上 下
97 / 138
十五章:懐かしの村とプロポーズ

189.幕間:気になるあの子はつれない娘〜詩人と平民魔術師の話

しおりを挟む
ランプの灯りが照らす落ち着いた雰囲気の酒場で、二人の男が話している。

一人は詩人、もう一人は魔術師。
都から来た有名人二人とあって、辺境の村では普段は目立つが、暗黙の了解で互いを空気のように扱うこの好事家が開いた酒場では、誰もが見ないふりだ。

二人は再開を祝い、一年に三樽しか出ないという貴重な酒を酌み交わす。

「まさかこんな所で会うとはねー」
オーラフがそう言って笑うと、ドミニクスも頷いた。
「そうですね。私も驚いています」

この二人は、境遇が近い事もあって学生の頃から仲が良かった。
国王の妾の子であるドミニクスと、とある上位貴族の愛人の子であるオーラフ。
貴族ばかりの魔法学校にたまたま魔力に優れているからと放り込まれ、されど己の血筋も誇れぬ日陰の身として、貴族子女らに白い目で見られていた二人だ。
同じ悩みを持つ二人であるからこそ、相談があると、王都の繁華街に出向いては、田舎料理を出す店でこっそり話していたものだった。

「そういえばさー、噂は本当なの? 王都の有名な詩人が、小さな女の子のお尻を追いかけ回してるって聞いたけど」
オーラフのあんまりな言い草に、詩人は危うく酒を吹き出すところだった。
「ゴホッ……お尻……ま、まあ、そうですね。ベルさんには、日々求愛の言葉を囁いておりますよ」
咳き込みつつも何とか言い返すドミニクスだが、今度はオーラフが吹き出す番だった。

童顔の魔術師は、緑の目をまん丸くして友人に聞き返す。
「……ッゴホ、きゅ、求愛?」
「求愛です」
「誰にだって?」
「ベルさんに」
学生時代より浮名を流す軟派な男だが、これが至極真面目な顔で言うのだ。
オーラフは友人の言葉を信じる他ない。

「何で……って、ああ。王都にアレックスを引っ張り上げる為かぁ。ベルちゃんの事、あいつ妹みたいに可愛がってるしねぇ。効果はありそうだ。うんうん。少なからず顔を見る為にも、年に何度かは通いそうだよね」
成る程ねぇと、勝手に納得してしきりに頷くオーラフだが、ふとそこで疑問に首を傾げた。
「でも何で命令とかしないの? 君が国王の子である事なんて皆知ってるし、それこそ今までの活躍を報いる形で貴族の位でも貰ってさ、後はまあ適当な理由でベルちゃんとの縁談を君のお兄さんにでも結んで貰えばいいじゃない」
「それは私も考えましたが、殿下はそれではアレックスが怒るだろうと」
「あー。あいつたしかに過保護だしねー。自分のせいで政略婚、となれば怒るかー。ならさ、ベルちゃんの方に何かうまく働きかけてさー。惚れさせて自分から行かせりゃいいじゃない。ほら、君の自慢の顔で?」
「……それは、もう一ヶ月程やっているのですがねぇ」
ほとほと困り果てた、という顔でため息を吐く友人に酒を勧めつつ、自らも美酒を傾けながらオーラフはしみじみと言った。
「そっかー。そりゃ難敵だねぇ」

詩人に一ヶ月も口説かれて落ちない女性は初めて見た、と。彼の女癖の悪さを知っているオーラフは内心ベルに感心している。

「しかし、らしくないよねぇ。いつもなら多少色ごととかでさー、君なら強引に行っちゃうじゃない?」
こと色事に掛けては歴戦の男に、カットフルーツを摘みつつ聞けば、彼はゆるゆると首を振った。
「シルバーウルフが常に側に居てそれが出来たら、その人物は物凄い偉丈夫か何かですね」
燻し具合が何とも絶妙なシカ肉のジャーキーを摘みながら、ぼそりと呟くドミニクスの表情は暗い。
「ああー。そっか、最強の護衛が居たねぇそういや。ボクも微妙に彼には嫌われてる」
からから笑うオーラフに、嫌そうな顔でドミニクスは言った。
「貴方は気に入った相手だと、大体からかって遊びますからねぇ。そのせいでしょう」
「あはは、言うねぇ君も。それにしても、アレックスを引っ張る為ならば妹ちゃんでもいい訳じゃない? 彼女なら箱入りだし君の外面にも騙されそうだし、いい的じゃないかと思うんだけどなー。それじゃダメなの?」

