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十五章:懐かしの村とプロポーズ

177.強行軍と懐かしの村

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王子様たちが揉めてる間にこっそりと場を後にし、ロープウェイを使って、私達は荘園から逃げ出した。
馬はロープウェイの乗り場の前に置いて、係の人には急の用事を思い出したとか適当に言って動かして貰う。
……まあ、後から何か言われても、その頃には王都に居ないだろうし、適当な内容でもいいよね。急いでるのは確かだし。
係の人は、特に追求もせずに私達を乗せてくれた。

荘園から引き返して来ると、お城の付属のロープウェイ乗り場に着く。
ワゴンがゆっくりと乗り場に着けば、私達は素早く降りる。
「おや、魔法騎士殿。まだ狩のお時間かと思いますが、何かございましたでしょうか」
流石にお城の人は私達が早く戻って来て驚いたのかアレックスさんに聞くけど、アレックスさんが思いっきり作り笑いでさっきの言い訳をまた繰り返して、強引に彼らの追求を振り切ってしまった。
ああ、何だか係の人がオロオロとしてる。詳しくは言えないの、ごめんなさいね。

そうしてアレックスさんの顔パスでお城を出ると、すぐに街の華やかな大通りに出る。
いつも通りにポニーっぽいゴーレムが引く馬車を見つけてホテルに戻るのだけど、王子様と侯爵令嬢達が揉めてる間にすぐに逃げて来たのが幸いしたのか、私達を追う者はまだ居ないようだった。
気配に鋭いぽちも、アレックスさんも平然としたものだしね。

「ここからは時間との戦いだ」
アレックスさんはホテルに着くなり、表情を引き締めて呟く。私は頷いた。
この「浮かぶ城」 は、王都の貴族の影響力がとても強い。相手が高位貴族であれば尚更に。
そんな所で悠長にしていれば、私達はすぐ様あの令嬢の前に引き出され、そして私刑に合うだろう想像出来る。
そうなれば……今度こそ生きては帰れないだろう。そんなのは、嫌だ。
ここまで苦労して来て、ようやく薬師の資格も取れたのに。差別主義の人に目を付けられただけで命までなくすとか、どう考えてもおかしいよ。
この世界は厳しい。今回はその厳しさの一つにぶち当たったんだろうけど、私は貴族だから仕方ないとか、平民だから虐げられても当たり前とか、そんな理由で納得したくない。
私はまだまだ、ぽちやアレックスさんや、喫茶店の皆、オババ様やヴィボさん、この世界で出会った掛け替えのない人達と楽しく毎日を過ごしていたい。

だから、諦めない。絶対逃げてやろうって思うんだ。


私達はそのままホテルの部屋に戻り、ベッドルームなどに出してあった私物を回収したり、チェックアウトしたりした。
思えば一ヶ月もこの部屋で過ごしたのかと、しみじみとしてしまう。
落ち着いたアンティーク調の家具に囲まれたその部屋のベッドに座り、私は一つ息を吐く。さらさらしたベッドシーツ、ふかふかのベッド。最初は緊張していたのに、今となっては私室と変わらないぐらいに馴染んでしまった。
この部屋ともお別れとなると、何だか寂しいような。
おっと、いけない。のんびりしてる場合じゃなかった。
慌てて寝室から出て、いつも朝食などで使っていたリビングに戻るとオババ様に軽く事情を話した。
「……そんな訳で、急ですが地上に戻らないといけなくなってしまったんです」
すみません、と頭を下げると、オババ様はどこか達観したような顔で「まあよくある事じゃな」 とあっさり言った。
「貴族という輩はなぁ、どうにもそういう所がある。己の尺度でしか物を測れぬ者が多く、視野も狭い。それはこの狭い浮遊島に長く留まったから故か……いや、そんな事はどうでもいいな」
オババ様はテーブルに着きお茶をゆっくり飲むと、私の方をちらりと見て。
「残念ながら、ワシは弟が面倒な事ばかり言うでな、まだ帰れんようじゃ。急いでいるならまだ飛行船の最終便に間に合うかも知れぬ。さっさとお行き」


そうしてオババ様に背を押されるようにして私達はホテルを出た。
帰りは、私とアレックスさん、ぽちの二人と一匹の旅になるようだ。
煩型のオババ様と賑やかな詩人さんが居なくなると、ちょっと静か過ぎるかも知れないね。

大通りを走るゴーレム馬車を止めて飛行場前まで急ぎ向かう。チケット売場に行くと、本日最後の便である夕刻の便は一等客室にまだ余裕があったので、大枚叩いて当日チケットを買って滑り込んだ。
何とか、ぎりぎりセーフだ。
事前に押さえてたチケットは無駄になったけど、背に腹には変えられないし、まあ今回は勉強代ということで。

飛行場などで公爵家の人が張っていて、足止め喰らわないかと思ったけど、飛行場で揉め事など行うと、例のゴーレムが出てくるそうなので逆に安心だ、とアレックスさんは言う。
うん、確かにあのチケット強奪しようとした癖の悪い人の事を思い出すと、飛行場で悪さしたいとは思えないよね。


そうして数時間の飛行船の旅を終えると、無事地上に着く。
「はあ、ようやく地上だ……」
私はぽちを撫でながら安堵のため息を吐く。ぽちは浮遊感から解放されて地上の感触が余程嬉しいのか、尻尾が元気に揺れている。
でも、アレックスさんは厳しい表情だ。
「果たして、侯爵家の者が追ってくるかは半々だが、さて、どうしたものか」
「え、どういう事ですか?」

私が聞き返すと、アレックスさん曰く、貴族の反応は二種類あるとのことだ。

地上を毛嫌いし、見下すが故に「落ちた」 者は積極的に追わない者。
天上地上に拘らず、一度貴族家と敵対した者はどこまでも追跡し、死をもたらす者。

「あの家は、果たしてどちらだろうな……」
「何ですかその、二択にしても怖い話は」
貴族ってプライドの生き物とは聞くけど、それにしたって怖いよ。

二人と一匹で相談したところ、ここは安全策を取り、一ヶ月の道を一週間でショートカットするという、険しい上級者コースを行く事にする。
それは地上に慣れてない王都の人ならば、多少武力に優れていても荒地を行軍出来る者は少ないだろう、というアレックスさんの推測からだった。
私は身体強化してぽちに乗り、アレックスさんは徒歩で行くのだけど……。
現在の人間最高峰であるSランク冒険者と、地上最強のAAランクモンスターであるぽちであれば、荒地も何のその。
二人はすごい速さで、山あり谷あり深い森ありと、道なき道を突き進んだ。
「ひいいい!」
アップダウンの激しい道に、私はぽちから振り落とされないようにするだけで精一杯。
景色なんて見てる余裕なんてないよ。とにかく怖いんだもの!

……結局、私が何度かギブアップしたせいで二週間掛けて村まで到着した。
いや、それでも行きと比べれば随分な早さで着いたんだけど。

それは6月の半ばに入ろうかという頃。
南の陽気はそろそろ汗ばむような日差しをもたらして、私達を照らしてる。
色鮮やかな緑の草の絨毯を踏み締め、顔見知りの門衛の人に声を掛けて村に入ると、何だか肩の力が抜けたようで、大きく息を吐いてしまった。
「つ、着いたぁ」
それが命がけの道行きゆえの安堵感か、それとも追っ手を巻けたという確信からかは分からない。
で、そこで気が抜けたのか……。
「お、おいベル、大丈夫か?」
私は門を潜るなり、ふらりと倒れてしまったらしいのよね。
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