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17章:女神の薬師はダンジョンへ

211.村潰しとの戦闘(下)

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村潰しは大型獣達に一斉攻撃を命令する。
命令に従い、大型獣が向かった先は……。

「チッ! 姑息な奴め! おいデカブツ、お前こんな所で死ぬなよっ」
酒飲みさんは鋭く舌打ちした。

集中攻撃を受ける大柄な銀狼とは、ぽちの兄弟の元リーダーのことだ。
酒飲みさんとしては一時的なことではあるが、共に偵察に出た相棒のような存在だ。彼にとっては歯がゆい状況だろう。
しかし、戻るとなれば村潰しに背を見せることになる。強力なモンスターばかりを側に置いた村潰しの前でそんな事をするなど、自殺行為だ。

大型のモンスター達が元リーダーに殺到する。
「数の暴力とか、すっごい卑怯だよっ! ねえアレックスさん、どうにかならない?」
私は二重写しの視界に映る光景にもう見ていられなくて、そわそわと視線を動かしながらアレックスさんに聞いた。
「いや、今行ってもモンスターが円を形成する方が早い。後から行っても混乱が増すだけだしな……この場の最適解は、円の中で元リーダーに頑張って貰って、外側から一匹ずつ剥がすぐらいしかないんじゃないか。まあ、オレも遠距離から攻撃に協力はするが」
「そんな……」
「……忘れるな。オレの最優先はお前の護衛だからな。ここは動けない」
アレックスさんの言葉に私は血の気が引いた。
このまま助けてあげることは出来ないの?
森の魔力によって見る視界は目を瞑っても見えるから、大型獣達が元リーダーに総掛かりで取り付こうとするのが見えてしまって。
ああ、今すぐ行って助けてあげたいけど、今回のターゲットである私が動けば、陣形も何もかも意味がなくなってしまうわけで。

なんて歯がゆい状況だろうか。私は思わず手を組み、女神様に祈りを捧げた。

「女神様、貴女の遣い、シルバーウルフの子が傷付けられそうになっています。どうか彼を助けて下さい……!」

すると、私の祈りに反応したように、魔力膜がおかしな動きをした。
もし敵が攻撃魔法を撃ってきたらと思って、予め戦場にバリアーを張っていたんだけど、それが地に染みこむようにして、元リーダーの元へ向かっていったのだ。
「えっ……?」
そしてそれは、大型獣が形成する輪の中で膨れあがったのだ。

慌てて私は森の魔力と同調して戦場を上から見る。
二重写しの光景には、輪の中で、元リーダーにぶつかろうとしたイノシシが彼の手前で壁にぶつかるように動きを止め、くらくらと倒れ込んでしまっているのが見えた。
あれって、私の物理バリアー……だよね?

「もしかして、私の祈りが森の魔力と同調して、元リーダーに届いた……のかな」
思わず独り言を呟くと、私の斜め前に陣取るラウさんが不思議そうな顔で振り返る。
「何か言ったか」
「あ、ううん。大した事じゃないよ。シルバーウルフなら強いし、きっと大丈夫だよねって、うん、そんな感じ」
はははと笑って誤魔化したけど、変な奴に思われたかな。

その間も森と同調した私のもう一つの視点は元リーダーの様子を映している。
幾らイノシシらが突進したり、巨体で押しつぶそうとしてきても自らが傷つかないと気づいた彼は、調子を取り戻したように防戦から一転、攻撃を始める。
己に集ろうとするイノシシやシカ達を強靱な顎で噛みついては振り回して鈍器代わりにしたり、それを投げ飛ばして囲いを破壊しようと試みたり……。
まあ、AAランクなんて言われてるぐらいだし、全方向から攻撃されるなんて状況じゃなければ問題なかったんだよね。

そんな感じで暴れる彼に、村潰しの契約獣達は対応がやっとだ。
「うん? 何か様子が変わったな……ぽち、今だ」
「わん!」
そうなれば契約獣達の背後はがら空きな訳で、フリーの銀狼達とアレックスさんやぽちが魔法で支援しつつ一匹ずつ片付けていくことになった。

はあ、心臓に悪かった。後はもう時間が解決してくれるね。
私はほっと胸をなで下ろした。

そうして前方の戦いがある程度決着が着くも、前の方から零れてくるものがある。
大型獣のぶつかりあいから逃れた、中型から小型のモンスター達だ。
怯えて後ずさりしていた大型の兎や、チラチラと赤い光を額の宝石から発するカーバンクル達も、契約者の号令には逆らえないのだろう。
号令から随分と遅れてだが走り出し、揉み合いになった前方の足下をすり抜ける。
だが、一気に後方まで走り寄る事は叶わなかった。

