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17章:女神の薬師はダンジョンへ
217.幕間:女神の森でパーティーを(中)
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気負いなく入っていった喫茶店の店員達を見て、おそるおそると招待客達も草原と森の境目を越えていく。
改めて見れば、喫茶店兼冒険者ギルド出張所は、円形にぽっかりと空いた森の入り口に据えられていた。
入り口にはアイアンワークの看板掛けがあり、その下には二つの看板が吊されている。
一つ目は、武器と盾が描かれた冒険者ギルドのおなじみのマーク。
二つ目は、花模様のカップと店の名物であるプリンが描かれたベルの喫茶店を示すマークのようだ。
喫茶店の若き店員達が我先にと入っていった店の正面入り口は、木製の頑丈そうな両開きのドアで、それは今、招待客を歓迎するように大きく開かれていた。
扉の横には、女店主の趣味であろうか。煉瓦のブロックで区切られた中に、今を盛りとする草花が植えられていて、優しい花の香りを広げている。
ちなみに、本日の招待客は以下のようなものである。
ベルの上司として、ギルドマスター、ヴィボ。
身内枠として、ベルの友人の受付嬢ヒセラ、アレックスの妹のカロリーネ。
店員枠としては、ティエンミン、ルトガーらが参加する。
そして、ご贔屓筋である商人として、ティエンミンの父や重鎮達が。
さらには地域の名士枠で、プロロッカ村の村長、村に滞在中の伯爵令嬢兼宮廷魔術師のシルケが。
……後は、地域の支配者として一応は招待状を出さねばならなかった為、領主である子爵が顔を揃えている。
この中で誰か、森の魔法に引っかからないかなー。なんて悪だくみしている誰かさんは、移動する人の群れを内心にやにやしながら見送っていた。
ところで、れっきとしたダンジョン入り口であるこの場所にいる事に気後れがあるのか、招待客全体としては遅々とした進みである。
そんな中、商人達から漏れ聞こえる話は、主に女神の森に対する期待が中心であった。
「こうして見ると、女神の森というのもなかなか良いものですな」
恰幅のよい紳士が、ぐるりと敷地を囲む森の木々をみながらそう語る。
「しかり、しかり。しかも、この地域で初めての高ランクダンジョンともなれば、村も活気づくというものでしょう」
うんうんと、相槌を打つのはやせ細った老人――村長であった。
「そうですねぇ。今までは魔法騎士アレックスが採ってくる僅かなシュガンや高位モンスターの素材が頼りでしたが、これからは酒飲みチームや、Bランク昇格が見込まれるCメジャーの者らが我らに沢山の素材を運び込んでくれるのでしょう」
にこにこと、そこに若手の商人――ティエンミンの父であるティエンロウが加わる。
「いやいや、実に楽しみですな」
そんな事を話しながら進む彼らの歩みは大変ゆっくりだ。
いくら間に老人を挟んでいると言っても、亀の如きその歩みは時は金なりを地で行く商人達の行動としては、なかなか奇妙に見えた。
とはいえ、森の入り口に設けられた敷地には限りがある。
四半刻もしない間に、殆どの招待客達は、真新しい建物の中に吸い込まれていったのである。
そうして、森の境界に残ったのは――。
「……さて、残るは子爵様のみですが」
「そのようだな、冒険者ギルドマスター殿」
それぞれ、心にやましさを抱えた二人である。
二人は大きく開かれた扉から漏れ聞こえる賑やかな声を聞きつつ、どちらが一歩を踏み出すかを、内心に競っていた。
「やはり、地域の支配者は最後に登場すべきでは?」
「いえいえ、安全を確保したとはいえ、ここはダンジョンの入り口ですから。子爵様の背後を守る為、私が最後となるべきでしょう」
にこり。
引きつり笑いを浮かべつつ、二人は心理戦を続ける。どうぞどうぞと、互いを先に行かせようと譲り合い、あるいは自分の正当性を主張し最後を取ろうとする大人げのない二人を、子爵のお付きである従者が困ったように見つめていた。
このままではらちがあかない。開店祝いのパーティもそろそろ開催時間に近づいている。
そう思ったマスターは、最後のカードを切った。
「……ああ、そういえばこんな話があるのですよ」
「何だね」
内心で笑いつつも、表面は至極真面目な顔でマスターはそれを伝える。
「この森は、昔から女神の森と言われています。それは、子爵様もご存じですね」
