上 下
121 / 138
17章:女神の薬師はダンジョンへ

213.森の喫茶店、営業を始めます。

しおりを挟む
「結局村には戻らないのか?」
ここは、森の中の喫茶店。
女神の森の攻防が終幕し、一週間経った今も、私はまだ森にいた。

真新しい一枚板のカウンターに頬杖を突くアレックスさんの質問に、私はしばし悩む。
確かに、村の喫茶店は従業員達に任せっぱなしだし、出来れば戻りたいのだけどね……。

「うーん、村の方も気になるけど、まだ例の人も王都に向かっているところでしょう? 気分も落ち着かないし、それに、例のご令嬢が放った刺客がいないとも限らないし」

そう答えつつ、私は二週間前ほどになるギルドでの会議を思い出した。

そこで詩人さんから聞いた、衝撃の事実。
私を殺害する為に放たれた刺客、村潰しの背後にいた依頼人が、第一王子殿下の婚約者だというのだ。

……王都でのごたごたが、まさかここまで響くとは思わなかったよね。
というか、遠く離れたこの地まで追いかけてくるって、貴族のプライドってどれだけ高いのかな。

「まあ、相手も相手だし、しばらくは安全策として、人の通りを制限出来る森に居るのがいいかなと思うんだよね」
そう言って、私は苦笑を漏らす。

この森であれば、女神様に教わった古い魔法で出入りはコントロール出来るし、今なら、ぽちの兄弟達も不審者対策に協力してくれるしね。
それに、ここは私的に実家みたいなものだから、安心感が違うんだよ。
うん。やっぱりこの森は私の第二の実家だね。

それに、万が一でもプロロッカの住民に被害がいく事は避けたいんだ。
あそこには、薬師のお師匠であるオババ様や、職場の頼れる上司のヴィボさん。
それから、ヒセラさんやカロリーネさんといった大好きな友人達や、ティエンミン君たち喫茶店のメンバーも居るし……。
大事な場所だから、私のせいで迷惑を掛けたくないんだよね。
え、マスターはって? あの人は、何というか別枠かなぁ……いまいち信用ならないところもあるし。

「そうか、そうだな……まったく、例の貴族のお嬢さんも余計なことをしてくれたもんだ」
アレックスさんはそう言ってひとつため息を吐き、木製のカップを傾けた。
「本当、嫌になるね……」
空の棚と魔道具のコンロぐらいしかないカウンターの中、キャンプ用品から引っ張りだしたもので適当にお昼を作りながら、私もまた漏れ出るため息が止められなかった。


ふと視線を向けた窓の外には緑が見える。
暦はそろそろ十月に突入し、森にも秋の気配が濃くなっていた。
まだまだ暖かい陽気が多い、過ごしやすいこの季節。板を跳ね上げただけの簡素な窓から見える緑と、風にそよぐ葉擦れの音に癒やされながらお茶を淹れていると、ようやく日常が戻ってきたという実感を覚えた。

「……やっぱり私は、こうしてお茶を淹れている方が落ち着くよ」
「ああ。オレもベルはそうしてのんびり茶を淹れてる姿が似合うと思うよ」
「そう? なら嬉しいな」

そんな事を話ながら、私達はのんびりと秋の午後を新しいお店で過ごす。

マスターの企みのせいで、プロロッカ村のギルドをそっくり移したかのようなレイアウトになったこの店内には、広々とした飲食スペースがある。
そこが私の新たな仕事場。
位置的には、村のギルドでヴィボさんが居た位置に私がいる感じかな。
現在、喫茶スペースのカウンターには私の姿しかなく、冒険者ギルド出張のカウンターにも、急遽応援として呼ばれた数人の事務員と、一人の受付嬢しか存在しない。
カウンターの前で、真新しい依頼ボードを眺めている冒険者もいるけれど、村のギルドと比べたらまだまだ少数だ。
……まあ、出張ギルド自体がつい先日開いたばかりだし、仕方ないけれどね。
それに、村潰し捕縛後、森にきっちりと人避けの魔法を掛け直したお陰で、私や森の獣達に極端な悪意とか持ってる人は、現状閉め出されている。
いずれはもう少し間口を広げてもいいかとは思うけど、刺客が送られてきたばっかりだしね……用心に越したことはないかなと思うんだ。

「はい、塩味焼きそば風パスタと、オババ特製健康茶、お待ちどうさま」
「お、ありがとな」
私が出来たばかりの料理をカウンター越しにアレックスさんに渡すと、彼は木の平たいお皿に山盛りのパスタを器用にくるくると木製フォークに巻き付け、数口で半分くらい食べてしまう。
うわあ、相変わらずのスピードだ。いっそ感心するよ……。

