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14章:楽しい? 王都観光です

162.ご飯を奢って貰います。

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 何でか、私の事が歌になってた。
 それは驚きだったけど、まあ大変に装飾されたものだったので、正直自分の事には思えなかったりもするんだよねぇ。

 その場の盛り上がりを下げるのも何だと、ホテルに戻ってきてからアレックスさんが詩人さんに怒った。
「まぁたオレの事勝手に歌いやがって。いい加減オレも怒るぞ」
「おや、済みませんでしたね。ですがもうアレックスの顔なんて誰でも知ってるでしょう。放って置いても貴方ならば何処かで歌われてますよ」
 詩人さんは涼しげな笑顔で言うけど……それとこれとは別では。

 そののらりくらりと躱す姿は誰かを思わせ、うーん口が上手いなぁと思いながら、部屋にあるお茶を淹れてまったり一息入れた私も苦情を言う。
「いきなり、断りもなく歌われるとびっくりしますね。私も正直一言ぐらい事前に断ってほしかったです」
「おや、私が取材していたのは知っていたと思いましたが」
「知ってましたけど、許可した覚えは無いですよね?」
「はは、そこは吟遊詩人の業とでも言いましょうか。感銘を覚えたものは歌わずにいられないのです」

 わあ、思いっきり職業に責任転嫁したよ、この人。
 ううう、ちょっとムカつく。おっと、ここで感情のまま怒り出したら彼の思うツボだ。足元にいるぽちをぎゅっと抱き締めて、その暖かさに力を貰い心を鎮める。
 息を吸ってー吐いてー。よし、落ち着いた。

「はあ、詩人の業ですか。でも詩人さん個人に怒ってるので、今は職業は関係ないですよね」
 私がぽちをもふもふしながら睨むと、彼は「おや、手強い」 と私の淹れたお茶を飲んで視線を逸らした。
 
「アレックスさん、詩人さんに反省が見られません」
「うーん、まあこいつ、いつもこうなんだよなぁ。よし、高い飯奢らせるか」
 えっ、どういう流れ?


 本日のお捻りを消費させる為に、私達は詩人さんの奢りで食べに行く事になった。
 ええと……結局歌の事はうやむやになってるような。
「歌うなって言ってもどうせ聞きゃしない。なら、オレらの歌で稼いだ分を奢らせるしかないのさ」
「はあ、分かったような分からないような」
 ホテルから馬車でアーケード街まで辿り着くと、夕飯時の今は買い物客で賑わっていた。
 私達は馬車を降り、のんびりと混雑する商店街を歩く。
 噴水広場の時の驚き程はないけど、ここも人が多いなぁ。

「では、仕方ありませんので私のよく行く店に行きましょうか。こちらです」
 詩人さんの案内で、比較的に若い層が多いカジュアル路線な一角に足を運ぶ。なんて言うか、ディスプレイが売り物が学生さんとか二十代ぐらいまでの若い人達向けな明るい感じの色合いの物が多いんだ。
 ふうん、ここら辺は一階と二階が別のお店をやってる所も多いんだ。あ、あそこの出窓の飾り付け、すごく可愛いなぁ。
 へえ、何だか明るいなと思ったら、一本裏の路地に入り込んだ所では、夜でも屋台とかやっててそこで労働者は食べるんだ。あっちの賑わいも気になるなぁ、なんてそわそわしてると、ぽちがどうしたのって感じでクイクイスカートを引っ張る。
「ああ、うん。あっちが賑わってるなって思って。今度一緒に見てこようか」
 そんな私達に、アレックスさんが笑って、オババ様は呆れてる。
 あ、オババ様もただ飯ならって付いてきたんだよね。
 
「いらっしゃいませ」
 で、詩人さんの案内で辿り着いたのはカジュアル層がうろつく場所には相応しくないような、妙にシックな感じの店。
 木目を活かした焦げ茶の柱に、モルタル風の壁にはどこかの風景画が飾られてる。
 照明は少し暗め。席は四人がけテーブル五つしかなく、かなりこぢんまりとしてる。
 声の方を見れば、お酒の瓶や食器などが飾られた棚を背にしてバーテンさんのような人がいて、その人は詩人さんを見ると口元を笑みの形にした。

