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12章:王都への旅路、新たな出会い

140.下都に着いたら、問題が寄って来た(下)

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 管理官の男爵が怒っているというのに、アレックスさんと詩人さんは平常運転で、顔色も変えずに話している。
 ええと……。
 つまりは、浮かぶ城と言われる王都は、実は、一時期激減していた人口が戻りつつあるせいで、一次生産の面で既に破綻していて、下……いや大陸からの輸入に頼ってるって話だろうか。
 
 うーん、ちょっと込み入った話になってきたよ。
 私は平静を保つ為にぽちをもふもふと抱きしめることにした。移動ばっかりでスキンシップに飢えてたぽちは尻尾を振ってご機嫌だ。
 ああ、可愛いなあ……。青いお目々がキラキラしてる。
 
 そうして片耳だけ向けて、ぽちと遊ぶ事に熱心になった私は男性達の難しいお話を聞き流している。

「上町は規制がまだ効いてますが、上のお零れに預ろうと下町に流民が増えてもうしばらく経ちます。下町は飛行場の維持の関係もありますし、どうしたって王都と常に関係を持たざる得ない。荘園の生産量では賄えない程のスラムが出来上がってから、もう十年以上この状態ですものね」
「そろそろ上の者らも、下の者を見下すのもいい加減にした方がいいかと思うんだが」
「まあ、彼らは選ばれた民という矜持がありますので。しかし、今更、モンスター肉の輸入を制限されなどしたら都の者達も干上がってしまいますし……いやはや、こんな所で不和の種を蒔かれるとは冗談ではありませんねぇ」
 アレックスさんの呆れ顔に答え、やれやれと肩を竦めた詩人さんはよく通る声で言う。
 
 うーん、私は王都についてとかは全く未知であるから、突っ込むに突っ込めないな。
 ああ、オババ様は面倒ごとがあると基本的に知らんぷりをする人だから、今回の件も素知らぬ顔で私の横にいるよ。
 で、喉が渇いたからか、竹筒水筒の水を堂々と飲み始めた……オババ様。
 まあ、さっきはつくづくと「お前はいく先々で問題を起こすね」 と、呆れた顔をされたけれど。
 わ、私のせいじゃないってば。問題があっちから寄って来るの。
 私がオババ様相手に弁解している間にも、話は続く。
 
 そこで、改めて詩人さんは管理官に問うた。
「ところで、管理官殿。私はとある諮問機関から下々の文化発展などを見回ってくるようにとの依頼を受け此処にいるのですが、管理官殿の、その豊かな発送と御国への忠誠心をよくよく話しておきますね」
「え、違っ……」
「ええ、ええ、下町のスラム化に心を痛めた貴方は、流民らがこれ以上問題となる前に、上町と完全なる断絶を望んだのでしょう。もし、飛行船に密航者が侵入などしたら。もし、この町の壁の外に人が溢れたら。尊き上の方々がそれを憂いてはならないと」

 うわあ、嫌味ったらしい。
 しかしこれが、にこにこと相手を褒め称えるように笑顔で言うから、小太りの男爵も相手を止める事が出来ないんだよね。

「い、いや違っ……契約獣は我が家の栄誉の為使ってやろうと……」
「はい? いやいや、閣下が知らない訳がない。己が力により下すか、幼い頃より飼育するか、それ以外では契約獣が動かないのは子供でも知る常識ですし、無理矢理に引き離したら事が事ですからね。それでも閣下は、崇高なる思いで、危険な獣に己が私兵を犠牲にしても不和を持ち込み問題を提起しようとなさったのだと感動しているのですよ」
「は? そ、それは何だ、そんなの知らな……」

 あれ? テイマーって希少職の筈だけど、モンスターを得る方法とか、子供でも知ってるの? これって常識?
 私が首を傾げると、アレックスさんが苦笑して軽く首を振る。ああ、わざと誤解させる為の言い方なんだ……。まあ、酒場で例のテイマーの歌を聴いてる人達は割と知ってる事だし、わざわざ訂正する事もないかな。

 詩人さんは男爵の狼狽ぶりにますます楽しそうに美しい声で囀っている。

「王都でも高名な魔法騎士を敵に回し、Aランクの新進気鋭の冒険者に恨まれても契約獣を取り上げる。となれば、冒険者はもう二度とこの町に立ち寄りなどしないでしょう。何故なら? この町に来れば理不尽な目に遭うと分かっているのですから! 流民の排除の為、閣下はそういう流れを作ろうというのですね!」
「そ、そんな事が起こる筈が……」

