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2巻

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 アレックスさんのお家の窓から見える街路樹が、ほのかに色づいている。夏真っ盛りのときに森に転生した私にとって、こちらでは初めての秋になる。
 風も、少し冷たさを感じるようになった。
 そろそろホットティーの季節かな。しかし衣替えのための布や糸代で、またお金がかかるなあ。あ、今回もヒセラさんに服を縫ってもらうことになってます。
 秋だから気持ち丈長めで、胸元で切り替えを入れた簡単なポケット付き長袖ワンピースを縫ってもらう予定だ。着替えを含めて三着ほど、頼んでいる。
 余った布はヒセラさんにお渡しすることにしているけれど、そのハギレだけだと三着分のお礼には足りないよねぇ。ヒセラさんにはお菓子でも差し入れようかな……
 ――なんて、現実逃避をしていると。

「もー、ベル! あたしの話聞いてるの!? 大事な話をしてるんだけど!」
「え、あ、ハイ、スミマセン」

 流石さすがに怒られたので、居ずまいを正した。

「ええっとね、私には人事権なんてないし、まずはヴィボさんとか、マスターに言って……」

 と、アドバイスをしてみるけど、相手は聞いちゃいない。

「とにかくね! あたし、このまま家でお兄ちゃんを待つだけではダメだと思うの。あんたみたいなちっちゃい子も働いてるのに」
「ち、ちっちゃい……これでも年上なのに」

 ショックで思わず足元にぽちを呼び寄せ、思いっきり首回りをわしわしする。あ、落ち着く。

「ケーキの作り方なら、こないだ見て覚えたわっ! もうスポンジ? とかいうのも焼けるんだからっ。何度も失敗したけどねっ」

 そう言って、彼女はふっくらと焼けたスポンジケーキをずいっと目の前に突き出してきた。
 おそらく生クリームが手に入らなかったのだろう、この前のお茶会のときにおすそ分けした果物の砂糖煮コンフィチュールを挟んだだけのものだったけれど、それでもびっくりした。
 木のお皿を持ち上げて、じっくり眺める。……うん、ちゃんと膨らんでる。確かに必要な材料や作り方は教えたけど、やってみせたのは一度だけ。それでこの出来は、ちょっとすごいんじゃないだろうか。
 お皿をテーブルに戻し、真剣に彼女に向き合う。

「カロリーネさんの熱意は尊敬します。きっと、貴女の腕ならば私よりもいいお菓子職人になれると思う。でも……」
「でも、何よ?」

 不満げな顔の彼女から、そっと視線を逸らす。

「あの、心配性のお兄さんは、冒険者相手の商売を許すのかなって」

 そう。
 正直、喫茶店で働きたいならば、真っ先に説得すべきは、あのシスコンお兄さんの方だと思うんだよね。
 私の呟きに、彼女はうっと息を呑んだ。

「お、お兄ちゃんは関係ないわっ! あたし決めたの!」

 ガタッと椅子を蹴立てて立ち上がる彼女に、私の足元で寝ていたぽちが耳をぴくっとさせて薄目を開けた。
 が、カロリーネさんの姿を見てまた目をつむってしまう。

「あたし、このまま待ってるだけの女になりたくないの……!」

 ぐっとこぶしを握り声を上げる姿はりりしいけれど、やっぱりブラコンかな?
 結局気迫に負けて、彼女をパティシエとして雇うかどうかをマスターに相談することになりました。
 うーん、なんだかいきなり、周りが騒がしくなってきたよね。


 今日もにぎやかなプロロッカ村の冒険者街を、ぽちをお供に歩く。
 ギルドの職員宿舎に帰る途中で、私は大きなため息をいていた。

「カロリーネさん、本気かなぁ……」

 まさか、連続して店員希望者が現れるなんて思わなかったよ。

「一度も外で働いたことのない箱入りお嬢さんが、よりによって不良だらけのギルドで働くとか。心配でならないんですけど」

 ブラコン兄さんに抱き込まれるようにして育てられた、ちょっと……いやかなり世間知らずなところがある、カロリーネさん。年上のお姉さんとしては、そう、年上のお姉さんとしてはですね、どうしてもそこを考えずにはいられないのですよ。