「ああ。此処も私の領地だからね。当然だ」
神経質な様子で眉を跳ね上げる子爵に、一つ頷いたマスターは続ける。
「この森は今まで、森の守り手と言われる狩人一家のみが入れる場所でした。女神を素朴に信仰する彼らは、森を管理し、あるいは森の恵みを僅かなりと我々と共有する事で森に悪意を持つ者を減らして、そうして女神の森を守ってきた」
子爵は腕を組み替えて苛々した様子で言う。
「……回りくどい。そろそろ結論を言いたまえ。パーティーの時間も迫っておるだろう」
「では、率直に。この森には守り手がいます。それはこの女神の森や、森の関係者に悪心を抱いた者をはね除けます」
「それが、どうしたと言うのだ?」
いよいよ苛ついた様子を隠さない子爵に睨まれたマスターは、困ったように肩を竦めて言う。
「もう少し具体的に言いましょうか。森の守り手たる魔法騎士アレックス、女神の薬師と呼ばれるモンスターテイマーのベル。あるいは、彼女の契約獣たるシルバーウルフのぽち。これらに、悪意を持って関わった者は……森に嫌われているかも知れません、という事です」
「馬鹿にしておるのか、貴様は。それではまるでこの森自身が意思を持ってでもいるようではないか」
呆れた様子で嘲笑する子爵に、マスターは内心に掛かったとほくそ笑みながら頷いた。
「ああ、そうですね。確かに森が意思を持つ、というのは語弊があるのかも知れません。ですが……事実としてこの森は今まで我々の出入りを拒んでいた」
「そうだな。私も随分と手こずっていたが、それも過去の事だ。森は今、開かれているのだから」
「確かに。今は人を招くようになったこの森ですが、我々のような強い思いを抱く者は、あるいは入れないかもしれませんね。我々は、森の関係者である彼らに対し、余りにも無理を強いてきた」
今度こそ、子爵は息を吞んだ。そうして、歪んだ顔のまま吐き捨てる。
「……バカバカしい。そんな夢のような話をしている暇など多忙な私にはないのだよ、まったく。君のせいで気が削がれたよ。私はこのまま帰る」
そうして森に背を向けた子爵の手は、僅かに震えていた。
「そうですか。では、皆様には所用の為帰られたとお伝えしましょう」
マスターはそれを見ない事にして、子爵の背にうやうやしく礼をする。
――ひどく洗練されたその所作を見た子爵の従者は、しばらくマスターは何者なのかと悩む事になる。
改めて見れば、喫茶店兼冒険者ギルド出張所は、円形にぽっかりと空いた森の入り口に据えられていた。
入り口にはアイアンワークの看板掛けがあり、その下には二つの看板が吊されている。
一つ目は、武器と盾が描かれた冒険者ギルドのおなじみのマーク。
二つ目は、花模様のカップと店の名物であるプリンが描かれたベルの喫茶店を示すマークのようだ。
喫茶店の若き店員達が我先にと入っていった店の正面入り口は、木製の頑丈そうな両開きのドアで、それは今、招待客を歓迎するように大きく開かれていた。
扉の横には、女店主の趣味であろうか。煉瓦のブロックで区切られた中に、今を盛りとする草花が植えられていて、優しい花の香りを広げている。
ちなみに、本日の招待客は以下のようなものである。
ベルの上司として、ギルドマスター、ヴィボ。
身内枠として、ベルの友人の受付嬢ヒセラ、アレックスの妹のカロリーネ。
店員枠としては、ティエンミン、ルトガーらが参加する。
そして、ご贔屓筋である商人として、ティエンミンの父や重鎮達が。
さらには地域の名士枠で、プロロッカ村の村長、村に滞在中の伯爵令嬢兼宮廷魔術師のシルケが。
……後は、地域の支配者として一応は招待状を出さねばならなかった為、領主である子爵が顔を揃えている。
この中で誰か、森の魔法に引っかからないかなー。なんて悪だくみしている誰かさんは、移動する人の群れを内心にやにやしながら見送っていた。
ところで、れっきとしたダンジョン入り口であるこの場所にいる事に気後れがあるのか、招待客全体としては遅々とした進みである。
そんな中、商人達から漏れ聞こえる話は、主に女神の森に対する期待が中心であった。
「こうして見ると、女神の森というのもなかなか良いものですな」
恰幅のよい紳士が、ぐるりと敷地を囲む森の木々をみながらそう語る。
「しかり、しかり。しかも、この地域で初めての高ランクダンジョンともなれば、村も活気づくというものでしょう」
うんうんと、相槌を打つのはやせ細った老人――村長であった。
