無色の魔術師 ～魔法を否定する魔術師の弟子～

森で出会った女の子

第36話 修行の成果

「何だこいつ！？」
「そこの君、早く逃げるんだ！！私達が時間を稼ぐから遠くに逃げろ！！」
「リル様！？どうしてそんな見ず知らずの人間なんかのために……」
「チイ！！いいから構えるんだ！！」


レノは見たこともない牛の魔獣に驚愕するが、そんな彼を助けようとリルと呼ばれた女性が剣を抜く。彼女の言葉にチイと呼ばれた少女は戸惑うが、リルは剣を構えて牛の魔獣に突っ込む。


「はああっ！！」
「ブモォッ！？」


肉体強化を発動したレノよりも素早い動きでリルは魔獣に接近すると、首元に目掛けて剣を突き刺そうとした。しかし、魔獣は頭を振って角で刃を弾き返す。リルの剣は弾かれただけで刃が折れてしまい、それを見て彼女は悪態を吐く。


「くぅっ！？やはり鈍らでは役に立たないか！！」
「リル様！！ここは逃げましょう！！私が囮になりますのでリル様だけでもお逃げ下さい！！」
「ふざけるな！！お前を見捨てて逃げるぐらいなら潔くこの場で腹を切るぞ！！」
「何がどうなってるんだ……」


リルとチイのやり取りにレノは戸惑い、二人がどんな関係なのかは気になったが、まずは牛の魔獣をなんとかするのが先決だった。鉄の剣が折れる程の硬度を誇る角を生やし、村で飼育していた家畜の牛よりも一回りは大きい。しかし、何故かレノは全然怖くなかった。

コトミンに課せられた厳しい修行を乗り越えたお陰でレノは山で暮らしていた時よりも強くなり、牛の魔獣を前にしても負ける気がしない。それどころか久々の強そうな魔物と戦えることに嬉しくも感じていた。


(俺が何処まで強くなったのか……試してやる！！)


腕試しがてらにレノは牛の魔獣に向けて掌を構えると、魔力を集中させて「螺旋弾」の準備を行う。しかし、急激に魔力が高まったレノに気が付いて牛の魔獣は狙いをリル達からレノに切り替えた。


「ブモォオオオッ！！」
「なっ！？止めろ！！」
「貴様何をしている！？早く逃げろと言っただろ！！」
「おっと……やばそうだな」


リル達は魔獣から逃げるようにレノに注意するが、二人の言葉を無視してレノは攻撃を中断して両手を合わせる。その状態で全身に魔力を纏うと、それを見てリルとチイは驚く。


「まさか！？」
「この魔力……魔術師か！？」
「はああっ！！」


普通の人間でも可視化できるほどに魔力を高めると、レノは左右の手を離して「魔盾」を作り上げる。正面から突っ込んできた牛の魔獣に対してレノは柔魔で構成した魔力の帯で受け止めた。

かつては赤毛熊の爪に無惨に切り裂かれた魔盾だが、修行のお陰でレノは以前よりも弾力性に優れた柔魔を生み出せるようになり、魔獣の角でも魔盾を打ち破ることはできなかった。しかし、魔獣の突進力には敵わずにレノは派手に上空に吹き飛ばされる。


「ブモォオオッ！！」
「おわぁあああっ！？」
「と、飛んだぁっ！？」
「まずい！！あの高さから落ちたら死ぬぞ！？」


派手に空に吹き飛んだレノを見てリルとチイは助からないと思ったが、地上に衝突する寸前にレノは全身を包み込む魔力の形を「球体」へと変化させた。そうすることでゴムボールのように跳ね飛び、落下の衝撃を殺して事なきを得た。


「ふうっ……危ない、やっぱり受け止めるのは無理があったか」
「き、君！！大丈夫なのか！？」
「いったい何が……」
「ブモォッ！？」


魔力を解除して何事もなかったようにレノは地面に立つと、その姿を見てリル達どころか魔獣も驚愕した。危うく落下死するところだったレノは魔獣を睨みつけ、本気を出すことにした。