「わふ?」

 私のぼやきに、隣を歩くぽちが不思議そうに首をかしげる。きらきらお目々がまんまるで、なんとも可愛かわいらしい。

「子供の頃からお外に出ちゃったぽちとは、そういえば正反対だねぇ」

 わしわしと首の後ろをかきながら、そう言って私は笑った。


   ◆◆◆


 その日の夕方。
 私からの相談に、マスターは珍しく事務机で仕事をしながら、あっさり首を縦に振った。

「黒髪坊主に、アレックスのところの妹か。魔術師をあごで使うクソ度胸のある子供に、見様見真似で菓子が作れる逸材いつざい、と。ま、いいんじゃないか? 近く、ベルの店を拡張するかという話もあるし」

 事務机に片肘かたひじを立て、あごをのっける姿勢で私を見上げながら、隻眼せきがんのマスターがかるーい口調でおっしゃる。

「えっ、なんですかそれ、初耳なんですけれど」

 ぎょっとして、思わず聞き返した。

「まーな、俺も今、初めて言ったし。今はあそこをベル一人でやらせてるが、需要を考えると、確かに席数も足らなきゃ甘味の数も足りてねえんだよなー。商人には前から、週の営業日数をもう少し増やせとも言われてるし」
「え、それだと絶対ケーキを仕込む時間が足りませんよ? 今は三日に一度くらいのペースでの営業だから、なんとか回ってるのに」

 マスターは他人事のようにおっしゃるが、ヴィボさんの調理補助の合間に、二日かけてケーキの土台を用意し、当日は卵料理などを仕上げてなんとか三品を揃えている私としては、とんでもない話である。

「だから丁度いいんだろ。坊主は数週間とはいえ店を回した実績がある。アレックスの妹は、ケーキ? だとかいうやつを一回の説明で焼けるだけの能力がある。折角せっかく身元もしっかりしてるのが揃ってんだ、この際人増やして効率上げろっての」

 えー、正直、今ぐらいののんびりした経営が私の性には合ってるんだけどなー……。混雑してきたら、常連さん向けのハーブティーのカスタマイズもできなくなるだろうし。
 それにしても、他者の言うことを諾々だくだくと聞くその態度、いつもあしらうような態度で人と対峙しているマスターらしくない気がする。
 私がいない間に、一体何があったというの?
 そこを突っ込むと、マスターは苦笑した。

「いやー。前回のギョブの捕物とりものでな、監視網を敷いたり場所を借りたりと、商人達にちと借りができてな。……で、希望を聞いてみたら、やっこさんらはこの村に落ち着いた商談場所がないと以前から思ってたんだと。で、今はベルの店があって重宝ちょうほうしていると」
「はあ、それはありがたい評価ですが……」

 お客様に喜んでいただいているのは大変にありがたいけど、それが一体何につながるの? と思っていると。

「で、今後はもっとベルの店を活用したいから、拡大しろ、という話になってな」
「あの、今の話でなんでそうなるんです? 商談専用の建物を用意するとかすればいいじゃないですか」

 マスターの話に私は首をかしげる。それなら、店の営業日を増やすより、そっちを優先すべきなのではないか。そう言及すると、マスターは何度も頷いてみせた。

「そうだよなぁ、お前もそう思うだろ? だが、今回の影の立役者である黒髪坊主の親がなぁ、旅商人の中の顔役みたいな奴でなぁ……これがまた、口が上手いんだよ」
「はあ……」

