アレックスさんの声に釣られてロッジの窓を見ると、緊急を告げる伝書鳥がコツコツとガラス窓を嘴で叩く姿が見えた。
アレックスさんが窓を開くと、窓枠をとことこ歩いてきた鳥が彼の腕に留まる。
「珍しいな、ダンジョンに緊急便を放つなんてよっぽどだぞ。一体誰からだ?」
首を捻りながらも、彼は足に括り付けられた紙を取って、小さな紙片をしげしげと眺めた。
「……はあ。確かにこりゃあ緊急だ」
そして、渋い顔をしてため息を吐く。
「どうしましたか?」
その時は丁度お昼どきで、私は建築現場の人達にお昼を持って行って貰おうと、大量の具沢山スープを作っていた。
これに、ヴィボさん製の黒パンを添えて出すつもりだ。
で、現場にはアレックスさんに持って行って貰おうと思ってロッジに待機して貰っていたんだけど……。
「伝書鳥って、人避けのされた場所にも迷わずに来るんですね」
「まあ、人避けだしなぁ。じゃなくて、マスターから伝言だ。どうやら、ベルを狙って王都の貴族が動き出したらしい」
「えっ」
王都の貴族が?
何で?
思わず首をかしげる私に、アレックスさんは苦笑しながらも詳細を話してくれる。
「伝書には詳細は載ってないが……まあ、オレもお前も、貴族のご令嬢とトラブルがあったばかりだろう」
「ああ、そういえばそんなことがあったような」
私は森の中でのトラブルを思い出す。
「そういえば、第一王子様の婚約者候補のご令嬢とそのご友人に、命を狙われた事もありましたね」
詩人さんに追い掛けられてる間にすっかり忘れてた。
「おいおい、大物だな。まあともかく、オレかお前か、あるいはどっちもか。専門の暗殺者が派遣されたようだって話で……まあ、まずは話しをする為に、ギルドへ顔を出せってマスターから連絡があった」
どう見ても猛禽な鷹っぽい鳥に小さく千切ったお肉をあげてから、アレックスさんは窓辺から鳥を空に放った。
そして、ため息ひとつ。
「全く……オレもベルも、貴族と相性がとことん良くないな」
「そうですね」
私たちはそうして、重い気分で、村へと帰る用意をし始めたのだ。
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