「遊びは終わりだ……終わらせるぞ」
「ブモォオオッ！！」


再び突進を仕掛けてきた魔獣に対してレノは掌を構えると、それを見ていたリルとチイの獣耳と尻尾が逆立つ。獣人族は危険を察知する能力が人間よりもずば抜けており、レノが何を仕出かすか分からないが咄嗟に身体を伏せる。

迫りくる魔獣に対してレノは右手に魔力を集めると瞬時に螺旋刃へと変貌させ、高速回転を加えた状態で撃ち込む。修行のお陰で山で暮らしていた時よりも魔操術が磨かれたレノは１秒にも満たない時間で「螺旋弾」を撃ちこめるまでに成長していた。


「くたばれっ！！」
「ッ――――！？」


螺旋弾は魔獣の角が生えていない眉間の部分にめり込み、頭から入って胴体まで貫通した。魔獣は大量の血を噴き出しながら地面に倒れ込み、白目を剥いて痙攣する。それを確認したレノは勝利を確信する。


「よし、倒した……意外と呆気なかったな」


螺旋弾を一発撃ちこんだだけで魔獣が倒れた事にレノは拍子抜けするが、相手が弱かったのではなく自分が強くなったのだと考え直す。


(赤毛熊と比べたら大したことはないな。それよりもこいつの血晶を回収しておかないと……)


血晶を完全に破壊しない限りは復活する恐れもあり、魔力感知を発動してレノは牛の魔獣の秘めている血晶の位置を特定する。そして一角兎の時と同じく角の中に魔力を感知する。


(こいつ、よく見ると右の角だけ少し大きいな。この中に血晶を隠しているのか)


牛の魔獣は片角だけがやたらと大きく、その中に血晶があることに気付いたレノは引き抜こうとした。だが、それを止めたのは二人の少女だった。


「待つんだ！！」
「動くな！！」
「……は？」


レノの背後に回り込んだリルとチイは彼の首元に短剣を構えると、それに対してレノは表情を鋭くさせて睨みつける。その眼光に二人は冷や汗を流しながらも話しかけた。


「き、貴様は何者だ！？」
「……おい、短剣を下ろせよ」
「いいから答えろ！！」
「チイ、落ち着くんだ……これでは脅迫だ」


チイはレノに怯えながらも短剣を突きつけるが、リルの方は言う通りに短剣を彼の首から離す。


「リル様！？こんな人間の男の言うことを聞くんですか！？」
「そうだ。彼の言う通り、私達は命を救われた立場だ……それにこんな短剣《もの》では彼には通じない」
「へえっ……そっちのお姉さんは話が分かるな」
「に、人間め！！リル様に生意気な口を叩くな！！この方を誰だと思っている！？」


首に刃物を突きつけられながら平然とリルに話しかけてきたレノにチイは激高するが、そんな彼女の手首を掴み取ってあっさりとレノは短剣を奪い取る。タケルから学んだのは魔力の技術だけではなく、護身術も一通り教えてもらっていた。


「いい加減にしろよ！！」
「あいたっ！？こ、この人間め！！」
「チイ、いい加減にするんだ！！」


短剣を奪われたチイは腰に差していた別の短剣に手を伸ばすが、それをリルが後ろから抑え込む。レノは奪い取った短剣を確認すると、柄の部分に刻まれた紋章を見て驚く。


(この紋章は……ケモノ王国の！？)


レノが暮らす国は人間が統治する「ヒトノ帝国」だが、チイが所持していた短剣は帝国の隣国である「ケモノ王国」と呼ばれる獣人族が統治する国の紋章だった。

幼い頃にレノの父親が村に訪れた行商人からケモノ王国産の果物を買ってくれたことがあり、その果物にはケモノ王国の紋章が刻まれていたのでよく覚えていた。


「私の相棒が無礼な真似をしたことは謝る……すまなかった」
「リル様！？こんな奴に頭を下げるなんて……」
「こんな奴とは何だ！？魔獣を倒してくれた恩人なんだぞ！！」
「うっ！？そ、それはそうですが……」
「謝ってくれるなら別にいいよ。ほら、これも変えすよ」


リルに叱りつけられて落ち込むチイを見てレノの気は張れ、彼女から奪った短剣を返す。チイは差し出された短剣を受け取り、ばつが悪そうな表情を浮かべる。