そこで意外にも、ドミニクスはきっぱりと言い切った。
「駄目ですねぇ」

オーラフはその強い語調に首を捻る。
「何でさ?」
「ベルさん自身にも旨味があるからですよ、そこは。ぱっと新しい料理の開発が出来てしまったり、強力なモンスターを連れていたり、新薬のレシピを国に卸したりと、どう考えても彼女は捨て置けない能力の持ち主ではありませんか」
「あ、そっか。そういや、ベルちゃんは色々器用な事するもんね。と、すると、大変だねぇ。振られ慣れてないだろうに、相手が頷くまで頑張るんだー」
「そういう貴方も、とある女冒険者に振られ続けていると聞いておりますが?」

二人は互いを貶しつつ、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。

「…………」
「…………」
「……ねえ、あのさ」
「……はい」
「お互い傷付くし、この話やめよう」
「そうですね」

しかし結局お互い無駄に傷付くだけだと気付いて早々と貶しあいをやめた。
いい大人同士、その辺りの切り替えはお手の物だ。

そして新しい酒を頼み、再度乾杯で仕切り直す。

「そういえばさー、ボク、君に一つ聞きたい事があったよ」
ナッツを齧りながらオーラフが軽い調子で言う。
「何ですか改まって」
だから、ドミニクスの返す言葉も軽くなる。
だが、オーラフから出てきた言葉は意外にも重い内容だった。
「いやさー、こういう席でないと聞き辛い感じだからさ。んで聞くけど、どうしてそこまで君を日陰に置く王族に仕えようとするのかな?」

ドミニクスはツマミのナッツを一つ齧ってから、僅かに躊躇うように瞳を揺らし、次いでため息を吐いた。

「そう、言われますと……難しいですねぇ」
「難しいの?」
「ええ。幾らでも答える事は出来ますが、言葉に表すと全て嘘になるような気がします。例えば、血の繋がりによる情であるとも言えましょうし、育てて貰った恩義を返す為であるとも言えます。ですが、それはきっと私の本心ではない」
「ああ、うん……それはボクにも分かる」
オーラフも、今仕えている家についての気持ちは同じだ。
家名は名乗れず、同じ血を引く正当な子のようには扱われずとも、確かに養育面でも後ろ盾としても、確かに支えてくれているのだから、裏切る気持ちは湧きにくい。

確かに何とも、難しい話だ。
二人はしばらく、酒を静かに飲み続けた。

次に口を開いたのは、ドミニクスの方だった。
「さて。この件、貴方の後ろ盾に報告されますか?」
「うん?」
聞かれたオーラフは目を瞬く。
確かにオーラフの後ろ盾は貴族派と呼ばれる国王との対立派閥ではあるが、それが何だと言うのかと。
「貴族派としては、国王派にアレックスの被後見者が嫁すという情報は捨て置けないものでしょう。若手で唯一のSランクがはっきりと派閥を決めるようなものですからね」
「さあねぇ、どうだろ。ボクは今、王都を離れてるし、別の任務中だからね。そういう政治的な事は知らないよ」
「貴方……それでいいのですか?」
ドミニクスは困惑の表情を浮かべた。
「ボクはここに羽根を伸ばしに来たのー。いいじゃない、聞かなかった事にするさ」
耳を手で塞ぐような素振りで、軽く流してしまう悪友の自由さに、この時初めてドミニクスは羨望を覚えた。

「ああ、貴方のように自由に振る舞えれば、私もきっと楽でしたでしょうに」

ドミニクスは小さく呟くと、目を閉じる。
だが、それは出来ない。
子守唄の如くに母に夜毎聞かされた王族への忠誠は、彼の胸に深く刻まれてしまっている。

「私の忠誠は殿下に捧げられている……それはもう、曲げられないのです」

その呟きは、酒精の高い芳醇な酒で流されるように、静かな酒場の雑音に紛れてしまった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,349pt お気に入り:6,322

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,130pt お気に入り:7,486

ショタ神様はあくまで『推し』です!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:791pt お気に入り:4

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:6,760pt お気に入り:1,618

猫の姿で勇者召喚⁉︎ なぜか魔王に溺愛されています。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:546

【完結】わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:33,818pt お気に入り:2,394

世界神様、サービスしすぎじゃないですか?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,444pt お気に入り:2,211

【完結】道をそれた少女は別世界でも竹刀を握る

恋愛 / 完結 24h.ポイント:326pt お気に入り:632

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。