 つまり、あの黒髪の少年ティエンミン君を先日の捕物とりものおとりに借り受けてしまったから、親御さんに強く出られないと。
 その商人は、マスターにこう言ったそうだ。

『商談が弾めば、ギルドの依頼が増えるかもしれません。ダンジョン産素材の取引は、やはりダンジョンの巣と呼ばれるこの村が最前線ですからね。もし、ベルさんの甘味処を拡大していただけるならば、我々旅商人達も今後マスター様のさらなる躍進を期待し、協力を惜しまないのですが……』
「――ちょっと待って、今の話、何かおかしかったですよね?」

 ティエンミン君のお父さん、思い切りマスターに利するって言ってるじゃないの。
 私の突っ込みに、マスターはあからさまに視線を逸らす。

「いやあ~、商談内容によってはギルドへの依頼が増えるかもしれん。しかしこの村でそういった商談をしようにも、酒も出す場所ばかりだ。そういうところだと、空気を読まないバカな冒険者がからんでくるだろ? だから酒のない、静かな場所が必要で、更にはなにか高級そうな――そう、お前の『けーき』だとかいうのでもてなしつつ、お茶飲んで話せればもっといいってんで……まあ、ベルの出番って訳だな」

 わははと笑って話を誤魔化すマスター。
 プロロッカは地方にしては大きな支部だけど、しょせんは田舎いなか。都落ちしてきたというマスターは、この話を機に、王都に返り咲くことを狙っているに違いない。

「はあ……。なら、他に喫茶店を作ればいいのに」

 私の呟きに、マスターはニッと笑った。

「まあ、それだ」
「え? まだ何かあるんですか」

 何か、面倒な感じの話になりそうだぞと、思わずぽちに抱きつく。
 勿体つけた様子で、マスターが言う。

「現にお前さんの業態を真似したいって奴もいるんだな、これが。黒髪坊主の親もそうだ」

 つまりこれ、喫茶店のライバルが現れそうである、危機感を持って事業拡大のときだ、と煽っているのかな。

「はあ……」

 私はぽちをでながら、あからさまにため息をいた。

「なんだ、お前だけの特別な事業を盗まれそうなのに、気のない顔して」

 マスターが不思議そうな顔をする。

「いえ、お菓子にはどうしたってシュガンを大量に使いますし、そう簡単に真似られるのかしらと。卵やバターといった鮮度が必要なものもありますし。私は、アレックスさんや冒険者ギルドっていう心強い味方がいますが……」

 シュガン――この世界での砂糖の原料は、ダンジョンでとれるものだったりする。だから、かなりの高級品なのよね。
 それをぜいたくに使って、私は一日十人を三回転、おおむね三十人ぐらいを目処めどとして料理を作っている。けれど、大型店を作るなら、余程の流通ルートを持っている大商人でもなければ、材料を揃えられない気がする。

「まあ、そうだな」

 私の言葉にマスターが頷く。

「とはいえ、甘味を供する店や酒の出ない店が流行はやるとなれば、流行に敏感な商人さんならそのうち真似しますよね。私だけの事業なんていっても今だけのことでしょう」

 そもそも、現状一杯一杯で回しているから、私としては同業他社様は歓迎したいとこだったりするんだけど。
 独占販売とは聞こえがいいけど、単純にそういうものが今までは村に需要がなかっただけだと思うんだよねぇ。
 なんて考えていると、マスターは笑いながら言った。

「お前はそう言うが、真似るにしたってお前の作る菓子は特殊だ。甘味となれば果実かお貴族様が食べるパンの実の砂糖がけぐらいのところに、プリンだのタルトだのといった、砂糖をふんだんに使った料理を作り出し、提供し始めたんだからな」

 マスターは私を指差し、ニヤニヤといやな笑みを浮かべる。

「だから、お前の技術を盗もうって奴らが出てくる。そいつらは、お前の店にどうやってもぐり込もうか悩んでいるらしいぞ」
「ええっ」

 まだ希望者が増えるの? しかも下心付きで? それはやだなぁ。
 ティエンミン君には個人的な負い目があるし、カロリーネさんは友人だしで考える余地はあるけど、他の人まで世話する余裕はない。

