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17章:女神の薬師はダンジョンへ

214.意外な人の意外な告白

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詩人さんことドミニクス男爵様は、カウンターに近づくなり大きなため息を吐いた。
男爵位を貰ってからは、詩人の頃のような派手な格好はしていないが、相変わらずそこに在るだけで目立つ人だ。
仕立ての良いチュニックから覗く白い腕はやや日焼けしており、白いその色っぽいほくろの目元には隈が浮き、と、何やら大仕事でもやった後のようにお疲れ気味の様子だが、何かあったのだろうか?

色々気になるところはあるが、私はそっと彼に声を掛けてみる。
「ええと、詩人……じゃなくてドミニクス男爵様」
いけないなあ、どうも癖が抜けなくて詩人さんと呼びそうになる。
私の声掛けに、彼はぱっと顔を上げると、ふわりとこちらに笑みを向けてきた。
そして、身を乗り出すようにして端麗な顔を近づける。
「いずれ添い遂げる仲だというのに、そんなつれない態度は良くありませんよ。ただドミニクスとだけ呼んで下さい」
「は……? いえ、私は貴方との結婚には不安がある、と先日言った筈ですが」

にこり、と笑う彼の美しい笑顔に押し切られそうになるが、慌てて内容のきわどさにお断りを述べておく。
この人、どうも口が上手すぎるというか、やたらといい声で囁いてくるからころっと欺されそうで、私としては苦手なタイプなんだよね……。

「まあ、そんな事を言わずに。もっと語り合い、仲を深めましょうではないですか」
「いえ……」
窶れ顔すら美しい麗人にじっと見つめられると、意味もなく赤くなるからほんと止めて欲しいんだけどなぁ。
「あの……とりあえずお水をどうぞ」
このまま押し問答していても仕方ない。軽く営業妨害だ。
私は気持ちを切り替え、とりあえず彼に水を一杯差し出して、さっさと注文を取ることにした。

「はあ、本当につれない方だ。水を有り難うございます。丁度喉が渇いていましたので有り難い」
ドミニクス男爵様は謝意を表しつつ、素朴な木のカップを手に取ると優雅に水を飲んだ。
「そうですね……では、注文ですが、気分が静まるお茶を頂けますか」
と言って、笑顔と共に空のカップを返してくるドミニクス男爵様……あの、手をさりげなく添えてくるのやめて頂けますか。驚くので。

さりげなく手を引き、流しにカップを置くと、私は注文内容について考える。気分の静まるお茶か……。

と、私が考えている間に、ドミニクス男爵様は、アレックスさんを相手にその美声で切々とこの数日の苦労を語っていた。
「……という訳で、例の件も片付きましたし、三日ほど前でしょうか。新規店舗のお祝いと求婚の続きをと、こちらへ伺ったのですが。何故か私、森に入れないんですよ」
「ふむ、それで?」
「これが本当におかしな事なのです。建物は見えているというのに、木立の立ち並ぶ辺りまで行くとこう、気づけば背を向けていて……気のせいかと思い何度か試しましたが、何度やっても同じで」
説明がてら、手首を返すようにしてくるりと背を向ける様子を示した彼は、その時の驚きを表情豊かな声で表現する。
「あー……」
聞き手のアレックスさんが思い当たることでもあるのか、苦笑した。
ええ、まあ、その原因は私もよく思い当たる事ですが……。
つまりこれ、新たに設定した人避けに引っかかったんだよね。

「そこでよく諦めて帰らなかったな。暇な訳でもないだろうに」
アレックスさんの呆れとも感嘆ともつかぬ声がする。
「諦める? そんな事を考える訳ないでしょう。私には大事な使め……いや、大事な人が待っているのですから。それで、入れない原因を探るべく、私は少し離れた場所で人の流れを見る事にしたのです」

そうして、ドミニクス男爵様は丸一日掛けて人の流れを観察したそうだ。

「……しかし、困りましたよ。まったく法則が読めません」
はあ、と憂い顔を浮かべる詩人さん。
うん、まあ、私との関係性だけで割り出すつもりなら、確かに分からないでしょうね。
聞き手のアレックスさんも正解を知っているからか、コーヒーを飲みつつ彼の分析を聞き何とも言えない顔をしている。

