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十五章:懐かしの村とプロポーズ

185.置き手紙と、思わぬ暴露。

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【お知らせ】
近況ボードでお知らせしておりましたが、本日、書籍化につき本文の一部引き下げをさせて
頂きます。
予定では午後11時頃です。(多少前後する可能性もあります)
未読の方がいらっしゃいましたら、この機会にお読み頂ければ幸いです。


+++++++++++++

あれからも詩人さんの猛アタックは続いた。
私はその強引さに考える暇もなく、口達者な彼に流されそうになる度に必死にブレーキを掛けて断って。
でも、周りは皆彼の味方なわけでしょう?

「何であんな良縁を断るんだい?」
「正直何が問題なのかワシにゃ分からんねえ」
「お前さん、折角都に上がれるというのに、何を戸惑うというのだい?」

まるで私が悪者みたいに、周りは詩人さんを擁護するわけだ。

「アレックス様に続き、ドミニクス様まで……どこまでも私の愛を阻む女……妬ましい」
そして、王都に行ける事を羨ましいと妬む者もいて……って、あ、お久しぶりですね、イサベレさんの相棒の惚れっぽいお姉さん。
喫茶店のカウンター越しにそんな恨めしそうな顔で睨まれても、私どうしようもありませんよ。
「そんなに嫌なら、私に寄越せばいいのよ……そうすれば私は、王都で美形吟遊詩人の片腕の美人冒険者として成り上がって……」
お姉さんはおどろおどろしい声言ったと思えば、途中から夢見がちにどこかへトリップしちゃった。

「えっと……」
そう言われると、どうなんだろう?
改めて考えれば、嫌っていうか、裏がありそうなプロポーズに戸惑ってる、っていうのが正直な所かな。
詩人さん自身は悪い人でないし、身元も確かだし。お見合い結婚の相手としては悪く無いっていう、そこは理解している。
でも……何だろう。言葉にはなかなか出来ないけど、何か引っかかるんだよねぇ。
それで返事を保留しちゃっているんだけど。

「そこで私は、彼にこう言うの……! 貴方のその声はこの国の宝だもの、私が守るのは当たり前よ、それに私達、もう一心同体の存在でしょう? そこで彼は情熱的に私を抱き寄せて……!」
感極まる様子で語るお姉さんを、本日も甘味を楽しみにしてお店に来たフロアのお客様が呆気に見てる。
あ、どうしよう、迷惑そうだし止めなきゃ。
と思ったら、彼女の頭からゴンって凄い痛そうな音がした。

「ああ、ゴメンなベル。こいつ真面目に病気なんだ……今度はどうも、王都の吟遊詩人に惚れられ王都で花咲く自分って夢を見てるらしくてさぁ……まあ、すぐ連れてくからオレまで出入り禁止にしないでくれよ? ここの甘味はオレの唯一の楽しみなんだ」
「はっ!? わ、私何をして」
「あー、ハイハイ。いっつも言ってるけど、お前さぁ、周りの迷惑考えて夢見ろよ」
相棒のお姉さんの頭を力強く叩いて正気に戻すと、イサベレさんが彼女をズルズル引きずっていく。
えっと、お疲れ様です……?


そんな感じで、まあとにかく周りから色々言われていてね。
それに私は疲れてしまって……。

疲労困憊した私はぽちだけ連れて「探さないでください」 の置き手紙と共に森に逃げたんだ。
それは、夏の終わりの事だった。


そこは女神の森の中。
「お母さん、私もう嫌だよー」
悲鳴のような声をあげ、大樹の木陰でのんびり休んでる大きな狼のお腹に懐くと、お母さんは「仕方ないわねえ」 とばかりにフサフサ尻尾で背を撫でてくれる。
「皆、良縁だ、素晴らしい事じゃないかって……まるで私の事を好きでない人を勧めてくるの」
ふかふか温かなお母さんのお腹で私は呟く。


どうして、詩人さんが私を好きでないと思うかって?

