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13章:薬師の試験と王都での日々
151.試験勉強とか、数年ぶりです。
しおりを挟むあのひとは、一度として「私」を見てはくれなかった。
欠陥品の私のことなど、一族の恥さらしだとでも思っているのだろう。
武芸のできない姮娥の直系など、不要だと。
「姉上の姿が見当たりません。こんな時間まで戻って来ないなんて······捜しに行ってきます」
「待ちなさい。どうせ金虎の第一公子のところでしょう?役に立たない一族の直系同士、お似合いじゃない。その内帰って来るでしょう。あなたがわざわざ捜しに行く必要などないわ」
「確かに、そうですね」
扉越しに聞こえて来た声に、胸元で握りしめていた指先の血の気が無くなっていた。それはふたりの本音だろう。自分など、最初から必要のない人間だった。
「こんな夜中に外へ出て、あなたになにかあったら心配よ。あなたは、私の大事な娘であり、次期宗主となる者なのだから。椿明にも余計な事はしないように、釘を刺しておいて頂戴、」
「はい、椿明にもそのように伝えておきます」
音がして、慌てて我に返り、部屋の扉の前から逃げ出す。用意された自室へと戻り、部屋の隅で耳を押さえて蹲る。
どうやってこの邸に戻って来たか、まったく憶えていない。
虎珀の所へ行き、金虎の邸を出た後からの記憶が曖昧だった。気付けば扉の前にいて、さっきの会話を立ち聞きしていたのだ。
そっと、暗い部屋で蹲ったままの、蘭明の肩を抱く者がいた。
「ほら、ね。言ったでしょ?あなたはここの人たちには必要のない存在。でもね、私たちにはあなたが必要なの」
男の声なのに、女みたいな口調のその闇の化身は、少女の砕けた心に優しく囁く。
「あなたがしたいことを、私たちが叶えてあげる。その代わり、」
甘い甘い囁きは、少女の心を満たしていく。ずっと自分をしまい込んで、他人のために尽くして来た。しかし、その結果がこれだ。
結局、なにひとつ、手に入れることはできず。欲しい言葉は得られず。笑顔の仮面は剥がれ落ちかけていた。それも、もう、必要ない。
「あなたは、私たちのために動くお人形になるの。良い子ね、そう、それでいい」
もう、引き返せない。
戻れない。
その手を取ったその瞬間から、それは決まっていたのだ。先に裏切ったのはあちらで、その報いを受けるべきだと。
「あなたのその満たされない渇望は、私たちが叶えてあげる」
その日から、ずっと闇の中にいる。光は届かない。もう二度と、届かない。
玉兎に戻ってからは、想像の通りだ。
人形を完成させるため、少女たちを攫って、殺して、分解した。
ひとり、ふたり、さんにん。気付けば五人の少女を殺していた。最初に攫った少女の親たちを病鬼の呪いにかけた。
それは疫病と勘違いされ、どんどん広まっていき、やがて都を覆い尽くす。少女の失踪事件は、疫病の蔓延によって人々の中から薄れ、残りの部分を集めるためにまた少女を攫った。
少女たちの親は、疫病の影響を受けて病に倒れ、いなくなったことすら気付いていない。
そうやって、最後の十人目を攫った。あとは、あの瞳を埋め込むだけ。もうすぐ、完璧な人形が完成するはずだった。
「一体、どこから破綻し始めていたのかしら、」
蘭明はひとり言のように呟く。事の一部始終を聞き終えた竜虎は、肩を竦めて蘭明を見下ろす。
「無明に手を出した時点で、こうなることは決まっていた。それに、甘い他人の言葉に溺れ、目の前の大切なひとたちの声を聞かなかった、あなた自身の落ち度だろう」
「はじめから、」
本当は、解っていたのではないか?
宗主はともかく、朎明があんな風に言うはずがない。あの子なら、きっと、間違いなく自分を捜しに行っただろう。
どうしてあの時、気付けなかったのか。どうして信じられなかったのか。
あれはそもそも、本当に宗主と朎明だったのか。声だけで姿は見ていないのに、どうしてその言葉を信じてしまったのか。
今となっては、もうどうでも良いことだ。
「姉上、何度も言った。私も母上も椿明も、他の者たちだって。姉上があの別邸に戻っているとも知らないで、ずっと紅鏡の都中を捜し回っていたと」
「もう、いいわ」
もう、終わりにしよう。
これしか、方法はない。
隠し持っていた刃物を袖の中で手に取り、蘭明は自分の首筋に当てる。冷たい刃は、確かな感覚を与えてくれる。
「姉様、駄目!」
突然の事に呆然としていた朎明と竜虎の間に入って、椿明がその手首を弾き、刃物を取り上げる。
「返してちょうだい。椿明、母上になんて言われたの?私を殺しなさいって言われたんでしょう?気付かないとでも思った?」
ずっと泳いだ目でこちらを見ては、霊槍を震えた手で握りしめ、動揺していた。今も、肯定しているとしか思えないほど視線が合わない。
「さあ、心臓はここよ。その刃で私を殺しなさい」
それはどこまでも優しい笑み。
蘭明は地面に座ったまま、無防備に手を広げ、自分から奪った刃物を握り締める椿明を見上げた。
そんな均衡に割り入るように、黒い影がゆらりと身体を揺らす。
それは血の気の失せた生白い指先を伸ばし、蘭明の首筋を掴むと、そのまま無理矢理立たせた。
地面に足が付くか付かないかというぎりぎりの位置まで持ち上げられ、先程まで浮かんでいた笑みが消える。
あの、人形がまた動き出したのだ。
その一連の動作までがあまりに素早く、誰も手を出すことができなかった。
「姉上を、放せ!」
その沈黙破るように、朎明の怒りに満ちた声が響いた。
同時に、その場に強い風が吹き荒れる。蘭明の自室の中のさらに奥の部屋であるこの場所に、吹くはずのない風だった。
その先に現れた影に、竜虎たちは目を瞠った。
「無明?え?なんで、」
そこに立っていたのは、白い神子装束のような衣裳を纏う無明と、目の錯覚だろうか。あれは、えっと、確か。
「渓谷の、妖鬼?」
紅鏡と碧水の間の渓谷で見た、あの特級の妖鬼がその横にいる。あの時のことを思い出し、竜虎はひとり、呆然と立ち尽くすのだった。
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