「そこで、今度は考え方を変えました。人で区別している訳ではないのなら、私の中の何が女神の森の侵入を許されないのか、と」
神妙な顔でドミニクス男爵様は言う。
「そう考えて、二日目の人の流れを見たところ、何となく掴めてきたのです」

――あるいは、女神の森の資源を独り占めしようと勇む男の強欲。
――あるいは、女神の森の守り手と、女神の薬師と噂される娘に取り入り、どうやって儲けようかとする銭勘定。
――あるいは、女神の森の関係者を己が支配下に置き、その全てを欲さんとする支配欲。

「そのような、聖地に対する無礼が私や彼らを退けているのではないか、と」

「へえ。で、二日間調べてみて、それからお前はどうしたんだ?」
アレックスさんはカウンターに頬杖を突くと、愉快そうな明るい調子で彼に聞く。

確かにそこは重要だ、私も聞きたい。私はじっと耳を澄ました。

「逗留先に帰り、己の内をよく見つめました。女神の森の関係者への悪心、あるいは森に対して独占欲を持ってはいないか、と。それは、私の中に確かにありました。ベルさんを得れば、私はあの豊かな森へ直接関われるようになるのではないか、と。そう考えていたのです」

――それは、私がずっと彼に抱いていた疑問とその回答、そのものだった。
私ではなく私の持ち物を……製薬の技術を、料理の開発能力を、アレックスさんやぽちという強い味方を……欲しているのではないか、という疑問。
まあ、そうだよねと内心理解しても、やっぱり告白されて多少は嬉しく思っていた身としては、悲しいものがある。

「ふうん。案外素直に吐いたな。ま、この森は確かにシュガンや岩塩だの、国にとって・・・・・も無視出来ない資源があるしな」
「……ええ。その欲はそう簡単に解消出来るものではありませんでした。私は……そう育てられてきたので」
彼は胸元を押さえ、苦しげに言った。
「ベルさんにとって、嫌な男でしょうね。私は本当に、貴女の持ち物と、その背後ばかりを見ていたのです」

そこでアレックスさんが口を開いた。
「だが、全く損得勘定抜きでも婚姻など結べんだろ。栄誉も資産もない相手にわざわざ娘を嫁がせる親は居ないし、相手の持ち物を評価に加える事は、特に問題ではないと思うがな」
カップを傾け、カップの中身が空であると気づいたアレックスさんは、コーヒーのお代わりを私に言い付けてから言葉を続ける。
「お前の問題は、ベル自身の飾りを見てベルという本命を見ていなかった事だ。だからベルはお前の言葉を疑ったのだろうし、オレもベルの後見人として、お前をいまいち信用出来ないんだ」
「はい……」
憂い顔でうなずくドミニクス男爵様の様子を、アレックスさんは横目で見ると一つ頷き。
「でもまあ、ここに足を運べたって事は、ちゃんと反省したって事だろうからなぁ。今後の様子を見て判断、とするよ」

そう言って、アレックスさんは唇にかすかに笑みを乗せる。

……まあ、そうなんだよね。この店に入って来られたって事は、今告白したような、悪徳商人っぽい事考えてないって事なんだろうし。

っと、そろそろ話もきりのいいところだろうし。
「よし、美味しく出来ますように」
ティーコゼを掛けたティーポットにいつものお祈りをし、ふわりとキンモクセイの香りが漂えば、ハーブティーの方も出来上がりだ。

そろそろ、声を掛けてもいいよね。

「お待たせしました。お代わりのタンポポコーヒー、スカルキャップのハーブティです」

スカルキャップは、シソ科の多年草。夏から秋にかけて青紫色の花を咲かせるんだ。
成分はフラボノイド、タンニン、ミネラル等が含まれているよ。
神経系の強壮効果や沈静効果が見込まれ、ストレスや不眠症に対処出来るとされている。
少し苦みはあるけれど、爽やかな香りがするハーブだ。
これを飲んで、男爵様も少しは気分を落ち着けてくれるといいんだけどね。


++++++

2018/07/25
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