「道中数を増やしてきたのはいいけど、小物達は大体Cランクぐらいかなぁ。これならまあ、何とか戦えるかなっと」
「そうだな。デカいのは前で抑えてくれてるから戦い易いもんだ」
中衛には、短剣を閃かせるクーンさんと、槍を低く構えたヘリーさん二人がそこに居るからだ。
流石は仲良しコンビで、ヘリーさんが槍を大きく振り回し牽制する側からクーンさんが短剣で無力化する、という絶妙なコンビネーションを見せている。

そこから零れてきても、近距離と中距離両方こなせるアレックスさんが居るし、遠距離ならばぽちの魔法やラウさんの弓もあるしで、私の所まで近づけるモンスターはそうそう出てこない。
万が一の時にはすぐ離脱出来るよう、私はぽちに乗ってるしね。

そんな感じで、大型獣達の戦闘の決着がつくのを待っていた私は、村潰しの甲高い声に注意を引かれる。
「何ですか、もうシルバーウルフは私の配下となるのが決定しているのに、随分と粘りますねぇ!」
大型獣がひとかたまりで団子状態であるせいか、状況把握が出来ていない男はまだ己の勝ちを確信しているようだ。
ローブの影から覗く薄い唇がいやらしい笑みを刻んでいる。
「うるせぇっ! あのデカブツがそう簡単に潰れるもんかよっ! クソッ、このデカトカゲ、さっさと倒れろっ」
その言葉に反応したのは酒飲みさん。
意外と仲間思いな彼はイライラとした様子で赤色の鱗の大きなトカゲを大剣で叩いている。
しかしトカゲは随分と頑丈なようで、彼の肉厚の大剣で叩かれても平気な様子だ。
「この大猫もすばしっこくて狙いが定まらない!」
大盾とショートソードを巧みに使ってヒョウの鋭い牙を避けているコースさんは、防戦一方だ。

「はあ、そこの冒険者どもも諦めなさい。どうせお前達など私の可愛い火トカゲの炎で焼き尽くされる運命なのだから」
火トカゲ……?
私が引っかかった言葉を繰り返している間に、酒飲みさんとコースさんは大きなトカゲの吐いた帯状の火に包まれていた。
「ひゃっ」
「悪いっ、フリッツの馬鹿の事見てくる」
私が思わず声をあげると、小物を粗方片付けたヘリーさんとコースさんが酒飲みさん達の方に駆けていくのが見えた。


「ハハハッ、これで終わりですねぇ! もうそろそろシルバーウルフのリーダーも我が契約獣の攻撃に弱る頃でしょう。そうなれば……私はシルバーウルフの群れを率いて国を奪りに行くのです」
人に火を浴びせながら、ますます楽しそうな村潰し。その顔は愉悦に歪んでいる。
「ハハッ、私を犯罪者扱いしたこの国など滅べばいいっ……!」
しかしその哄笑も、トカゲの火炎放射が止んだ途端に止んだ。

「うわっ、あちぃっ……何だよ、攻撃魔法を遮るっつっても、熱までは遮らないのか」
「ベルだってこんな広い戦場を囲んでいるんだぞ、無理言うな」
そんな軽口を叩きつつ、二人が無傷で炎の中から出てきたからだ。

「な、な、何なんですかお前達! そんな魔力が強い気配など……」
村潰しは慌てふためくも、火を扱う関係上護衛のヒョウは遠ざけてしまっていたし、火トカゲも魔力切れなのかすぐには動き出せない様子だ。
「あー、もう煩い」
そう言って、酒飲みさんは村潰しを三つ角の馬から引きずり下ろすと腹に一発。
「くはっ……」
村潰しはその一発で沈黙。そうすると、命令で動いていた契約獣達は混乱したように右往左往しはじめた。
それを集めて、例の隔離場所に連れていけばテイマーの戦力は丸裸、となるわけだ。

「……アレックスさん、戦闘、終わったね?」
「相手の采配ミスのお陰で支援で済んだな……」
なんだか、どっと肩の力が抜けたよ。

……そんな風に、あっけなく戦闘は終了したのだった。
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