 詩人さんはバーテンさんのような人のところに挨拶に行く。
「お久しぶりです」
「ええ、お久しぶり。今日は歌いに?」
「いいえ、友人と食事をしに来たんですよ。店主の卵料理が食べたくて」
「そうですか。それは光栄ですね」
 二人は知り合いなのか、気軽な感じで笑顔で話している。うーん、卵料理。とても気になるなぁ。

 カウンターを挟んで話す二人に、店内のお客さんは興味しんしん。中には詩人さんにきづいたようで、一曲歌ってと頼む人もいる。
 それをやんわりとした笑顔で断る詩人さん。へえ、リクエストされればいつでも歌うのかと思えば、そうでもないんだ。
 残念そうに席に戻った人は、なら明日は噴水広場に歌を聴きに行こうかなんて連れの人に言ってる。
 
 カウンターは一本の木を切り出したような一枚板で作られてて、止まり木には、ちょっとだけ背伸びしたような若い二人がお酒を飲んでいる。
 そこから離れた詩人さんは、入り口付近で止まったままの私達に手招きして「こちらで食べましょう」 と、慣れた様子でテーブルに誘った。

「お待たせしました」
 そう言って、バーテンさんのような人が料理を持って来た。
 大きなオムレツのようなものと、獣肉のグリル、それに大きなドイツ風パン。
 どこか懐かしいようなシンプルなそれは、けれどとても食欲を刺激した。
「では、食べましょうか」
 詩人さんは率先して料理を取り分けてくれる。
 
 オムレツのようなものは、具沢山。サイコロカットの野菜に鶏肉がゴロゴロと入った、スペイン風オムレツみたいな料理だった。下処理の時に味付けしているのか、特に何を付けなくても十分美味しい。
 獣肉のグリルは皮がパリパリで、何のお肉か微妙に判断出来ないけど、きちんと臭みがでないように血抜きされてるからかお塩の調味だけで十分だ。肉汁がじゅわっと溢れて来て……はあ、この肉汁をパンで吸い取って余さず食べたい。
 ドイツ風パンは、大きな丸いパンで、薄切りに切り出して食べる。これも、田舎パン独特のどっしりした感じが凄くいいなぁ。
 
 ……なんて、果実で薄めたワインを飲みながら私はいつもより多めに食べちゃった。アレックスさんもパンをお代わりしながら機嫌よくワインを消費してる。
 結構高価そうなのに、もうボトル三本目……詩人さんは支払い大丈夫なのかしらね。
 皆も気に入ったのか、黙々と食べたからあっという間にテーブルを埋めていた料理は空となった。
 気取ってないけど、だからこそ美味しい。そんな家庭料理の良さを感じられた食事だったね。
 
「どうでしたか? 店主の料理は」
「うん、すっごい美味しかったです」
 私が笑顔で返すと、詩人さんはいつものような胡散臭い笑顔でなく素直な笑みを見せた。
「そうですか。それは良かったです。アレックスは?」
「うん、酒の方もいい品揃えで、料理も肩肘張ってなくていいな。マナーとか忘れて食える。あ、こっちにワイン追加」
 なんて言いつつ、アレックスさんはまたお酒を注文して……もう、酔っ払っても知りませんよ。まあ、私も飲むけど。
「フン、この店は知らなかったが悪くないね。年寄りはくどいのは苦手だから、普通のがいいんだ」
 オババ様はお酒が多少入ったからか、いつもは年寄り扱いを嫌う癖に自分から年寄り宣言してる。
 あはは……皆、いい具合だねぇ。
 
 なんて、気分良く食べて飲んだその帰り道。

 私を暗がりに引き込む手に、私は咄嗟に……。
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