「需要があるなら他の人もやればいいと思います。そういう商売敵だの、独占販売だのといったことを考えるの、正直苦手です。あと、スパイみたいな人はできれば来ないで欲しいです。いちいち気にしながら料理出すのもいやだし、神経すり減りそうで」

 私はうんざり顔で言った。

「はっはっは! お前は商売っ気ねぇなぁ。なら、先様には店を出すならお好きにどうぞと言っとくわ。あと、偵察行為は控えめにとな」
「はい……」
「でもまあ、そんな訳だからあの二人は雇った方がいいぞ。この先、余計なもめごとに巻き込まれにくくなるんじゃないか?」

 うーん、私は細々と喫茶店をやれればいいだけなのに、面倒だなぁ……
 困ったものだよ。

「分かりました。それでは二人を雇うことは決まりで、今後については追々考えます。明日はダンジョンへ行かなくてはならないのでそろそろ準備を始めますね。今日はこれで……あ」
「あん? なんだ、何か言い忘れたか」
「そういえば、マスター。蒸留器って、どこで扱ってるか分かります?」

 そういえば忘れてた。そうだよ、マスターに蒸留器について聞こうと思ってたんだ。
 蒸留水作ったり精油取ったりするのに、前々から欲しかったんだよね。
 私の質問に、マスターは金色の片目を大きく見開いた。次いで、口をへの字に曲げる。

「蒸留器ぃ? なんだベル、貴族趣味の商売だけでなく、今度は錬金術でも始めるつもりか? お前はいちいち金のかかることばかり考えつくな」
「はい? 錬金術?」

 なんでそんな話に? 錬金術って、あの卑金属ひきんぞくを金に変えたりする、あれ? 何か、漫画とかアニメとかで流行はやってた、あの錬金術師がやるやつ?

「なんですかそれ。私は別に金とか作るつもりはないですけど。薬師も成分分離とかで使いませんか? ――というかその反応だと、蒸留器自体はあるんですよね」

 よし、ここにもあるのか。なら入手自体はできそうかも。私はホッと息をいた。これでハーブグッズ作りがはかどる。
 内心喜んでいると、マスターは首をひねる。

「蒸留器はあるが……薬師が何に使うんだ? 薬師は薬草を鍋で煮込んで、まじないを使うんだろ」

 今度は私が疑問を覚える番だ。

「ええっと……そうなんですか? 私は純度の高い水や、ハーブの精油を取るのに使いたいんですけど。そういうことは薬師の方はしないんでしょうか」

 薬こそ、純度や成分濃度が関係しそうなものなのに、この国の薬師は蒸留器を使わないのだろうか。私が不思議そうな顔をしているのに気づいたのか、マスターは髪をかき上げながら大きく息をはいた。

「しっかし……魔法袋やら水魔石やらをあんなに日常的に使っていて、なんでお前は錬金術を知らんのだ。時々、本当に訳分からんところでお前は知識が飛ぶな」

 マスターは完全に呆れ顔だ。うーん、この様子だと、錬金術自体は割とポピュラーだったりするのだろうか?

「あのなあ、魔法の道具類が練金ギルド製だってのは、子供でも知ってる常識だろうが。まあ、いい。蒸留器なら確かにあるが……ただ、特殊な器材だし高価なガラスを使っているからなぁ……取り寄せるにしても、どう錬金ギルドに説明すれば……ああ、そうだ」