 わなわなと震える男爵。それを前にして詩人さんはさらなる残酷な事を言う。

「いいえ、いいえ。冒険者は機微に聡く狡猾だ。そうでなければ死と隣り合わせの彼らは生きていけませんので。今日の事は、テイマーが飛ばす速文の鳥が如く数日もすればあちらこちらで聞かれる事でしょう」

 そこで、悲しげに顔を伏せ。

「あの街で、高名なる魔法騎士と高ランクテイマーが訳もなく拘束され、そしてテイマーが己が子とも思い育ててきた大事な契約獣が取り上げられるのをその目で見たと……そのような理不尽が罷り通る町には、二度と商人も通わないでしょう」

 赤黒い顔をした男爵は悲鳴のような声を上げた。
「ばっ、馬鹿を言うな、たかが冒険者の一人や二人 死んだところで誰が気にするか!!」

「気にしますよ。それが高ランク冒険者であるならば。集団暴走スタンピード ともなれば恐ろしいモンスターを前に体を張り、普段はモンスターの皮や肉、或いは驚く程の速さで生る木の実や薬草の類を町にもたらす。ダンジョンが町を潤す財源となるならば、彼らは町の生命線であるのですから、それは気にしない訳がないのです。上で育ち、ダンジョンを知らない閣下が冒険者を軽視するのは仕方がない事ですが……」

 詩人さんはさも残念そうに首を振り。

「閣下はまだ上からこの町に来て、日が浅いようですね。そして上ばかり気にして、地上を見ておられない。それが為に上の流儀で動いていらっしゃる」
「そ、それがどうした」
「残念ですが、この大陸は広く、そして危険があちこちにあります。冒険者という力を持ち健脚な自由な民が通わなくなるという事は、すなわち、人の行き交いが消えると同じ事」
「また、そういう分かりやすい脅しを……」
「残念ですが、この地上をには人の手で管理された荘園などありません。恐ろしい獣が跋扈する代わりに富も湧き出るダンジョンはありますが。それを汲み出す冒険者もないこの山の上の町は、自然と滅びるしかありませんが……閣下はそれも時代の流れと受け入れる考えなのですね。素晴らしい陛下への忠誠ですねぇ、ええ」

 否定すれば否定するほど、真実の裏打ちをされる男爵はそのうち黙った。
 そして、己の浅はかさの先にあるものを詩人さんに語られ、真っ青になったのだ。

 まあ、貴族相当の資格持ちであるアレックスさんと、事情通な詩人さんに「あれこれ」 言われたら……。
「いっ、いやっ。これは私の勘違いだったなぁー、はっはっは! うん、何も問題などない、これらは通せっ! お前達、分かっているな? 私は何も見なかったのだ!」

 まず、逃げるよね。


 それにしても、何だったのあれ……。
 
 はあ。ホテルを決めて飛行船手配して、とやろうと思ったのに、何と三時間も拘束されてしまった。
 もうとっぷりと日が暮れたよ。
 一日損しちゃったじゃないの、もう。

 しかし、貴族がらみトラブルの解決で、これは最短記録だね。うんまあ、詩人さんが自信を持って色々便利だと言い張る訳だと思った。
 何か、国の出先機関と連携してるみたいな事言うし……。
 
 
 で、下町に無事入ると、すぐに飛行場へチケットを貰いに行く訳で。
  
「ところで詩人さん」
「はい、何でしょうベルさん。ところで私はドミニクスと申しますが……」

 にこにこと笑う胡散臭げな彼に、私はにこりと笑いながら聞いた。
 
「お聞きしたい事があるんですけど、詩人さん」
「……はい」
 意地でも名前を呼ばない私に諦めたのか、彼は渋々と話を聞く体制になる。

「諮問機関ってどこの機関なんです?」
「ああ、第一王子様が下の文化をかなり好まれるご様子で、殿下が発足された、下……いや地上の文化を纏める研究会がございましてね。上には詩人のギルドがあるんですが、そのギルドに、直接お声が掛かる訳です。私はよく研究会の調査名目で下で稼いでおります」
「おお、なるほど。第一王子様は庶民派なんですねぇ。その方が、お嫁さん探しをしてるんですか?」
「ええ、そうです。第一王子様は妃殿下を迎えられましたところで立太子なされる予定でして。上は今丁度、その話題で盛り上がっている所ですよ」
 華やいだ都が見れるいい時期ですねぇと、彼はのほほんと話していた。
 
 あんな意地悪い話し方をしていた人とは思えない程、それは呑気で愛着のある都自慢の話だった。
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