「そうですねぇ。今までは魔法騎士アレックスが採ってくる僅かなシュガンや高位モンスターの素材が頼りでしたが、これからは酒飲みチームや、Bランク昇格が見込まれるCメジャーの者らが我らに沢山の素材を運び込んでくれるのでしょう」
にこにこと、そこに若手の商人――ティエンミンの父であるティエンロウが加わる。
「いやいや、実に楽しみですな」
そんな事を話しながら進む彼らの歩みは大変ゆっくりだ。
いくら間に老人を挟んでいると言っても、亀の如きその歩みは時は金なりを地で行く商人達の行動としては、なかなか奇妙に見えた。
とはいえ、森の入り口に設けられた敷地には限りがある。
四半刻もしない間に、殆どの招待客達は、真新しい建物の中に吸い込まれていったのである。
そうして、森の境界に残ったのは――。
「……さて、残るは子爵様のみですが」
「そのようだな、冒険者ギルドマスター殿」
それぞれ、心にやましさを抱えた二人である。
二人は大きく開かれた扉から漏れ聞こえる賑やかな声を聞きつつ、どちらが一歩を踏み出すかを、内心に競っていた。
「やはり、地域の支配者は最後に登場すべきでは?」
「いえいえ、安全を確保したとはいえ、ここはダンジョンの入り口ですから。子爵様の背後を守る為、私が最後となるべきでしょう」
にこり。
引きつり笑いを浮かべつつ、二人は心理戦を続ける。どうぞどうぞと、互いを先に行かせようと譲り合い、あるいは自分の正当性を主張し最後を取ろうとする大人げのない二人を、子爵のお付きである従者が困ったように見つめていた。
このままではらちがあかない。開店祝いのパーティもそろそろ開催時間に近づいている。
そう思ったマスターは、最後のカードを切った。
「……ああ、そういえばこんな話があるのですよ」
「何だね」
内心で笑いつつも、表面は至極真面目な顔でマスターはそれを伝える。
「この森は、昔から女神の森と言われています。それは、子爵様もご存じですね」
「ああ。此処も私の領地だからね。当然だ」
神経質な様子で眉を跳ね上げる子爵に、一つ頷いたマスターは続ける。
「この森は今まで、森の守り手と言われる狩人一家のみが入れる場所でした。女神を素朴に信仰する彼らは、森を管理し、あるいは森の恵みを僅かなりと我々と共有する事で森に悪意を持つ者を減らして、そうして女神の森を守ってきた」
子爵は腕を組み替えて苛々した様子で言う。
「……回りくどい。そろそろ結論を言いたまえ。パーティーの時間も迫っておるだろう」
「では、率直に。この森には守り手がいます。それはこの女神の森や、森の関係者に悪心を抱いた者をはね除けます」
「それが、どうしたと言うのだ?」
いよいよ苛ついた様子を隠さない子爵に睨まれたマスターは、困ったように肩を竦めて言う。
「もう少し具体的に言いましょうか。森の守り手たる魔法騎士アレックス、女神の薬師と呼ばれるモンスターテイマーのベル。あるいは、彼女の契約獣たるシルバーウルフのぽち。これらに、悪意を持って関わった者は……森に嫌われているかも知れません、という事です」
「馬鹿にしておるのか、貴様は。それではまるでこの森自身が意思を持ってでもいるようではないか」
呆れた様子で嘲笑する子爵に、マスターは内心に掛かったとほくそ笑みながら頷いた。
「ああ、そうですね。確かに森が意思を持つ、というのは語弊があるのかも知れません。ですが……事実としてこの森は今まで我々の出入りを拒んでいた」
「そうだな。私も随分と手こずっていたが、それも過去の事だ。森は今、開かれているのだから」
「確かに。今は人を招くようになったこの森ですが、我々のような強い思いを抱く者は、あるいは入れないかもしれませんね。我々は、森の関係者である彼らに対し、余りにも無理を強いてきた」
今度こそ、子爵は息を吞んだ。そうして、歪んだ顔のまま吐き捨てる。
「……バカバカしい。そんな夢のような話をしている暇など多忙な私にはないのだよ、まったく。君のせいで気が削がれたよ。私はこのまま帰る」
そうして森に背を向けた子爵の手は、僅かに震えていた。
「そうですか。では、皆様には所用の為帰られたとお伝えしましょう」
マスターはそれを見ない事にして、子爵の背にうやうやしく礼をする。
――ひどく洗練されたその所作を見た子爵の従者は、しばらくマスターは何者なのかと悩む事になる。
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