緑の魔法と香りの使い手

兎希メグ/megu

文字の大きさ
上 下
37 / 140
11章:喫茶店と人間模様です

127.ブレイクタイムと遠出の話。

しおりを挟む
 騒ぎが何とか落ち着いた後。

 オーラフさん達は二人席に着き、相席をお断りしたイサベレさんだけがカウンターに残った。

「はあ……」
 疲れたように両肘をカウンターに突いて、頭を抱えているイサベレさん。お疲れ様です。

「あはは。オーラフさんも困った人ですね」
「ああ、全くだよ……っと、そういや注文してなかったか。ええと、ハーフサイズのプリン一つと、それからカモミールティーで」
「はい、承りました。カロリーネさん」
「大丈夫、聞こえてるわよ」
「では私もお茶作っちゃいますね」

 うーん、大分お疲れで可哀想だね、少しはオーラフさんに遊ばれてしまったイサベレさんが癒やされますようにっと……。
 ティーポットでカモミールの成分を出してる間に、ティーコゼの掛けられたそれにそっと祈りを捧げて。
 祈りと共にふわりとキンモクセイの香りが広がる。
 
 ……うん、過剰でもなく少なくもなく。いい感じで掛けられたんじゃないかな?

「カモミールティー出来ました」
 茶こしを使ってカップに注いだ私が言うと、カロリーネさんも答える。
「こっちもカウンターに出してるわよ」
「あ、ありがとうございます。ハーフのプリンとカモミールティー、お待たせしました」

 木の素朴なカップとお皿に載せたそれをお盆にセットして、カウンターのイサベレさんに出す。

「ああ、出来たか……はあー、お茶がいい匂いだな」
 完全に悄げていた彼女の表情が、香りに癒やされたようにほっと緩む。
 うん、この瞬間がやっぱり好きだな。

 ゆっくりと熱いお茶を飲む彼女が快活な表情を取り戻すまで、私はカウンターでお客様の注文を捌きながら様子を見ることにした。


 彼女は大事そうに、ゆっくりとハーフサイズのプリンを食べる。
 木のスプーンで掬い取るとそれを口に入れ、目を閉じてほうと息を吐く。
「甘くて美味いなぁ……」
 彼女も髪色からして魔法使えるみたいだし、やっぱり甘い物が好きなんだね。
 すごくゆっくりと、口の中で転がすように一口一口食べるんだ。

 そうしてゆっくり食べ終わった彼女は、満足そうに笑顔を浮かべて。
「うん、美味かった。貧乏冒険者のオレにはちょっと高いけど、でもやっぱりこの味を知っちゃうとついつい来ちゃうんだよな」

 あいつも居るのに……と再び頭を抱えるイサベレさん。ここに来ると結果的ににオーラフさんとかち合うからねぇ。
 お菓子の方は、お砂糖のせいで手頃な値段とは言えませんが、今後も宜しくお願いします。

 常連さんまた増えたなぁなんて嬉しく思ってると、カップを片手にオーラフさんがカウンターに寄ってくる。
 ……えっと。お代わりかしら。イサベレさんがすごい顔してるんですが?

「ちっ、近寄るな」
「ええー、失礼しちゃうなー。ボクは注文しに来ただけなのにー。あ、二杯目はコーヒーでお願いするねー」

「はい、承りました。あの、オーラフさん、お客様をからかうのは余り……」
「はいはい、もうやらないって」
 控えめにお願いすると、彼は笑顔で肩を竦めるけど、どうにも嘘っぽい。
 絶対やらかすに違いないんだよなぁ、はぁ。

 私はタンポポコーヒーの粉末をネルっぽい生地のフィルターに入れ、お湯を注いでゆっくりとコーヒーを落としていく。

 手持ち無沙汰なのか、オーラフさんはそんな私の動きを眺めて口を開いた。
 と思ったら。

「そういえば、ベルちゃん王都へ行くんだって?」
 いきなり、最近決まったばかりの浮かぶ城への出張(?) 予定の話を突っ込んでくる。

 私は思わず動きを止めた。おっと、コーヒー。
「えっ、その話どこから……」
 ゆっくりお湯を注ぐのを再開しつつ、私は彼に訊く。

 すると、ヘラヘラとした笑顔を浮かべて。
「実はオババと仲良しなんだよねー、ボク」

 でた、オーラフさんの謎のコミュ力……。
 コミュ強ってやつはこれだから侮れない。

「まあ、ちょっと用事がありまして」
 はは、と愛想笑いを浮かべる私。油断も隙もないなぁ、オーラフさん。

「うん? ベルは王都に行くのか?」
 すると、それまで空気を読んで黙っていたアレックスさんが口を開く。
「えっ、アレックスも知らなかったのー?」
「ああ……何時ぐらいに行くんだ? 結構険しい場所もあるし、かなり慎重に準備して行かないとな」

 聞けば、直線で行けば二週間ぐらいで着くところを、山だの湖だの川だのに阻まれて、かなり遠回りしながらの道となるという。
 ああ、そりゃそうだよね。いくら大陸でも有数の大国とはいえ、モンスターが闊歩するこの大地で人を使って道を整備するのは難しいかもね。
 それがこの僻地ときたら。

「……って、まるでアレックスさんも付いていくように聞こえるんですけど」
「当たり前だろ。王都へ行くならそこは貴族の巣窟だ。後見人としては、余計な嘴を挟まれないように警戒しなきゃならん」

 ああ、そうか。子爵に伯爵と、出会う人出会う人ぽちを手に入れるべく主人の私を手に入れようとする人ばっかりだし、そこはまあ当然の警戒だよねぇ……。

「へえー、アレックス王都へ行くんだー。約二年ぶり?」
「そうだな、二年ぶりぐらいか」
 興味深そうに聞くオーラフさんに、アレックスさんは何てことないように頷く。
 あ……。

 そういえば、王都はアレックスさんの左手に呪いを掛けた人がいるんだよねぇ。心中穏やかではない気がするんだけど大丈夫なのかな……。
 アレックスさんとオーラフさんの会話を耳に挟みながら、コーヒーを落とし終わって。

「はい、コーヒー出来ました」
「ありがとー、ベルちゃん。うん、これも香ばしくてなかなかだねー」
 カウンターにタンポポコーヒーを出すと、嬉しそうにオーラフさんはその香ばしい匂いを嗅ぐ。

 その時だ。
「へえ、ベルは王都へ行くのか。懐かしいな」
 意外な人が、王都という言葉に反応したのは。

 オーラフさんの目が輝く。
「おやっ、イサベレちゃんはCランクだよね? 王都に入れるって大した事な筈だけど、実は豪商か元貴族のお嬢様とか、魔法学校通いだったとかいうオチ?」

 浮かぶ城。
 そこは、何でも特別な人しか訪れる事が出来ない楽園のような場所、だそうだけど……。
 今ここにいる、訳ありだろう彼女にそういう追及をしちゃうから、このお兄さんは残念な人なんだとしみじみ思う。

 けど、彼女は予想外にカラリと笑って言ったんだ。
「いやいや。大商人でもお貴族様でも、ましてや魔術師になれなかった学生でもないよ。オレの父がSランクだったから、そのオマケさ」


++++++++
9/29 あちこち抜けや誤字脱字があったので、訂正しました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。