 ぽん、とマスターは一つ手を打った。そして、ニヤリと人の悪い顔をする。

「お前が店舗拡大を了承するなら、王都のツテを紹介してやらなくもない。どうだ? それでも頼むか?」
「ううっ……そ、それは……」

 マスター、人の足下を見て交渉するのはひどいと思うんですけれど。
 でもなあ、蒸留器がないとあれもこれも、作りたいものの半分くらいができない訳で……

「う、うう……はい。でも、あんまり規模を拡大しすぎない程度でお願いします……。正直自分のことで一杯一杯なんで、沢山の人を使うとか無理です……」

 私は泣く泣く、その悪魔の提案を呑んだのだった。



   第二章 特殊職の昇格試験


 月曜……じゃなかった。青月せいげつの日の朝、私は特殊職の昇格テストのためにダンジョンへ向かうことになった。
 今回はモンスターテイマーという特殊職の試験のため、ぽちは私の横にしっかり着いている。
 今日のぽち、ギルドのメダルだけではダンジョンで目立たないかと、ぽちの目の色に合わせた浅い青色のハギレを首元に巻いて、お洒落しゃれさせてみました。この子は人間の味方で、悪い子じゃありませんよーというアピールの意味もあったりする。気分だけだけど、一応ね。
 そうして、村の入り口の停留所へ来てみれば――

「わざわざ見送りなんて来なくてよかったんですよ、皆さん忙しいのに。それにアレックスさんは、明日から護衛のお仕事があるんでしょう?」

 私を待っていたのは、マスターとヴィボさん、アレックスさんの三人だ。

「そうはいかない。ダンジョンに慣れていないベルが、泊りでもぐるんだ。そりゃ心配もする。いいか、生水は沸かして飲めよ。寝るときは直接地面に寝ると虫に刺されるかもしれないから、毛布を敷くんだぞ。それから……」

 アレックスさんは、そんな風に野営の心得を真面目な顔で語る。心配してくれるのは嬉しいけど、貴方は私のお兄さんか何かですか。
 マスターとヴィボさんはって? 呆れたような顔でアレックスさんを見てるよ。
 ……それと、見送りの人はそれだけではなかった。何故なぜか、店員希望の黒髪少年ことティエンミン君とそのお父さんらしき人に、カロリーネさんもいる。

「えっと、何故なぜここに?」

 おそるおそる聞くと、カロリーネさんが誇らしげに胸を張って言う。

「そりゃあ、ティエン君と一緒に、水精すいせいの日に店を任されるからじゃないの。あたし、ちゃんとお兄ちゃんの許可ももらったんだからね!」
「ぼく、ギルドで働けて嬉しいですっ」
「そういう訳なので、これからティエンミンをよろしくお願いします。あ、申し遅れました。私はティエンミンの父でティエンロウと申します」

 続けるようにして私に自己紹介などをし、ぺこりと頭を下げる黒髪親子。え、昨日の今日で話が早くない……?
 いまいち状況が把握できずに目を白黒させている私に対し、カロリーネさんは笑顔だ。

「ああ、今回は用意されたベルの焼き菓子を使うから心配しないで。でも、ベルが帰ってくる前に、あんたから渡されたいくつかのレシピはちゃーんと作れるようになってるつもりだから、覚悟しなさいよね」
「あ、はい。近々店も拡張するようですし、これからよろしくお願いします……?」

 ええと、つまり、二人がここにいるのは。
 私がダンジョンに行っている間も、喫茶店運営は平気ですよというマスターなりの気配りですか?
 いやいや、ぶっつけ本番な初日に責任者の私が不在とか、割とあり得ない気もするんだけど……?
 朝から何度も驚かされて、今の私はすごく混乱している。マスターは、後ろでサプライズ成功とばかりにニヤニヤしていた。ヴィボさんが呆れた目でマスターを見ているけど、私も同じ気分だよ。
 ヴィボさんが頭をかきながらぽそりと呟く。

「仕方がない、手が空く限りはこの二人の面倒をみよう」
「ヴィボさん、いつもながらお手間を取らせます……」

 私達は、マスターの思いつきに振り回される被害者同士、視線を合わせてため息をいた。
 ……それからほどなくして、今日のテストに同伴するという冒険者達が停留所へ姿を見せた。