私が目を丸くして見ていると、あっという間にパスタを平らげたアレックスさんがお皿にフォークを置き、健康茶を飲み干すとともにぽつりと呟く。
「しかし、村の近くに高ランクダンジョンが出来たはいいが、オレや酒飲みドランカーぐらいしかまともに攻略出来ないんじゃないか?」
「うーん、どうだろう。後でぽちの兄弟に聞いてみるよ。あと、森の動物達にもしばらくは素材採取の人達の事は襲わないように言っておくし」
ダンジョンは数ヶ月もすれば採取したものが戻ってしまう、不思議な場所。
そこに素材を採りに来るぐらいなら、むしろ歓迎するべきかなと、最近は思うようになった。
だって、私だって森の恵みを頂いてる。そりゃもう目一杯。
ぽちの狩りに付き合って、そしてお肉や毛皮を頂いている身としては、森の仲間を殺すな……というのも何だか違う気がして。

「でも……案外、入り口近くならCメジャー辺りの慣れてる人は狩りが出来る可能性もあるんじゃないかな? 今もほら、Cメジャーの人達が来てるから、あの人達に試して貰うのもありかと思うんだよね」
私が天井を睨むようにして考えつつ口に出せば、アレックスさんは呆れたようにため息を吐いた。

「……何というか、オレのダンジョンの常識が覆るよ」
「何それ?」
アレックスさんの言葉に、私は首を傾げる。
「普通な、ダンジョンのモンスターに事情を聞くなんて事は出来ないもんなんだよ。そもそも、モンスターと話し合おうなんて事を、オレ達冒険者は考えない」
「まあ、そうだね」

私は素直に頷く。モンスターと意思疎通しようなんて考え方は、多分彼らを使役する職業である、テイマーぐらいしか持たないんじゃないだろうか。
私もぽちに通訳して貰ったり、森の魔力に同調した時に何となく意思疎通出来てるだけで、モンスターの言葉は分からないし。

「でもベルはモンスターと話し合って、今後のダンジョンの運営方法を決めるという――そんな事、他の誰に出来るんだろうな」
アレックスさんはカウンターに肩肘を突いてこちらをじっと見つめる。
緑の瞳に見つめられて……私は、どう返していいか悩んだ。

「いや、無理に答える必要はない。ただ、オレが求愛した女は、本当に規格外だなって思っただけだ」
「きゅ……!」
今、そのことを言い出すの!?
突然のことに、アレックスさんの食べていた焼きそば風パスタの匂いに釣られてやってきた冒険者達の分を調理していた私は、思わず手元を狂わせる。
「あつっ……」
木製のフライ返しを握っていた指先を鉄のフライパンに押しつけてしまい、慌てて水の魔石を起動させて流水で指先を冷やした。
アレックスさん貴方今さりげなく何ていいました? テイクアウトの為にカウンターの端にいる冒険者が、指笛なんて吹いてるんですけど。
「おい、大丈夫か」
「ちょっと指をやけどしただけなんで、多分よく冷やせば大丈夫です」
「そうか……持ち帰りのパスタは出来てるんだな? 包むのはオレがやる」
「す、すみません」
さっさとカウンターの内に入ってきて、アレックスさんはさっとテイクアウト用の料理をバナナの皮のような植物の葉で包んでしまう。
そして、用意していた紐で括ると、冷やかしていた冒険者へそれを渡した。
「はいよ、料理は渡したし、冷やかしてないで適当なところで帰んな」
「あ、はい。済みませんっした!」
天下の英雄様の一言に、彼らはガクガクと頭を縦に振ると包みを受け取り、慌てた様子で出張カウンターの方へ走っていった。

「はあ、全く……あいつらは暇だな」
「ははは……」
よく冷やした指先を流水から離し、何とも言えずに片手で赤くなった頬を覆っていると、そこに聞き覚えのある美声が届いた。

「アレックス、抜け駆けは卑怯ですよ……」
フロアを見れば、そこには何だか疲れた様子の詩人さん……じゃなく、ドミニクス男爵様がいた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,370pt お気に入り:6,322

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:830pt お気に入り:7,486

ショタ神様はあくまで『推し』です!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:791pt お気に入り:4

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:6,682pt お気に入り:1,618

猫の姿で勇者召喚⁉︎ なぜか魔王に溺愛されています。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:546

【完結】わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:32,916pt お気に入り:2,394

世界神様、サービスしすぎじゃないですか?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,444pt お気に入り:2,211

【完結】道をそれた少女は別世界でも竹刀を握る

恋愛 / 完結 24h.ポイント:312pt お気に入り:632

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。