だって、彼って私の能力を褒める事はあっても、私自身の事を褒めたりしたことが無いんだよね。
『全く貴女の薬師の腕は素晴らしいものですね』
と言ったり。
『貴女から時折に漂う香しい魔力は、とても好ましいものです。私達の子供は、きっと強い魔力を持つ素晴らしい魔法使いとなるでしょう』
と、意味深な事をあの綺麗な顔でうっとりと話したりするんだけど。

性格面について言う時は……。
『ああ全く、貴女の率直さには驚きます。男顔負けのそのよく回る口を、私の唇で塞いでしまいましょうかね』
なんて、笑顔ながらどこかトゲのある言葉で返したり。
『貴女の事を嫌いなんじゃないかって? いえ、まさか。その素晴らしい魔力、素晴らしい技能、そして良好な交友関係……かように素晴らしい貴女を、妻に迎えない理由など何処にもありません。ただ最近思うのは、貴女とは男女の仲より友人としての方が長続きするような気も……するのですよねぇ』
なんて、考え込むような真面目な顔でぽつりと本音を漏らしたり。


「完全に政略ですよーって、態度に出てるよね。それはまあ、逆に誠実なのかも知れないよ? 貴女の能力を買って私は婚姻を結びますって事で、ね。でも、でもね」
恋愛結婚が当たり前の世界からやって来た人間としては、やっぱりカルチャーギャップがすごい訳だ。
まだまだ前世の恋愛観を捨てきれない私は、そこにどうしても引っかかってしまって。

「少しでも、少しでもね。私を好きだって思ってくれてるなら、一緒に未来を描いてくれるなら……その先を考えられるんだけど」
私を好きでもない、ただ私の能力や私のバックを目当てにしてる人と、家庭を築けるかっていうと、まあ、その。

「うーん、嫌だなぁ。大体私の能力目当てなら、それって仕事上の契約でいい気がする。何でいちいち私をドキドキさせるかっていうのも謎だし。私を惚れさせて言うこと聞かせようとしてるなら、お財布目当ての誰かさんと同じなんじゃ……あ、何だか暗い過去を思い出しそうだよ……」
ブツブツ呟きながら、ぽちと一緒にお母さんのお腹に埋まってゴロゴロする。
あー、お母さん温かい……。

そのまま、うとうととお母さんのお腹で微睡んで……。


ガサリと、土を蹴るような音を聞いて私は目を覚ました。

お母さんのお腹から眠い目を擦りぼんやりした目を向ければ、そこにはアレックスさんの姿がある。

「アレックスさん……?」
温かなお腹から身を起こし、乱れた裾を直すとふらふらと立ち上がる。
土埃に汚れた裾をパタパタ払っていると、彼は呆れた様子を隠さずに言った。
「おい、あの置き手紙は無いだろ。喫茶店の奴らが思い詰めての失踪かと気を揉んでるぞ」

呆れ顔の彼に、私は傍のぽちを撫でながらムッとして返す。

「思い詰めての失踪ですもん」
「はあ?」
じゃれるように手を舐めるぽちを撫で回しつつ、ふいに突いて出た言葉を、そのままの勢いで吐き出した。
「大体……詩人さんが悪いんじゃないのっ! いちいち気もないのに干物な私をドキドキさせたり、思わせぶりな態度取る割には全然私の事好きでなかったり!! 本当の目的だってアレックスさんを王都に引き上げる為で、その為の政略婚だと、私だって分かりますしっ」

彼は私の唐突な感情の爆発ぶりに、ポカンと口を開けていた。

「私はねっ、恋愛結婚の可能性をまだ捨ててないんですっ! そりゃあこの世界では二十才なんてもう嫁ぎ遅れのオバサンでしょうが、私の国では晩婚化していて、まだ大抵の人は勉学に仕事に忙しくて結婚を考える時期じゃないですしっ! この世界は何もかも駆け足過ぎて考える暇も無いんですよっ! もうっ、もうっ!!」
勢い余って盛大に零した私に向かって、アレックスさんがふと口を挟んだ。

「おい、お前、記憶が戻って……」
「あっ」
私は慌てて口を塞ぐ。

そういえば、私、前世の事とか話すの難しいからって、一応記憶喪失ってことにしてたんだっけ?
あれ、これ、どうしよう。

ちらりとアレックスさんを見ると、彼は難しい顔をしていた。
うーん、ここは、彼を信じて腹を割って話すしかないかな……。
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