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17章:女神の薬師はダンジョンへ
216.幕間:女神の森でパーティを(上)
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………女神の森の前に、ベルの喫茶店二号店開店記念パーティの為、訪れる人々の姿があった。
個人所有の馬車、あるいは貸し馬車に乗り合わせてやって来た面々は、森の手前で馬車を降りた。
「相変わらず、女神の森は凄いな……」
誰ともなく呟いた言葉に頷くと、冒険者ギルドマスターは片方の目を眇めて森の濃い緑が作る暗がりを覗き込む。
そこには、幾多の生命を感じる。
「ああ、ここにようやく手をつけられるんだと思うと、震えが止まらないな」
それは恐れではなく、喜びである。
冒険心溢れるマスターはそう感じるが、商人や貴族達など戦いに疎い人々にとっては、ややもすれば気後れするような迫力を感じるようだ。
「……まだ、この森ダンジョンは深部まで攻略されておらんのですよね? 大丈夫なのでしょうか。突然ボスが襲い掛かったりは……」
「いやあ、そんな事はないですよ。ボスってやつは、自分の縄張りを荒らされん限りはこちらに襲い掛かって来ないもんですし、この森は広いですからなぁ。こんな表層で出てくるのは、それこそ多少の腕があれば狩れるものばかりでしょう」
明るくそう返すと、彼らはおそるおそる森に近づいていく。
「俺らにとっては、お宝満載の場所なんだがなぁ」
「仕方ないだろう。冒険者ギルドなんて所詮は家業を継げない次男三男が仕事にあぶれてやってくる場所だ。真っ当に暮らしている人間に俺らの冒険心なんてやつは分からんよ」
マスターのぼやきに、ヴィボが答える。それを聞いてマスターは「それもそうだな」 と納得したように頷いた。
「……考えてみれば、ヴィボのような真面目な男が何で冒険者なんざやってたんだ?」
「自分はここからそう遠くない村で代々農業を営んでいる家の三男だが、昔から図体が大きく食費が嵩んでな。兄弟と同じ量では腹が空いて仕方なかったから、ギルドで仕事を探して駄賃を稼いでいた」
友人のその広い肩と太い腕をしみじみと見たマスターは、うんうんとしきりにうなずく。
「ああ、成る程。野犬狩りする頃には、名前売れてたろうしなぁ、お前」
そんな事を言いながら歩いていると、森の切れ間のような場所から大きな建物が見えてきた。
招待客達は、予想外に立派な喫茶店兼冒険者ギルド出張所に驚きつつ、真新しい店に対する期待に目を輝かせているようだ。
「さて、この女神の森というやつは、昔から迷いの森として有名な訳なのですが……最初にどなたがお入りになりますか?」
ニヤリと人の悪い顔を浮かべるのは冒険者ギルドマスター。
領主は迷いの森、という言葉に怯んだのか……。
「私は、当然賓客として最後に入るのだろう?」
などと、万が一弾かれても恥を掻かないよう保険を掛けてくる。
「あら? 今日は内々のパーティだそうですし、お好きなタイミングでお入りになられて宜しいのでは? 領主らしく先陣を切るのも良いかと思いましてよ」
そこに、魔物暴走の後に開かれた祝勝会で領主が見せた愚行を許していない伯爵令嬢兼宮廷魔術師のシルケが、笑顔で領主を促すからなかなか混沌としている。
「シルケ様……まだ領主殿がベル殿を脅かした事を許してらっしゃらないのですね」
彼女の斜め後ろに当然の如く控えている伯爵令嬢の従者にして宮廷魔術師のロヴィーは、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
そんな状況で、思い切りのよいカロリーネが先手を取る。
「ねえティエン。あたし達パーティの準備を手伝った方がいいわよね?」
「そうですねぇ。意外と人数もいそうですし、そうしましょうか。それに今日はお偉いさんが集まってますし、気の利くところを見せて、顔を売るチャンスってことですよねー」
商人としての栄達を夢見るティエンミンは、ぐっと拳を握って力説する。
「あんたはそういうとこ、一切ブレないわよね。逆に感心するわ。ということで……お先に!」
彼女はさっくりと草原と森の境目を越えて、エプロンスカートを翻しつつ店へ向かっていったのだ。
「えっ? カロリーネさん、待って下さいよ~!」
慌ててティエンミンが小走りにそれを追う。
「おやおや。これは私も向かわねばならないようですね」
二人を見守っていたルトガーは、年若の先輩店員を追うようにゆっくりと一歩を踏み出した。
それを見たギルドマスターは、「なんだ、つまらんな」 と口中に呟く。
ちなみに彼は、森に掛けられた古き魔法に弾かれ済みだ。
新規開店に伴い視察に来た時に、ベルが新たに設置した人避けの魔法の発動条件に引っかかったのである。
その時の弾かれ仲間であった詩人ことドミニクス男爵が、中に入れない者と入れるものの差異を分析したところ、どうも強欲な者は入れないと分かり……。
つまりは現在、森の資源を独り占めしたり、森の関係者を囮に森を支配しようとする強欲な人間をこの森の魔法は拒んでいるのだと思われた。
それを聞いたマスターは思った。成る程納得と。
日頃から、ベルやアレックスを使って都に返り咲こう、などと企んでいるのだから当然である。