「待たせたか、悪い悪い」

 わははと笑う三十歳くらいの冒険者は、冒険者ギルドで見かけたこともある、酒好きだけど気のいいと評判のBランク冒険者。フリッツさんという名の彼と、その冒険者仲間が今回の試験の試験官だ。


 そうして私は、フリッツさんと、彼の冒険者仲間と一緒にダンジョンへ向かう馬車に乗っている。目的地は一番ダンジョン。ここでは、ダンジョンに番号がついているんだよね。
 馬車の中には私とぽち、フリッツさんの愉快な仲間達と、もう一人……何故なぜかロヴィー様が乗り合わせていた。
 フリッツさんの冒険者仲間達は、三十歳くらいのたて持ちの焦げ茶髪の男性と、二十代半ばの斥候せっこう兼短剣使いの細身の青年、二十代半ばの赤茶の髪のやり持ちの青年、十代後半の明るい茶髪の弓使いの少年、という顔ぶれだ。
 がたごとと揺れる馬車の乗り心地は相変わらず最悪。それを見越してふかふか綿入りクッションを持ってきたので、お尻の下に敷いた。はあ、これで少しはお尻のダメージも軽減されるだろう。

「あの、ロヴィー様もクッション使います?」
「おや、ありがたいですね。是非ともお願いします」

 予備のクッションを渡すと、私の隣でにこりと笑うロヴィー様。相変わらず平民らしからぬ気品をお持ちだ。しかし……
 ロヴィー様、同じダンジョンに行くんですか? それにしてはなんで一人きり?
 魔術師って、たて役の冒険者がいないとダンジョンで働けないって以前に聞いた気がするんだけど……謎すぎる。
 疑問が次々いてきて混乱気味だ。私は思わず、足の間にいるぽちに抱きつきわしゃわしゃと首元をでた。

「えっと……ロヴィー様、何故なぜここに?」

 しかし我慢できず、私はついにたずねた。

「むくつけき男達の中、ベル殿が不自由されるのではと心配なされたシルケ様が、私めを遣わした訳です。ベル殿はどうぞお気になさらず」

 にっこり笑顔で片眼鏡を押さえるロヴィー様。
 え、貴方って、そんな役目で付いてきたんですか。
 それって過保護すぎるんじゃ……と思いぐったりとしている私の頬を、心配したぽちがなぐさめるようぺろりとめる。ああ、ぽちだけだよ、私の心をやしてくれるのは……


   ◆◆◆


 村から発つことおよそ一刻……二時間ほどをかけて、一番ダンジョンに馬車が着いた。
 もう陽は中天に昇りつめている。はあ、疲れた。
 停留所で馬車を降り、目を上げたすぐそこに小高い岩の丘が見えた。丘のところにぽっかりと穴が空いている。それが、一番ダンジョンの入り口とのこと。
 ダンジョン前には簡素ながらも木のかこいがあり、数人ほどが休めるような粗末そまつな小屋も建っている。穴の側には、兵士らしき人の姿が。一応、国に管理されているってことかな。

「さて、いつまでも入り口に突っ立ってる訳にもいかねーし、行くぞ」

 フリッツさんの合図で、私達はダンジョン内部へ向かう。
 中に入れば、洞穴ほらあなは、どこかしっとりとした空気に包まれていた。天井からぽつぽつと水滴のしたたる音が聞こえる。
 隊列を組み、先頭を行くのは斥候せっこうの青年。片手に短剣、もう片手には松明たいまつを持ち、たて持ちさんと共にゆっくり進んでいく。
 続いてフリッツさん、その横に私とぽち、それにロヴィー様が並ぶ。そしてやり持ちさんと弓使いさんが後衛を固めるという布陣のようだ。

「いいか、最初はお前とそのシルバーウルフの連携を見る。ゴブリンが出てきたら、俺達は攻撃せず、お前の防御に徹するから、シルバーウルフを上手く使ってゴブリンを倒すんだ」
「はい、分かりました。ぽち、これから試験だって。一緒に頑張ろうね」
「くうん」
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