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13章:薬師の試験と王都での日々

160.幕間:薬師姉弟は少女を巡って争った。

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何故か勝手に巻き込まれるベルと、姉弟の話。

ファンタジー大賞、特別賞を受賞させて頂きました。
ご投票頂きました方、お読み頂きました皆様に感謝致します。
お知らせです。
リアル都合で、少しペースが落ちるかも知れません。それでも二、三日に一度は更新していきますので、これからも宜しくお願い致します。

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 それはベルが昇格試験を受けている間のことである。
 
 玄関ホールの受付の裏手。
 そこには、薬師ギルドの事務所がある。
 木製……に見えるが実際は樹脂と金属製の事務机整然と並ぶその場所の一番奥。
 ギルドマスターが普段は座る席に、オババは当たり前の顔をしてのんびり座っていた。
 背を預ける椅子は綿もたっぷり詰まって座り心地がよく、合皮のようなしっとりした風合いの表布もまた大変に具合がよい。
 机にはオババ好みの渋いお茶と、カットフルーツ。
 それを配した女性事務員の笑顔が、彼女の求心力を物語っている。

「おや、お主らはまだわしの好物を覚えておったのかい」
「はい。ダフネ様と言えば、女性薬師の憧れの的ですから、皆知ってますよ!」
 ニコニコと笑顔を浮かべた女性に「そうかい」 と満更ではない様子で頷きを返した後、オババことダフネは、その小柄な体に不釣り合いな迫力で、ジロリと弟を睨め付ける。

「事務員は老人を労わる気持ちを持っているというのに……お前は全く、何度手間を掛けさせるつもりかい。わしはギルド長の席に座る事など今も考えてはおらんよ。今年も新レシピの提出はしたし、ギルドへの利益はちゃんと出しておるだろうが。昨年には南方の薬草の分布図も更新したね。わしの仕事に文句があるならわしよりもまともな仕事をしてからお言い。口先ばかり達者になっても患者の病は癒えはしないよ。いいかい……」
 オババは、事務員にもてなしを受けながら弟に呼び出された事を怒っている。
 年寄りの話は長い。特に、説教の時には。
 
 弟は慌ててそれを止めた。

「いえ……姉上。何度も言っておりますが、凡庸な私では、人が付いて来ないのです。やはり、姉上のような伝説を作った方でないと……」
「ああ、やだやだ。そういう他力本願が嫌だからこそ野に下ったのに、お前は全く変わりがないね。製薬の腕も薬草の知識も足りてるんだ、お前に不足など何もないよ」

 うんざりした様子で肩を竦めるダフネに、弟は縋る。
 
「我々も分かっているのです。天上の薬草園よりも、最早地上のダンジョン産の薬草の方が、質も良く量も出せるのだと。天上は現在過密状態で、流感があればすぐにそれが都市で猛威を奮います。そんな時、姉上の処方の薬があればどれ程助かるか……」
「知らないよ。上に人が増え過ぎたんなら散らばりゃいいんだ。今は地上だって思ったよりも悪くはないのだし」
「そんな胆力があるのなら、我々はこの狭い土地にしがみ付いたりしませんよ! 誰だってモンスターが怖い。ダンジョンなどという魔窟がある地上に喜んで住める王都生まれの者は、少ないのです」
「ほう、そうかい。ああそれより、やっぱりこいつは美味いねぇ」
 気の無い素ぶりのダフネは、久々に好物のフルーツを振る舞われたからかフルーツを食べるのに夢中だ。
「姉上!」
「煩いねぇ、聞こえてるから勝手に喋りな」

「ああ、もう……兎も角、人も増え人口過密となった王都では、これからもまた流感などで効果の高い薬が沢山必要となるでしょう。ですが、薬草園の物は貴族を中心に確保され、我ら平民の手には届かない。効果があり量が求められる地上の、ダンジョン産の薬草のは確保は急務なのです」
「へえ、そうかい」
 熱く語る弟の話を半分聞き流しながら、ダフネは好物を頬張っている。
 弟はとうとう頭を抱えた。

「……姉上、もういいです。地上と繋がりのある薬師など一体どれだけ居るでしょうか。地上でまた名を上げた姉上、薬師ダフネ程、地上産の薬草を無理なく取り寄せられる筋は無いのです! お願いですから」
「断る」
 にべもなく言う姉に、弟は膝から崩れ落ちた。
 
「……仕方ない、こうなったら話題性込みで、あの銀狼の娘をマスターにするか」
 うなだれたその姿のまま、ぼそりと言い放った言葉にダフネはぴくりと眉を顰める。
 
「お前、本気でそれを言っているのかい。あの娘を? マスターに? 気でも狂ったのかい」

 掛かった、と、弟は顔を伏せたまま笑みを作った。
 ダフネは珍しく、あの幼い顔の弟子を可愛がっている。おそらく将来性込みで、あの娘の技量を認めているのだろう。
 そこを上手く突けば、必ず姉は頷く。そう弟は確信していた。
 味が整った上で効果も安定した事前提出物といい、確かに若くして素晴らしい技術を会得している。
 そんな娘を、もし薬師ギルドが後見し長に上げるなどと言ったら、矜持の高いダフネはどうするか。
 ……それぐらいなら自分でなると、そう言うに違いない。
 素っ気ないようでいて情に厚い女。病を見たら癒さねば気が済まぬ薬師の矜持を持ち、他者との深い交わりを厭いながらも助けを求める者を救う。
 その情こそが、ダフネを今も伝説たらしめているのだから。

 だが、彼女はにべもなく言った。
「ダメだね、あり得ない話だ。どこの世界にAランク冒険者を、AAランクの契約獣を冒険の舞台もない王都に縛り付けるバカがいるもんか。大体、冒険者ギルドが黙ってないよ」

 だがその企みは、一瞬後に瓦解した。

「……は?」
 弟は思わず表情を作るのも忘れて、床からふらふらと立ち上がると姉に尋ねる。
「Aランク冒険者、とは」
「ベルの事じゃ。今上で試験を受けてるわしの弟子だね」
「AAランクの契約獣?」
「ベルの連れているシルバーウルフの事さね」
「は、派手なウルフがいたものだと……思ってました」
「何だい、女神の使役とも言われる存在すら王都の人間は知らぬのか? 幾ら何でも信仰心が足りぬなぁ」

 ただの平凡な少女と思っていたら、随分なものを抱えていたものだと弟は感心したらいいのか、嘆いたらいいのかともやもやした気持ちを抱える。

「は、はあ……」
「モンスターを嫌っていたとしても、豊穣女神の使役ぐらいは教養として知っておくんじゃな。ああそれと」

 更に、ダフネは爆弾を投下する。
 
「あれは魔法騎士を後見に持つ、国家も認めた存在よ。そう易々とお前の企みに使えるものではないと知れ」


 何その、絶対最強の後見持ち。
 弟は今度こそ無駄な企みと思い知らされ、床に手と足を突いてがっくりと頭を下げた。
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