「まあ、今日は条件を緩めてるから大丈夫、とは言われているが……」
それでも誰か引っかかったらやっぱり楽しいよなぁ、などと、大人げないマスターは思うのだった。
個人所有の馬車、あるいは貸し馬車に乗り合わせてやって来た面々は、森の手前で馬車を降りた。
「相変わらず、女神の森は凄いな……」
誰ともなく呟いた言葉に頷くと、冒険者ギルドマスターは片方の目を眇めて森の濃い緑が作る暗がりを覗き込む。
そこには、幾多の生命を感じる。
「ああ、ここにようやく手をつけられるんだと思うと、震えが止まらないな」
それは恐れではなく、喜びである。
冒険心溢れるマスターはそう感じるが、商人や貴族達など戦いに疎い人々にとっては、ややもすれば気後れするような迫力を感じるようだ。
「……まだ、この森ダンジョンは深部まで攻略されておらんのですよね? 大丈夫なのでしょうか。突然ボスが襲い掛かったりは……」
「いやあ、そんな事はないですよ。ボスってやつは、自分の縄張りを荒らされん限りはこちらに襲い掛かって来ないもんですし、この森は広いですからなぁ。こんな表層で出てくるのは、それこそ多少の腕があれば狩れるものばかりでしょう」
明るくそう返すと、彼らはおそるおそる森に近づいていく。
「俺らにとっては、お宝満載の場所なんだがなぁ」
「仕方ないだろう。冒険者ギルドなんて所詮は家業を継げない次男三男が仕事にあぶれてやってくる場所だ。真っ当に暮らしている人間に俺らの冒険心なんてやつは分からんよ」
マスターのぼやきに、ヴィボが答える。それを聞いてマスターは「それもそうだな」 と納得したように頷いた。
「……考えてみれば、ヴィボのような真面目な男が何で冒険者なんざやってたんだ?」
「自分はここからそう遠くない村で代々農業を営んでいる家の三男だが、昔から図体が大きく食費が嵩んでな。兄弟と同じ量では腹が空いて仕方なかったから、ギルドで仕事を探して駄賃を稼いでいた」
友人のその広い肩と太い腕をしみじみと見たマスターは、うんうんとしきりにうなずく。
「ああ、成る程。野犬狩りする頃には、名前売れてたろうしなぁ、お前」
そんな事を言いながら歩いていると、森の切れ間のような場所から大きな建物が見えてきた。
招待客達は、予想外に立派な喫茶店兼冒険者ギルド出張所に驚きつつ、真新しい店に対する期待に目を輝かせているようだ。
「さて、この女神の森というやつは、昔から迷いの森として有名な訳なのですが……最初にどなたがお入りになりますか?」
ニヤリと人の悪い顔を浮かべるのは冒険者ギルドマスター。
領主は迷いの森、という言葉に怯んだのか……。
「私は、当然賓客として最後に入るのだろう?」
などと、万が一弾かれても恥を掻かないよう保険を掛けてくる。
「あら? 今日は内々のパーティだそうですし、お好きなタイミングでお入りになられて宜しいのでは? 領主らしく先陣を切るのも良いかと思いましてよ」
そこに、魔物暴走の後に開かれた祝勝会で領主が見せた愚行を許していない伯爵令嬢兼宮廷魔術師のシルケが、笑顔で領主を促すからなかなか混沌としている。
「シルケ様……まだ領主殿がベル殿を脅かした事を許してらっしゃらないのですね」
彼女の斜め後ろに当然の如く控えている伯爵令嬢の従者にして宮廷魔術師のロヴィーは、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
そんな状況で、思い切りのよいカロリーネが先手を取る。
「ねえティエン。あたし達パーティの準備を手伝った方がいいわよね?」
「そうですねぇ。意外と人数もいそうですし、そうしましょうか。それに今日はお偉いさんが集まってますし、気の利くところを見せて、顔を売るチャンスってことですよねー」
商人としての栄達を夢見るティエンミンは、ぐっと拳を握って力説する。
「あんたはそういうとこ、一切ブレないわよね。逆に感心するわ。ということで……お先に!」
彼女はさっくりと草原と森の境目を越えて、エプロンスカートを翻しつつ店へ向かっていったのだ。
「えっ? カロリーネさん、待って下さいよ~!」
慌ててティエンミンが小走りにそれを追う。
「おやおや。これは私も向かわねばならないようですね」
二人を見守っていたルトガーは、年若の先輩店員を追うようにゆっくりと一歩を踏み出した。
それを見たギルドマスターは、「なんだ、つまらんな」 と口中に呟く。
ちなみに彼は、森に掛けられた古き魔法に弾かれ済みだ。
新規開店に伴い視察に来た時に、ベルが新たに設置した人避けの魔法の発動条件に引っかかったのである。
その時の弾かれ仲間であった詩人ことドミニクス男爵が、中に入れない者と入れるものの差異を分析したところ、どうも強欲な者は入れないと分かり……。
つまりは現在、森の資源を独り占めしたり、森の関係者を囮に森を支配しようとする強欲な人間をこの森の魔法は拒んでいるのだと思われた。
それを聞いたマスターは思った。成る程納得と。
日頃から、ベルやアレックスを使って都に返り咲こう、などと企んでいるのだから当然である。
「まあ、今日は条件を緩めてるから大丈夫、とは言われているが……」
それでも誰か引っかかったらやっぱり楽しいよなぁ、などと、大人げないマスターは思うのだった。
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