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12章:王都への旅路、新たな出会い

145.幕間:警備ゴーレムに捕まった青年のその後。

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 それは、浮かぶ城の近くにある貴族街の、とある貴族の屋敷。
 綺麗に整えられた寝室は、昼だというのに分厚いカーテンが引かれ、魔道具のランプが淡い光を投げ掛けけていた。
 
 その青年はソファの上で小さく縮こまり膝を抱えて薬師の質問に答える。
 
「ええ? 何が怖いって……あの部屋だよ。狭くて、ベッドしかなくって、何もないとこ。パパが寄越した執事が迎えに来るまで何日も、あそこの中で待たされてたんだ」

「え? 何があったって? 知らないよ。ゴミムシから何を取っても別に叱られたりしないだろ。いつも通りにしてただけなのに、何であのゴーレム……。食事は出たし、別に不便はなかったけど……狭くて寝る事しか出来なくって」

「呼んでも怒っても誰も来ないんだ。叫んでも謝っても誰も助けてくれない。何で私が……ボクが」
 
「もうやだ……私は地上になんか二度といかないっ。パパはボクをあんな怖いとこに行けって言うなんて、きっとボクが嫌いなんだっ。なんだい、おじいちゃんは? パパに言われてあの、あんな怖い、怖い……ギャアアアアーッ」
 指をしゃぶり、子供返りしたかのように幼い話し方をしていた青年は、薬師の質問に答えているといきなり悲鳴を上げ、ソファから立ち上がったかと思えばベッドの中に転がり込んだ。

 ベッドの天蓋のカーテンを引き、シーツを頭まで被って小さく丸まっているのは、つい先日、飛行場で旅券を買わずに平民から不当に旅券を巻き上げた上に、不審者として警備ゴーレムに捕まっていた、あの貴族の青年だった。

 
 その紳士はこの数日で確実に五歳は老けたと肩を落として言う。
 年を取ってようやく出来た第一子に甘やかし過ぎたか、青年は地上で問題を起こしてきたらしく、刻限になっても戻って来ないと迎えを出して連れ戻したらこの様だ。
 
 父親の顔をして、その初老の男性貴族は薬師に聞く。
「本当にどうにかならないのか」
「診断の結果ですが……御子息は何か恐ろしいものを見て、その場所を思い出すと恐怖から叫び出すようです。過去の記録からしても、こうした心因的なものは、その原因より遠ざけて安静にするのが基本的な対応となりますな」
「そんな適当な事を言って、貴様は城付きの御典医として恥ずかしくないのか! まともな治療も出来ぬ薬師に払う金はない、何も出来ないなら帰れっ」

 古くから城通いもしている、古株の薬師の老人はその言葉にぴくりと眉を動かした。
 目を覆う程の白い眉毛がふるふると動き、山羊髭のような立派な顎髭がもそりとする。
「その、御典医としての知見より申し上げておりますが……」

 門外漢に専門の事を口出しされる程腹の立つことは無い。
 それに、呼びつけて置いて金を払わぬ貧乏たらしい貴族程、憎たらしいものは無い。

「私の診断に不満でしたら、他の薬師を呼んで下さい。まあ……車代も出さぬようなお上品なお貴族様を診たい薬師が居れば、ですが」
 老人のしわがれた声は、案外と強く響く。

 そして、後になって貴族の男は後悔した。
 実際に、老人を無報酬で返して以降は、彼の一族を診察する薬師は、イリーガルな方面の高額を徴収する怪しい薬師以外、誰も居なくなってしまったからだ。
 だがそれも、未来の話。


 現在の貴族はその権力のままに善良な薬師を罵倒する。
「この、ヤブ薬師がっ……」
 貴族は自分が満足いく答えを得られなかった事に怒り、客間のソファから立ち上がると、客の前であるというのに、苛つきを隠さずうろうろとうろつき出す。

 薬師の老人は、せめて車代の足しにと高級な茶を飲んで帰る事に決めた為、ソファでのんびり茶を飲んでいた。
 流石は貴族。混じりけのない茶葉の風味を感じることから、それが天上の荘園産である事が分かる。老人はさも大事とお茶の一滴も残さないように、ゆっくりゆっくりそれを口にする。
 
 この一杯ですら、馬車代など目ではない程の価値があるものなのだ。
 
「此奴は来春には地上勤務が始まるからと、わざわざあのゴミムシ共の這い回る汚い地上に向かい、ようやく帰って来たのだぞ!」
「ほ、そうですか」
「本当は冗談でもあんな不浄の地などに訪れたくはないが、昨今の雰囲気として地上で箔を付けさせる事が城での地位を確立させるとされている。あれが活躍する為にも、もう一度地上を踏ませねばならないのだ。……貴様は薬師としてあれを治すのが仕事であろうが!」

 メイドが出した上等の茶と、茶受けの砂糖がけパンの実を、有難そうに食べる老人は、お茶を飲んでほっと息を吐いた後にぼそりと呟く。
「そうは申されましても……ああ、地上に参ったとなれば、ああなったのも理解致しますが」

「何っ! 理由が分かったのか」
 ばっと振り向いた貴族に、ゆっくりと老人は頷く。
 
「あの物言いと地上での事となれば……飛行場の警備ゴーレムによって留置所に留め置かれたのでしょうな。まあ、噂によると留置所は貴族の若君にはとても満足いくような場所ではないそうで……そこに何日も留め置かれたならば、地上に行きたがらないのも分かります。しかし、今後地上行きの飛行場の利用は難しくなりましょうなぁ……」
「何故だ?」
「それは、まあ……飛行場の管理ゴーレム達に指名手配されているような状態でありますから、彼らが持つ犯罪記録を抹消せねば行き来すら難しいからですな」
「何だと……あの一族に頭を下げねばならんというのか」

 飛行場の管理者は、錬金術ギルドを取り仕切るとある貴族の一族に仕切られている。
 其奴らは、宮廷に勤められるような魔法使いを何人も出しながらも、何故か錬金術なる学問に傾倒している、おかしな一族である。
 貴族同士であるから彼らに頭を下げれば一発だろうが、そこはやはり貴族の矜持が邪魔をする訳だ。

「ええい、面倒なっ……」
「貴族様は大変ですなぁ」
「ああっ、全くだ!! 折角我が子も出世街道の登り口である地上勤めが決まった最中と言うのに……!」

 老人は滅多に食べられない高級菓子と高級なお茶を頂きながら、貴族は大変だなと他人事のようにいらいらと歩き回る初老の男を眺めていた。
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